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異世界不死者と六人の弟子  作者: かに
第三章 獅子公ロイアスとカントのはぐれ者
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ゾンビアタック

―――――――――マテ――――――――


 「やってくれましたね」


 痛覚があるなら痛みに顔を顰めてもいいはずなのに、ジュウリは無表情だった。右腕をだらりとさせて、落としてしまった小剣を左手で拾うとジュウリはなおも戦う意思を示す。


 「ちょっとぐらい痛がってもいいんじゃないの?」

 「些末なことですね。しかしまあ、侮ってました。エルフごときに傷を負わされるとは。ラルフという剣士には正直負けることを覚悟しなければいけなかったですが、実に見事です。こちらも出し惜しみなしで相手をさせていただきましょう」


 一方的にそう告げると、ジュウリは右手に構えたときと同じ構えをとった。でも、そこからが違った。風を切るように小剣を振るうんじゃなくて、彼女は突きを放った。


 「……え?」


 ツェーリの右肩に拳大の穴が空く。千切れとんでもおかしくない。ツェーリの腕は辛うじて胴体と繋がっていた。


 「ツェーリ……!」


 喉の奥から絞り出すように声を上げる。

 ジュウリが矢を射られた場所と同じ。意趣返しをしたんだ。あの虚を突いた一撃で、本当はツェーリの命を奪うことだって容易かったはずだ。それをしなかったということは、よっぽど根に持ってたからか、いつでも殺せるという余裕があるからか。

 いずれにせよ、優勢と見られた戦況は一気に劣勢に転じてしまった。


 「完璧な不意打ちでした。弓の扱いに長けてるのも認めます。それゆえに、解せないんですよ」


 ジュウリは続けた。


 「右肩を狙わず、命を奪えばよかったはずです。頭でなくとも、心臓もしくは肺を射抜けば動きを封じることができました。慢心ですか? それとも、命を奪うことに躊躇いを覚えたのですか?」


 その言葉にハッとする。

 ツェーリはこの世界にくるまであの世界樹の中で暮らしていた。争いもない穏やかな世界。その中でツェーリはみんなを守るために『担い手』になることを望んだ。だからこそ、彼女は弓の腕を磨き、達人の域まで達したのだ。だけど、人に類する生物を殺したことはないはずだ。そういう覚悟をしなければいけない境遇とも無縁だった。

 弱みを握られまいとツェーリは黙秘しているけど、ジュウリは的を射ていた。ツェーリはジュウリを殺すことを躊躇してしまったのだ。


 「まあ、答えなくても結構です。どの道、死んでいただくことには変わりませんので」


 だめ……! ツェーリを殺さないで! こんな私に出来たかけがえのない友達なの!

 恐怖で震えがとまらなかった私の体がようやく動いてくれた。きっとまったく歯が立たない。それでもいい。ツェーリが逃げられる隙を作れるなら。私の体はもう人間じゃない。吸血鬼だ。成り行きに任せただけでそれが何を意味してるかなんて深く考えたこともなかった。ただパーティーのみんなと離れたくなかっただけ。だけど、今はそれに感謝している。

 私は死なない。真っ二つにされようが、なます斬りにされようが、原型を留めなくても、師匠の眷属である限り呪いのように蘇る。

 

 「……あ? ジュウリ!」


 私が全速力でジュウリに向かっていることに気付いたリトゥヴァが叫ぶ。

 一閃。私の左腕が切断される。だけど、私は止まらない。猛烈な痛みも、死にはしないうえに簡単に元に戻ると思えば充分に我慢できた。それよりも、私にはしなければならないことがある。

 それは、友達を守ることだ。

 続いて右足が斬られる。ツェーリやヤンと違って、私にはジュウリの太刀筋が全く見えない。素早さには自信があるけど、それが全く意味をなさない。情けないにもほどがある。だけど、そんなこと関係ない。私は足がなくなろうと無理矢理走った。


 「な……馬鹿ですか!?」


 あまりのことに衝撃を受けたのか、ジュウリは間抜けな声を上げる。

 そんなこと構わず、私はジュウリに体当たりをかました。予想外のことに彼女は踏ん張ることもできずに私ともども地面に倒れた。


 「ツェーリ! 逃げて!」


 私は力いっぱい叫んだ。必死でもがくジュウリを取り押さえながら。左腕がなくて、足も満足に動かせないけど、ジュウリも右腕が動かないからマウントをとれればこっちのものだった。小剣を倒れた拍子に離してしまったのも大きい。

 リトゥヴァが助けに入ろうにもヤンの存在が邪魔で振り返ることすらできない。


 「マーリン、あなたを置いてなんていけない!」


 ツェーリならそう言うと思ってた。だけど、ヤンは違う。ヤンにとっては私たちのことよりも、ツェーリの安全が最優先だ。あんまり話したことはないけれど、ツェーリを大切に思っていることに関して私はヤンを信じている。


 「今は退くんだ! お願いだ、ツェーリ」


 ここでリトゥヴァとジュウリを倒すことができても、後ろにはロイアスが控えている。私のパーティーが負けるなんて信じたくないけど、ツェーリとヤンに逃げるよう促したということはその可能性も高い確率であるということだ。


 「助けにいくから……マーリン、約束するから! 必ず助けにいくからね!」

 「逃がさないっすよ!」

 「ダメです! リトゥヴァ、行かないでください!」


 逃げる二人を追いかけようとするリトゥヴァをジュウリが引き留めた。


 「どうしてっすか! 逃げられるっすよ!?」

 「万が一でもあのエルフにリトゥヴァが殺されるようなことがあったら、私は一体どんな顔をすればいいんですか?」


 ジュウリは抵抗をやめ、悲痛な表情を浮かべた。もう彼女に二人を追う気はないようだ。私はそれでも騙されるものかと懸命にジュウリに覆いかぶさった。


 「……こんな時だけそんな顔するのはズルいっすよ」

 「さて、邪魔立てしてくれましたね。名前は何と言うんですか?」

 「……マテ」


 正直に答えてしまった。いや、正確には本名じゃないんだけど。

 先程までの敵意丸出しの声とは違う、温和な優しい声色が私の口を軽くさせた。


 「マテの命に関しては私たちのあずかり知らぬところです。全てはロイアス様がお決めになります。生かすか殺すかは、マテの仲間の実力次第です。ただ一つ言えることがあるとすれば、英雄でないならば……ただただ無残に死ぬだけです」


 その声色とは裏腹に、その言葉は私の恐怖を再燃させた。

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