黒いオーラを纏う者
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
イグニスオンラインから転移してきたあの三人も、ジークリットもいなくなった。いるのは俺たちパーティーとツェーリとヤン、そして師匠だけ。
一体何が目的でロイアスはジークリットを追いかけていたのだろう。こいつらが東の森から来たということは、ジークリットを取り逃がしてからずっとそのあたりをうろついていたということになる。そうまでしてジークリットに何を求めていたのか。
追い詰められて……そう、俺たちは今追い詰められている。だから、その理由を知りたかった。
ドロテアの時も、サージェスの崇める神と相対した時でさえも、自分たちがなぜ目の前の敵と戦わないといけないのかそんなに気にしたことはなかった。やらなくてはやられる。生きるためにはそれよりも大事なことがあったからだ。
今そんなことがよぎったのは、ロイアスという存在があまりにも規格外で、あがく余裕すらも与えてくれないほど強いからである。いわば現実逃避に近い。
「どうして、なぜ、なにゆえに。そんな顔をしているな。さっきから言っておるだろうに。そんなことで戦いから意識を逸らすとは何事だ」
「さっきから……?」
「リョウタ、簡単なことだ。ロイアスはエルフを駆逐するためにジークリットを探していた。助力を乞うだめにな。だから、別にジークリットである必要はなかったとも言える」
「助力を乞う? その言い方は好かんな。救いを求めるのはどんな時であろうと人間がするものだ」
「ちょっと待って……辻褄が合わない」
「いや、むしろそうでなければ合わない。彼はすでにヤンとツェーリ以外のエルフに会っているんだ」
この世界にエルフはいない。となれば、それが事実だとしたらロイアスは。
「あの空を飛んでる鬱陶しいもんをぶっ壊す。それが俺様の目的だ」
「なんで?ツェーリたちは悪いこと何一つしてないじゃない!」
若干の怒りを声に滲ませるマテ。
「どの世界においてもエルフは悪である。やつらはなまじ長命であるがゆえ分を弁えない。おまえが友として隣に置いているその娘も、腹に何を抱えているかわかったものではないぞ」
「ツェーリは悪いエルフなんかじゃない!一緒にするな!」
「おまえの意見などどうでもいい」
ツェーリを庇うようにマテが前に出る。めちゃめちゃ体が震えてるのが分かる。怖くて怖くて仕方ないんだろう。それなのに、友達を守るためにマテは恐怖に耐えて噛みついているんだ。その後ろ姿を見るツェーリの表情は優しいものだった。腹黒いなんてものはない。純粋にマテのことを思いやってる表情だ。この二人の友情が偽物だとは到底思えない。
「マテ、二人を連れて逃げろ」
「ここは私たちが何とかする。だから、走れ!」
同じ思いを抱いてたであろう師匠とテューンがマテに指示する。
「躊躇うな! いけ!」
槍に身を貫かれて痛みに悶えているゼフもリーダーとして命令した。
そこでマテの足に迷いはなくなった。ツェーリを引き連れてその場から離脱すべく走った。ヤンも後ろからそれについていく。
「さすがにエルフは逃せません!」
「私たちの出番っすね!」
ジュウリとリトゥヴァが動く。それを阻もうと俺は刀を握り直した。
「何をしている? おまえたちの相手は俺様だ!」
ロイアスの拳が俺に迫る。
油断した。攻めてこないものだと思い込んでいた。そんなこと一言もいってないのに。まずい。避けようがない距離まで詰められてしまった。受け止めるにしてもリュウガを一撃で粉砕したあの拳をまともに受けたらひとたまりもないだろう。
だめだ、手の打ちようがない!
「む?」
豪快な音を立ててロイアスの拳の軌道が逸れた。振り向くとそこには、どす黒い靄を纏ったラルフがいた。
「師匠には悪いけど、あまりこのスキルは使いたくなかったんだよね」
「そのスキルを持ってた本人も残念ながら嫌っていたよ」
師匠は苦笑いを浮かべた。ラルフもそれを笑みで返す。
「俺はトリュン王国の騎士であると同時に、冒険者として、このパーティーの一員だ。今まで迷惑をかけた分きっちり仕事をさせてもらうよ」
ラルフは剣を構えた。覚醒したラルフのスキルを仲間である俺も初めて目撃する。