遠く離れた異国の地で
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召喚されて間もなく瀕死の重傷を負ったワシは、遠く海に隔てられた地に飛び難を逃れた。言葉を喋れず、意識も混濁していた中でも、あの女の顔は忘れられるものじゃない。
「なにをしておるのじゃ?」
「……これは叔母の写真さ。俺が生まれる前に行方不明になったこの屋敷の本当の主だよ」
壁に立てかけられた肖像画のようなものは写真と呼ぶらしい。少なくともトリュンという国には存在しない技術だった。これほど鮮明に写し出せるとは感心させられる。
それより問題は……。
「ワシはこの女と似た顔をした子供を見たことがあるぞ」
「……本当か?また俺を騙そうとしてない?」
「失礼なガキじゃ!ワシは約束を破るつもりはないと言っておろう。お主の血に宿る力はワシがこの世界に根付くには欠かせぬものじゃ。無碍にしたりはせぬ。お主が他の者の手に渡るなら別じゃがのう」
「まあ、俺が持ちかけた契約だしね。それに、裏切ろうとしたのはサージェスのほうだし」
「あやつはお主とワシが一緒におることが気に食わぬようじゃな」
ワシの容姿はトリュンの王族を食らったことにより、この異国の地に住まう人間どもとは随分違うものとなったが、この少年と血の契約を交わしたことにより髪と瞳は漆黒に塗り変わった。
この少年が死ねばその肉体の一切はワシのものになる。生き続けるかぎりワシに血を分ける。そういう契約である。
「それで、その子供ってどこで見たの?」
「お、やはり気になるようじゃの。どうしても聴きたいか?どうしても聴きたいというなら教えてやらんでもないがのぅ!」
「言わないならもう聞かないよ」
「待つのじゃ、待つのじゃ。まったく堪え性のない!ワシをもっと楽しませるのじゃ。それがお主の義務であろう?」
「初めて聞いたよ」
「とにかく!ワシが他国の王族を血祭りにあげた時間に遡るのじゃが」
「君が悪い神さまだってこと忘れてた」
そのぐらいワシが魅力的であるということじゃ。
「残るは、お主と同じぐらい濃厚な血を受け継いだ王女ただ一人のはずじゃった。なんと!蓋を開けてみれば血の気配をぷんぷん漂わせる者がもう一人おるではないか!心が踊ったわ!二人とも食らえばワシの完全復活も夢ではあるまい!」
「でも、そうはならなかった、と」
「あの女が邪魔しおった。オーステアと名乗るあの女にじゃ」
「そんなに強かったの?」
「どうやらあの女も不完全な形で転移してきたみたいでの。ワシよりも弱かった。あやつの眷属が妙な力に芽生えるまではの」
あれ以上戦えばどちらかが死ぬことになっていた。共倒れなど御免被る。あの女から身を引く提案がでたのは僥倖だった。
「ワシとは違うやり方で神の血を取り込んでるようじゃ。あの女がこの世界で力を使えるようになったのも、神の血をもつあの子供を眷属にしたからであろうな。名は確か、トモエと言ったか」
「トモエ……どうやら眉唾じゃないみたいだね。その名前をまさか君の口から聞くことになるとは思わなかったよ。その子は正しく、この辺鄙な領地以外の全てを奪われた俺の唯一の血族だ。会えるなら会いたいな」
この少年は顔には出さないが雰囲気はころころ変わる。肉親を殺され、追放されてこの地に流れてきた過去が影を落としているのであろう。
「それにはまず、盗られたもの全てを奪い返さないといけない。俺は、天下をとらなければならない」
「当たり前じゃ。お主には勝って生き抜いてもらわねばならん。いずれワシもあの女と決着をつける。その時にはあやつももっともっと強くなっている。トモエという子が力に芽生えることがあれば、あの女は本来の力の大半を取り戻すことができるであろうな。だから、お主にはもっと頑張ってもらわねばならぬ」
「ああ、分かってるさ」
この少年の覚悟は並大抵のものじゃない。少なくとも、ワシが殺すのを思い留まらせる程度には。
まったく、楽しませてくれる。