ツェーリとマーリン その1
ーーーーーーーーマテーーーーーーーー
ジークリットのアジトに半ば強制的に連行されたというのに、ツェーリの行動は迅速だった。アジトに到着する前からツェーリはジークリットが解放した女性たちを気遣っていて、アジトにきてからも付きっ切りで介抱してあげている。私は何をしていいか分からずツェーリの指示を従うだけだった。
ふー、慣れないことすると疲れてるなぁ。戦闘してるほうが楽。
一段落ついて休憩していると自然と溜息がでる。よくあんなに根気よく献身的になれると感心するものだ。そして、同時に私のことじゃないのに誇らしくもあった。
「とりあえず、お疲れ様」
湯気が立ってるカップを二つ。お茶のいい香りを漂わせながらツェーリが一つ私に差し出してくれた。
「ありがと」
「綺麗な空ね。私、こんな色の空初めて見た」
「少し寂しい感じもするけどね」
空は茜色に染まっていて、間もなく夜を告げようとしていた。ツェーリのいた世界じゃ夕暮れというものが存在しないようだ。それはつまり、夜も昼も朝も存在しないということに他ならないのでは。
「私の生まれる前はこんな空があったみたい。私が生まれたのは世界を喰らう蛇を倒して、同胞たちが散り散りになった後だから。知識としては知ってるんだけど……実際に見てみると、そういう寂しい雰囲気も含めて、なんというかステキね」
ツェーリが私の隣に座る。お茶はまだ私が飲むには熱いぐらいで、手に伝わる熱がそれを私に知らせてくれた。だけど、ツェーリは同じ熱さであろうそのお茶を少しの躊躇もなく口に運んだ。別に私もヤケドなんてすぐに治る体になってしまったけど、オーステア様の眷属になる前の体を懐かしんでかどうにも抵抗があった。
普通の人間ならもう即死してる攻撃もモロに受けたけど!
「ジークリットさんのことゼフは殺さなかったみたいだね」
「良い判断だと思う。彼女にどんな過去があっても、あの人たちのことがある以上、その場にいたら私も止めてた。行き場を無くした彼女たちが、せっかく未来に向かって進めるかもしれないのに、そのチャンスを奪うような真似はしたくない」
ツェーリは彼女たちに自分の境遇を重ね合わせているのかもしれない。彼女たちエルフは長い長い永劫に近い時間を世界樹とともに彷徨ってきた。もしかしたら、そこには進むべき未来はなくて、新しい明日はなくて……ただただ命を消費するだけの人生だったのかもしれない。だからこそ、彼女たちの行く先を心配しているのだ。ツェーリも同様に私たちの世界で未来を見ようとしているから。
私は……ツェーリの力になってあげたい。でも、その前に気がかりでどうしても彼女に聞いておきたいことがあった。
「……ツェーリ、ほんとつまらないことで申し訳ないんだけど、ちょっと聞きたいことがあって……いいかな?」
「どうしたの?かしこまって」
「うん、私の昔の話をした後、ほとんど喋らなくなったから、私なにかしちゃったのかなーって。ずっと不安で不安でしかたなくって……ほんとごめん!」
しどろもどろで恥ずかしくなってくる。顔も熱くなっていくのがわかった。やっぱり聞くんじゃなかったという気持ちと、はっきりさせないといけないという気持ちがせめぎ合う。
ツェーリはそんな私を見て、優しく微笑んだ。彼女は私なんかより一回りも、いや、それ以上に大人だ。
「私はね、『世界樹の担い手』になるのが夢なの。みんなを導いていく立場になるから、それだけの責任を伴う。この世界で色んな人と出会って、つらいことでも楽しいことでも知識としてじゃなく自分自身の経験として新しいものが吸収されていく。とっても素晴らしいことだわ。だけど、いずれ私は世界樹のもとに帰る時がくる。『担い手』として」
ツェーリは続けた。
「あー、ケンカしちゃうかな。友達じゃなくなっちゃうかも。ずっとそんなこと考えてた。あそこで口を出さなかった理由は、マテを失いたくないから。でも、私たちならきっと大丈夫だよね? 友達のままでいられるよね?」
私のためなんかにそんなに悩んでくれたのか。
もちろん、その程度のことで絶交するなんてあり得ない。でも、あの時の腐った感情だったら逆切れしていた可能性も無きにしもあらず。どの道、私はツェーリに気をつかわせてしまったわけだ。私は自己を省みる必要があることを彼女に教えられた。