試金石
――――――――篠塚友恵――――――――
勝敗はあっけなくついた。相当な威力の頭突きだったのか、涼太は頭をくらくらとさせながら倒れた。脳震盪どころか頭蓋骨が陥没してる。むしろ少しでも立っていようとしていた精神を褒めたたえるべきだ。頭突きがあんな怖いものだなんて誰も想像できないもの。
エルドリッチは火傷した手を痛そうにグーパーさせ、ため息を一つついて何事もなかったかのようにこちらに向き直った。
私は全身の筋肉が強張るのがわかった。いくら吸血鬼として身体能力が強化されていたとしても、戦闘経験がない私には毛が生えた程度の効果しか発揮しない。だけど、抵抗しなければ死んでしまう。死んでしまうというのに、体が動いてくれない。
ゼフさんもテューンさんも、マテも涼太も私なんかよりずっと強い。ラフィカはちょっとアレだったけど強さはテューンさんのお墨付きだ。そんな人たちが止められなかったんだ。私なんかに止められるはずがない。
私の武器である杖を構えることはできた。だけど、それまでだ。エルドリッチが歩み寄ってきているというのに、私の足はすくんでしまったまま。
「あー、さすがに無抵抗のやつにゃ危害を加えねえから安心しな?」
そうバツが悪そうにエルドリッチは言った。この期に及んで何を言ってるのだろうと私は思ったが、それを口にできるほどの余裕はなかった。
そんな私の肩にポンと手を置き、私をスルーしてエルドリッチはオーステア様の前に立った。
「生かす価値があると証明できたか?」
「……筒抜けかよ。まあ、そうだな。とりあえずは、な」
私はそのやりとりの意味が理解できず、疑問符を頭に並べた。でも、そんなのお構いなしに二人は話を進める。置いてけぼりにされた感は否めないけど、私なんかに構ってる暇なんてないのだろう。実際、私は足手まといになってることを痛感してる。
「私の世界では鑑定眼という特殊なスキルがあるんだが、もしやエルドリッチ殿は鑑定眼をお持ちか? 私たちが人ではないことを看破していたようだが」
「ん? いや、そんな大層なもんはねえ。俺の世界じゃ相手の種族と名前が勝手に表示されるからよ」
「なるほど。兎にも角にもエルドリッチ殿も異世界人か」
「そうなるな。そのへんの話も含めておたくらと話し合わなきゃいけねえんだが。おい、あんた。椅子と机用意しろ、急ピッチでな」
「えっ、あの、俺一応ギルドマスターなんだけど……」
「ごちゃごちゃうるせえ!」
突然命令されて困惑してる男が凄まれて萎縮する。まったくもって不憫でならないが、この場でエルドリッチに食ってかかろうとする人間は誰一人としていなかった。オーステア様は特に気にした様子を見せない。エルドリッチの粗暴さを指摘する気がそもそもないのだ。
「ところで、エルドリッチ殿のツレをそろそろ紹介していただきたいのだが?」
「……まあ、俺の狙いがわかってるってことはそういうことだわな。あと殿をつけるのをやめろ。むずかゆくて仕方ねえからよ」
「承知した」
すすっとこちらに寄って来るフードを被った人物がエルドリッチのツレなのだろう。マントを羽織っているが華奢な体つきが浮き出てきそうなほど細い。
ギルドマスターが大慌てで用意した椅子のそばに立ち、フードの中を露わにする。
艶やかな肩まで伸びた金色の髪にサファイアのような透き通った青い瞳。端正な顔立ちはまるで人形のようだった。どう見ても冒険者や傭兵じゃない。
「お初にお目にかかります。私はオーステア。姓はありません。ただのオーステアでございます」
「では、私はただのウルリカでございます。ですので、そんなにかしこまらなくても結構ですよ」
ただのウルリカ。そんなわけなかった。マントこそは冒険者のものだが、その下の整った身なりや、淑女然とした仕草が一つの可能性を示していた。
ウルリカ・スヴェンホルン第一王女。トリュン王国の王位継承権第二位。王宮からは決して出てこない、ましてや、こんな場所に訪ねてくることなんて絶対ない人物。
オーステア様とエルドリッチの様子から、その可能性が可能性じゃないことを存分に理解させられた。