出発のための準備(彼女の疑惑) その2
ーーーーーーーテューンーーーーーーーー
日が昇ってからしばらくした後、私たちは狩りにでた。
出発の準備にそれほど手間はかからない。そう思っていたのが間違いだった。
私たちには空間収納スキルという物資が嵩張らず、かつ重量の問題を瞬時に解決する魔法のスキルがあるわけだが、その空間に入れるものがないのだから大変だ。
このアジトは食糧が枯渇している。昨日の時点でそれは分かりきったことだった。だが、甘く見積もりすぎてた。昨日狩った獲物だけでは到底工面することができないのだ。自分たちだけで森を抜けた時のペースなら現状の物資でなんとかなる。だが、か弱い女性たちを抱えている。二日で抜けられる森を一週間かけて進むのだから、その分の追加の食糧が必要になる。
加えて、向こうで狩を行える保証はない。ロイアスという懸念材料があるかぎり、ある程度保存のきく食料がいる。その加工で一日を費やす覚悟が必要がある。
狩りの方法は昨日と同じだ。
リュウガ、ニャルニ、ブリ大根の三人が獲物を仕留めて、私とゼフが解体する。違う点があるとすれば、今日は師匠とジークリットがいることだ。
「やはりこの人数で動くより別のことを分担したほうがよかったのでは?」
「すまない。私は純粋に彼らの能力に興味があってな。ゲームとやらを介して魂だけがこの世界に転移してきた特異な存在だ。長い間生きてきて彼らのようなものは初めてだ」
「僭越ながら、私はオーステア様にお聞きしたいことがございまして、良い機会だと予定を無理にでも空けた次第であります」
ジークリットがいることで、ゼフの顔は朝から機嫌のいいものではなく、それどころか一言も声を発していない。一体どういう了見で気まずい空気を作ってまでも聞きたいことがあるというのだ。
「昨日の晩ではダメだったのか?」
「はい、この面々だからこそ都合が良いと言えるでしょう」
私は首を傾げた。妙なことを言う。まるで今から内緒の話でもするような口ぶりだ。そして、ジークリットはその話をする人間を選んだ。そう解釈してもいい言動だ。
おそらくジークリットの取り巻きのあの三人を混ぜると、変な誤解を招く可能性があるから外したと見える。あの三人はよく暴走する傾向がある。それでも、ジークリットは彼らに感謝しているようだから余計な心配をかけたくなかったのだろう。
「あのエルフと呼ばれてる方々は行動を共にされてるだけで、オーステア様に忠実というわけではありません。ラルフはお弟子さんでしょうけど、彼には別の意思が働いてるように見受けられます。おそらく、トリュン王国のものでしょう。彼なりに何か掴んでいるかもしれません。ですが、この話を取り上げるのは賢明ではございません」
「驚いたな。この短い間でよくそこまで観察できたものだ」
師匠が素直に感心している。私はその様子に驚いた。何よりラフィカのことだ。彼は冒険者になる前の名前に戻したと聞き及んでいる。しかし、可笑しな言い回しになるが、まさかトリュンに忠誠を誓い直したとは思いもしなかった。
いや、さもありなん、か。ラフィカは私たちパーティーのいないところで覚醒した。エルドリッチの元で彼の価値観が劇的に変わる出来事があったと推測される。ラフィカがその相手に多大な恩義を感じてもおかしくはない。ただ私の想像力が働いていなかっただけだ。
「リョウタという方にもお話すべきか悩みましたが、私には判断しかねましたので、そちらにお任せいたします」
「それで、そのお話というのは一体なんだ?」
私が尋ねるとジークリットは少しだけ気まずそうに目を細め、そして口にした。
「あなた方がトモエと呼んでらっしゃるあの方の所持品に、私が一度だけ目にしたことのある家紋が刻まれておりました。私自身はその家紋がどちらのものなのか存じ上げません。ですが、同じ家紋が刻まれた品物を誰が所有していたのか、それが肝心なのです」
ジークリットは続けた。
「それを所持していたのは、ドロテア様でございます」