ウルリカ王女
――――――――佐倉涼太――――――――
頭がガンガンする。まるで鈍器で力いっぱい殴られたような痛みだ。
なぜそう表現したかというと、ゼフたちとパーティーを組んで間もないころにゴブリンを目撃して、「うおーすげーゴブリンだー!」と無駄に感動した際に後ろから不意打ちで別のゴブリンに殴られたことに由来する。その時は篠塚がいなかったら危ないところだった。吸血鬼としての再生能力のおかげで事なきを得ているが、そうじゃなかったら二度目の生死を彷徨う事態になっていた。
そうしてくれた張本人が師匠と机を囲ってる光景に俺は眉根を寄せた。
「……どういう状況?」
「おう、涼太。おまえ大した野郎だな。ちょっとマジになりかけたわ」
いや、あれ本気じゃなかったんですか。
さっきまで殺し合いをしてたとは思えないほどお気楽な調子でエルドリッチが声をかけてきた。その隣には見目麗しい女性の姿が確認できた。見たところエルドリッチの関係者なのだが、今の剣戟を観戦してたわりには毅然とした態度でいるあたり、そういうことに慣れているか、エルドリッチに全幅の信頼を寄せているのだろう。
ゼフもテューンものそりと起き上がり、師匠に説明してほしい旨を目で訴えかけている。
「全員座ると鬱陶しいからすまねえけど立っててくれるか? おい、あんたにも関係ある話だから座れや」
「わ、わたしですか?」
「あぁ? てめえよくそんなんでギルドマスターやってんな? いいから座れよ!」
ギルドマスターらしき男はこれ以上何も口にはせず、顔面を蒼白にしながら師匠とエルドリッチに挟まれる形で椅子に座った。
居た堪れなかったのか篠塚が俺の隣にやってきた。明らかにエルドリッチの圧にやられてる顔をしてる。そして、篠塚は耳元に口を近づけてきた。
「あの人絶対チンピラだよね」
「ぁん?」
どんだけ地獄耳なのかエルドリッチは篠塚の耳打ちが聞こえていたらしい。
一瞬この世の終わりみたいな顔したあとに篠塚はエルドリッチの眼を見て、そして逸らした。ビビりまくってるのが如実に伝わってくる。
そんな篠塚に対し、エルドリッチは急に柔らかい笑みを浮かべた。その態度の落差が逆に笑顔を底知れぬおぞましいものに変えていた。
「よーわかっとるなぁお嬢ちゃん。俺ぁ英雄なんてもてはやされる立派なもんじゃねえ」
「は……はぁ」
「そんじゃまぁ、全員集まったところで、情報交換といこか」
オーステア様、ギルドマスター、エルドリッチ、謎の女性。4人でテーブルを囲んで、そのまわりを固めるように俺たちパーティーが集った。いつの間にかラフィカもマテも戻っていた。改めて吸血鬼の生命力の高さを実感させられた。
「俺がこの世界に転移してきた時の事情がそもそもの発端なんだが、それぁもうかれこれ半年も前のことになる」
「え、俺たちが転移してきたのも半年ぐらい前だ」
「ほお、じゃあ涼太はその時妙な声を聞いたか?」
「妙な声? というと?」
「いや……かなり明確な……啓示みたいなもんだ。聞いてないならどうやら涼太とおまえさんの彼女は巻き込まれて召喚されたっぽいな」
いや、彼女じゃないし。そう否定しようにも話の腰を折るとキレそうなのでやめた。
「ちなみにその啓示っていうのは?」
「それが今回の話のミソっつーやつよ。耳かっぽじって聞けよ?」
エルドリッチはにんまりとほくそ笑んで、ひとさし指をくいっくいっと曲げて耳を傾けるよう促した。そんなことしなくても聞こえるのだが、エルドリッチなりの演出だろう。
「俺がそもそもこの異世界に呼ばれた理由にもなるんだが、その妙な声ってやつは俺に異世界の神様を召喚するように頼んできやがった。どういうわけか、そいつぁ召喚術自体は使えるけど、神様を呼べるほどの力が残っていないらしい。んでな、そうして異世界から呼ばれた召喚術に長けた人材をそいつはかなりの数召喚したようでよ。素直にはいはい下僕みてえに従うか悩みながら、とある村にお世話になった時のことだ」
エルドリッチは続けた。
「俺と同じ都合で異世界から召喚されてきたクソ野郎が、その村全体を神様召喚の生贄にしようとしやがった。俺はな……世間で言われてるほど大層な人間じゃねえ。舐められちゃオシマイの世界で喧嘩だけが取り柄だったしがない男だ。だけど、どんな人間にでも曲げちゃいけねえ、折っちゃいけねえ心の在り方ってのがあると思ってる。そいつは俺のそこに触れた」
エルドリッチから先ほどとは別の凄みが伝わってくる。威嚇なんかじゃなく、殺意なんかじゃなく、純粋な怒りというべきか。彼の眼は真剣そのものだった。
「……と、そいつをぶった切る前はそこまで考えちゃいなかったけどよ。腹は決まったわけよ。どんな都合か知らねえが、あの妙な声から啓示をもらった奴ら全員を殺す。それがこの世界の奴らに対する俺の礼儀だ。そして、おたくらを狙った理由でもある」
「私が召喚された神だからか。なるほど、その話だけ聞く分には私は確かにこの世界の厄介者だな。私を召喚するのに一体どれだけの犠牲が払われたか」
「じゃあ、なんで殺されなかったんですか?」
マテの質問にエルドリッチは目を細めた。だが、話に割り込まれて不機嫌になったとかそういうことではなさそうだ。並々ならぬ事情を抱えてる。そんな雰囲気を醸し出してる。
「それは、夜よりも暗い闇を生み出した張本人が今この時も玉座を占拠しているからです」
そう主張したのはエルドリッチの隣にいる謎の女性だ。とても整った顔立ちをしていて、エルドリッチの知り合いとは想像できないほど清楚だ。
「あの、失礼ですが」
「この国の姫様で、ウルリカって名前だ。失礼のないようにな?」
テューンが質問を言い切る前にエルドリッチが即答した。
俺も口をあんぐりと開けているが、ラフィカと篠塚以外のメンツも反応を同じくしていた。どうやら俺たちが気絶している間に自己紹介が終わっていたようだ。
そういうことはもっと早く言ってくれよ……。