漠然とした不安
――――――――篠塚友恵――――――――
ずっとずっと恐ろしかった。誰の心にも残らずに死んでいくことが。自分という存在が跡形もなく消え去ってしまうことが。
母は明るく元気で優しい人で、誰とでも仲良く会話を弾ませていた。私とは大違いだ。だけど、そんな母が時折誰もいないところで見せる寂しそうな表情が頭から離れない。その時の私にはその母の傍にいてあげることしかできなかった。それでも、私に笑顔を向ける母は強い女性だったんだろう。一度だけ私を抱き締めて、「ごめんね」と涙を流して謝ってきたことがある。
その言葉が何を意味しているのか、ついに聞くことが叶わず母は天に召された。
母には親戚がおらず、私という存在がいなければ天涯孤独の身だった。だから、私は施設に移されるものだとばかり思っていたけど、知り合いの男性が私を引き取ると名乗りでてくれた。何度か会ったことがあって、母とも楽しそうにお喋りしていたのも見たことがある。母の遺言になってしまった私宛の手紙には、私はすでに彼の戸籍上の娘であり、母はこの男性と恋仲だったことが記されていた。
ずっとずっと違和感を覚えていた。他の子と自分がどこか違う感じがした。一緒に遊んでいるのに言いようのない孤独感が付きまとった。気のせいだと自分に言い聞かせた。その現実に直面してからも私は目を背け続けてきた。
母には戸籍がなかったのだ。
「トモエちゃんってどこ住みだったの?」
ニャルニさんがアジトの中で必要なことを教えてくれている間、彼女の口が一切止まることはなかった。よくそんなに口が回るものだと感心しながら、返事をやっとやっと返していく。
「山口の……端っこですね」
「あー、あそこかぁ。私は大阪の治安が悪いって有名なとこ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫て! 面白いこと言うねえ! 危ないとこいかなきゃ危なくないよ。ある程度は」
「ある程度……」
というよく分からないノリの会話をしていると、
「おや、ここにいましたか、ニャルニ」
ジークリットと師匠が一緒に歩いてきた。大事な話は済んだようだけど、師匠は浮かない表情をしている。二人の様子からジークリットとの話がこじれたわけではなさそうだけど、円満というわけにはいかなかったみたいだ。
「あ、ジークちゃん」
「マテとツェーリの任せたままなので、今から彼女たちのところへ向かうつもりなんですが、二人もいかがでしょう?」
「あー、そうだね! トモエちゃんいこっか」
私の手を引いてニャルニさんは小走りにジークリットの横に並んだ。その際に、ジークリットの目が見開かれた。私の髪を凝視しているみたいだった。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。そのかんざし、なかなか似合いますね。どこで手に入れたのですか?」
「これは、母の形見です」
「そうですか……それは残念です」
ジークリットの言う残念とは一体何を示すのか、彼女から最初に受けた印象からはかけ離れた歯切れの悪い受け答えから推し量ることはできなかった。そのやりとりからも度々感じる視線に私は不安を募らせた。