敗北宣言
――――――――佐倉涼太――――――――
「王宮に招待されたのは2週間ぐらい前のことだ。気配ですぐにわかった。ここには俺と同類のやつがいる。いや、あいつらと同類にされたかねえがともかく……」
「召喚師がいた、と」
オーステア様が合いの手を入れた。
「そう! だが、気配はわかるんだが肝心の姿がわからねえ。俺ぁ王宮の作法とか虫唾が走るタイプの人間だ。そりゃあもう苦痛だった。だが、そいつを見つけないとそのうち大変なことが起きる。せめてどういう方法で召喚を企ててるのかを突き止めたかった。それに、俺は招かれたっても外の人間だ。それ相応の理由がなきゃ長居できねえ。宮仕えするのが手っ取り早かったが、忠誠を誓う気なんてさらさらなかった。自由にも動けなくなるしな。とにかく俺は王宮内で後ろ盾が欲しかった。そこで出会ったのがウルルカだ」
「ウルリカです」
「こまけぇな、あんた」
「一般常識です。エルドリッチ様は人の名前を間違えて謝罪一つできない器の小さいお方なのですね」
「む、そこまで言われて頭さげねえのは男がすたるってもんだ。ごめん」
「誠意がこもってません」
「……ごめんなさい」
あのガンくれてたエルドリッチからは想像もできない恭しさだ。さすがは王女様といったところか。テューンはともかく篠塚にも優しく接してくれたようだし、案外女性に弱いのかもしれない。何にせよ、親近感を持てることはいいことだ。うちの面々はこてんぱんにやられたせいか、未だエルドリッチへの警戒を解いていない。
「ともかくこいつは……」
ウルリカはエルドリッチのほうをぎろりと睨むがエルドリッチは気にした素振りも見せずに話をつづけた。
「王宮内の異様な空気を薄々ながら感じていた。だけど、王女様は継承権2位とはいえ立場はあまりいいものじゃぁなかった。嫁ぎ先はもう決まってたし、期待もされてなかった。まあ、こいつが出来損ないってわけじゃねえ。詳しくは知らねえけどな。というわけで、こいつは自由に動くことはできなかった。つまり、俺との利害が一致したわけだ」
「あー、なんだ。だいぶ飛躍してないか?」
「そこは今重要じゃねえからいいんだよ」
ゼフの意見はごもっともだが、エルドリッチは軽くあしらって続けた。
「私たちは協力しあってついに王宮に忍び寄る脅威を突き止めました。それが今朝の話です」
「夜より暗い闇が発生したのと同じ」
テューンの言葉にこくりとウルリカが頷く。
空が闇に覆われたのは早朝、普段お世話になってる村で起き上がりに日々の日課をこなしている最中のことだった。王女様の証言は俺たちの体験と一致している。
「時は一刻を争いました。しかし、敵は老獪で私たちの動きは読まれていたんです。本来儀式に必要な生贄を使わずに神を不完全ながら召喚する方法を彼は用いました。正直、神に妄執している彼がそのような手段に出るとは予期してませんでした」
「潔癖なまでに完璧を求めた奴だった……潔癖って言葉使いたかっただけなんだが意味あってる?」
ウルリカがエルドリッチの肩をバシンと叩いた。
この緊急事態にこの男は何を言ってるんだと責める視線をほぼ全員から集めた。それに対して、エルドリッチは悪びれた様子は一切ない。オーステア様だけが平然と聞き流した。
「それで、一つずつ答えていってくれるか? 不完全な召喚は何かリスクを伴っているのか? 正規の召喚とは一体どういうものだ?」
「……結果として召喚された神様は王宮から出られない。という言い方は正しくねえか。召喚された魔法陣に縛られてそこから抜け出すことができない。なんで、あの神様は王宮の中でしか本気を出せん」
「あなたほどの力があれば召喚されたその場で叩き斬ればよかったのでは?」
テューンの意見にエルドリッチは頭を掻いた。この傍若無人を絵に描いたような男が見せる初めての弱気な表情だ。それだけで、俺たちはエルドリッチの次の発言を予知することができた。
「俺だけじゃ神様ってやつに勝てねえみたいだ」