出発のための準備(砂漠の遺品) その3
ーーーーーーーーテューンーーーーーーーー
それが何を意味しているかなんてさっぱり分からない。だけど、それが絶対にありえないことだというのは分かる。
なぜなら、トモエは異世界人で、最初は言葉すらまともに話せなかったのだ。治癒魔術という稀有な才能に恵まれてたいたが、それ以外は普通の女の子と変わらない。ドロテアとの繋がりなんて有りはしない。
「トモエがそんなものを持ってるはずがない。その家紋というものは何に刻まれていたんだ?」
「彼女は母の形見、と」
母の形見。一度尋ねたことがある。あのかんざしのことだ。確かに何か模様が描かれていたのを覚えている。
あのあまり意見してこないマテが女性の嗜みというのだけには妙にうるさかったので、仕方なく最低限のことはやっていた。しかし、私自身が興味をもったことなど一度もない。だから、トモエの持つかんざしについての感想も特になかった。ただ、話の流れで話題に上っただけだ。
そういうところがいけないのだ、と過去の自分を責めた。今ならトモエとももっと違う会話ができるはずだ。
「それで、ドロテアがなぜその家紋が刻まれた品を持っていた?」
師匠が尋ねると、ジークリットは話し出した。
「ドロテア様は多くを語りませんでした。とても辛そうにしておられたので、私も深くはお聞きしませんでした。ただ一言、おっしゃられたのは、『砂漠のダンジョンでともに戦った仲間の遺品』である、と」
「そんなバカな! トモエが私たちの世界の人間だとでも言うのか? 髪も瞳も黒いし、顔立ちも違う」
「テューン、可能性はいくつもある。かつてトモエの祖先の一人がこの世界に転移してきた、ということだってある。異世界人であるならあり得ない話でもあるまい」
確かにその通りだ。だけど、その線は限りなく薄い気がする。もちろん、どういう原理で異世界人が召喚されているのか具体的なことは何一つ判明してない以上捨て置けないのも事実だ。
私の想像力が働いていないだけかもしれないな。
「……どの道、ドロテアに問いただす必要があるな」
「そうだな。だが、優先順位は低い。トモエが何百年も前の冒険者の遺品と同じ家紋を持っている。それが意味するところを何も知らないせいだが……」
ドロテアが快く答えてくれるかも怪しい。正直、ドロテアに会ったところで徒労に終わる可能性のほうが濃厚だ。
「トモエはおそらく何も知らない。今までのことが全て演技なら大した役者だ。しかし、私の知る彼女は健気で仲間想いの優しい女性だ。ジークリット、すまないな。今の私たちは君の質問に対する答えを持ち合わせていない。君も魔族と人間が争わない未来を作るために藁にも縋りたい想いであることは承知している。だから、約束する。答えが見つかれば、必ず君に報告する」
「ありがとうございます。何から何まで、この恩は決して忘れません」
「ゼフも異論はないな?」
「……ああ」
ずっと沈黙を貫いていたゼフに向かって師匠が言葉を投げかける。
ゼフがしぼりだすように返事をしたところで、あの三人組のうちの一人が満面の笑みを浮かべ、獲物を抱えて帰ってきた。そいつが私にとって生理的に無理な、リュウガというやつだったのでゼフと一緒に機嫌の悪い顔が並ぶ形となってしまった。