ブリちゃんは改名したい その1
――――――――佐倉涼太――――――――
出発を明日に控え、俺たちは各々準備に追われていた。
女性たちは体調を持ち直しているが、以前弱ったままの人もいた。なぜそんなにも急いで魔族領にいく必要があるのか疑問だったが、そもそもここが元々盗賊団のアジトで、しかもジークリットもお尋ね者だという当たり前のことを失念していた。
義賊としての彼女を追ってるのはトリュン王国だけじゃない。トリュン王国はジークリットのことを師匠に一任したけど、隣接するゲルシュは違う。ここは国境際の盗賊が根城にするぐらい警備が手薄な場所だ。夜に紛れて何かをしでかそうと思えば容易なはず。もちろん、ジークリットの潜伏先を特定できていればの話だ。それに、ロイアスの件もある。
彼女たちからしたら、村に滞在していたほうが安全で気も休まっただろう。運悪くテューンたちに遭遇してしまったばかりに、わざわざ危険な場所に拠点を置くことになった。
「まあ、私たちも頭ごなしに吸血鬼ってだけで襲ったから、自業自得っちゃ自業自得だよねえ。ほとんどリュウガのせいだけど」
「なに言ってやがる! おめえらもノリノリで便乗してきたじゃねえか!」
「まさに軽率だったってわけだ」
この三人は相変わらず仲が良いのか悪いのかわからないコントじみた会話をする。それが見ていて楽しくもある。それに、外見こそ仮初めのものだけど、彼らは同じ日本人だ。
同じ文化圏で生活していただけで共感できることが随分あるということを思い知らされた。話題一つでも共通の認識があるというだけで安心する。この世界の人間と接することが疲れるという意味じゃない。
ただ、不意にくる懐かしさは温かくもあり、徐々に締め付けてくるような痛みもあった。
「……なあ、実は俺な……改名しようと思うんだ」
リュウガに声をかけられて、ニャルニとブリ大根の四人で話をしていると、急にブリ大根がそんなことを言い出した。まあ、なんとなく察することもできる。
「急にどうしたんだい、デイビッド?」
「デイビッドって誰だよ!?ちょっと昔の海外ドラマか何かか!」
「要するに、あくまでキャラクターとしてはブリ大根でも問題ないが、自分の名前にするにはイヤなわけだ」
「あ、うん……急に話戻すのね。もうちょい俺のツッコミとかに反応してほしかった」
振るだけ振っておいて投げっぱなしにするリュウガ。不完全燃焼ながらもブリ大根は気を取り直して話を続けた。
「やっぱこの世界での俺はこの姿のわけだから、もっと人間らしい名前を付けたいわけよ、わかる?」
「分かるけど急にそんなこと言われてもなあ。勝手に決めりゃいいんじゃないの?」
「おまえ、普段頼り甲斐あるけど、どうでもいいと思ってることにはとことん冷たいよな……」
どうでもいいと思われてることに凹んでいるようだ。
「でも、ほんと本人の自由だと思うよ? 冒険者だって偽名で登録できるぐらいだし、地球よりもそういうとこ緩いよね」
ニャルニの言う通りである。うちのパーティーにも偽名を使って登録していたやつが二名ほどいる。
「でも、おまえら俺が名前変えましたーよろしくーって話振っても、『あ、そう』とか『ふーん』とかいう素っ気ない返事するんだろ?」
「あ、うん。そうだね!」
「俺はそれがイヤなの! あと普通に思いつかないし相談したい」
「ということですよ、リョウタくん」
「そこで俺に振るの?」
ニャルニの突拍子のない無茶振りがよりにもよって俺に向けられた。他人事のように聞いてたので全く腹案などあるわけがない。拒否しようにも、ブリ大根の期待の眼差しが眩しかった。
「リョウタ! 同じ日本人として俺にかっこいい名前を頼む!」
いやいや、そんなこと言われましても。
その眼差しを裏切るわけにはいかず、俺は未熟な思考をフル回転させて案を模索した。