孤高の木とロイアス
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「北の大地に孤高に立つ一つの木があった。その木は決して巨大でも頑強でもなかったが、草木も生えない痩せて凍えた大地にしっかりと根差していた。その木は何百年という歳月を経ても変わらず朽ちることはなかった。俺様のオヤジはその木に感銘を受けたのだ。俺様自身身震いした。たかだか植物の分際で生命の偉大さを痛感させたのだからな」
ロイアスは続けた。
「やがて命の灯火が消え失せようとしたその時、オヤジはその木を讃えて一つだけ願いを叶える約束をした。その木が願ったのは子供だ。気の遠くなるような時間孤独に耐え、それでも生きるために葉をつけ、花を咲かせた。その孤高な木が最後に望んだことをオヤジは叶えてやった。その葉からリトゥヴァを、その根からジュウリを。オヤジの手によってだ。ならば、こいつらは俺様の妹だ。そして、俺様はそれを誇りに思ってる」
「ロイアス様、めっちゃ恥ずかしいっす」
「恥ずかしがることはないぞ!胸を張れ!がーっははは!」
ロイアスに褒められたせいかリトゥヴァとジュウリは顔を真っ赤にさせた。さっきまでの無邪気さと冷血さとは無縁の表情だった。
「それで、今度はこっちが質問する番だ。なぜエルフを連れ立ってる?返答次第では皆殺しにする。どんな理由があろうともエルフは全員殺す」
師匠は沈黙した。いつもの不敵な笑いはない。深く思案しているようだ。
「僕たちのことは気にしないでください。巻き添えになるのは不本意です」
ヤンの言葉にツェーリも頷く。
「……彼らとは協力関係にある。不利益を被るようなことがない限り解消されることはない」
「そうか、なら今すぐ解消するのだ。エルフはなまじ長命な分、狡猾で他種族を見下す腹黒い連中だ」
「あんたたちの世界じゃそうだったんでしょうけど、ツェーリはそんなんじゃない!」
マテが怒りを露わにする。
「がーっはははは!威勢の良いのがいるな!そうでなければ面白くない。さて、おまえ名前はなんだったか?」
「オーステアだ」
「オーステア!この俺様がわざわざ妹たちの話をしてやった意味は理解できるな?吸血鬼でありながら神の領域に踏み込んだおまえがよもやくだらん生き様を晒すわけがあるまい?こいつらの母親みたいに、俺様を身震いさせてみろ!」
「ふむ、やはり話し合いは期待できそうにないな。やるしかないようだ。弟子たちよ、すまない。私の好奇心で君たちに危険な橋を渡らせてしまう結果になった」
「どのみちジークリットのことは放っておけなかったですよ」
弟子と言われて少し気分があがる。
確信をもって言える。覚醒してるメンツの中で俺が一番弱い。そういう負い目もあって、弟子扱いされるのは素直に嬉しい。張り切る理由に充分なる。
さっと、リトゥヴァとジュウリがロイアスの背後に控える。彼女たちは本当に手出ししないらしい。
ロイアス単騎で俺たち全員を倒すつもりだ。
それを頷けるほどのプレッシャーがロイアスが放たれる。ぞわぞわと全身の毛が立つ。立っているのがやっとだ。少しでも気を抜けば気絶してしまいそうになる。
「タイマンだろうが、一斉だろうが構わん!だが、予言しよう。おまえらは俺様に傷一つつけられず敗北する」
あまりにも隙だらけ。両手を広げて悠然と前進するロイアスは明らかに戦闘態勢とはかけ離れた立ち振る舞いだ。
だから、ラルフの突きはいとも容易くロイアスの心臓を貫くかに見えた。
そうはならなかった。
「うそだろ……」
ラルフの独り言がこちらにまで聞こえた。それほどラルフは驚愕したんだ。なぜなら、剣先はロイアスに到達する直前でぴたりと止まったからだ。衝撃音も鎧に穴があく音もなく、まるでラルフが寸止めしたかのように。
そんなことはありえない。体重がかかったあれほどの刺突を易々と止められるはずがない。
「がーっはははは!大した腕だ!だが、俺様には届かん!」