神ロイアス
ーーーーーーーーオーステアーーーーーーーー
浮かれていたことは事実だ。身に降りかかる困難に身震いすることは久しくなかった。平和を強く望んでいたこともあったが、いざ訪れたその時代に置いていかれる感覚が拭えなかったこともある。
弟子たちに最初に告げた言葉は正しく自分自身に降りかかった去来である。
もはや傍観者では済まされなくなった。むしろ、私は当事者の一人ではないかという疑念が付き纏う。フリージアとのやりとりでより一層濃度を増したそれは、ついに私を動かした。
異世界の召喚士を利用し、異世界の神を召喚しようとした張本人は混沌を好んで悪戯に世界をパニックに陥れたわけではない。何かしらの意図がある。私はそれを見つけなければならない。
「何度感謝を申し上げてもその念が尽きることは決してございません」
「私は私のために貴方を生かす選択をしただけだ。これからどうなるかまでは保障できんぞ?」
「それが私の因果ならば大人しく受け入れる他なりません」
「助けた者達を置き去りにしてか?」
「……ご存知でしたか」
「村長の話と貴方の経緯からの当てずっぽうだ。だが、まあ確信はあった。彼女たちは望んでついてきたのか?」
「帰る場所がある方には然るべき対応をさせていただきました。ですが、ほとんどは身寄りのない女性で、どこへ行っても変わらないと自ら志願してきた方もいらっしゃいます。あの三人がいなければ私もこのような決断は下さなかったでしょう。私は彼女たち一人一人の命に責任を持てるほど器用ではありません。自分の手に余るとは理解しております」
「自分を低く見せる言葉は慎むべきだ。謙虚さが美徳ではない時もある。少なくとも私にとって貴方は敬意を払うべき相手だから」
ジークリットは目を丸くし、表情を和らげた。
「不思議な方ですね。これが神性を持つということなのでしょうか、それとも純粋に人柄なのでしょうか」
「そういう貴方はサキュパスらしからぬ性格をしているな」
「ええ……よく言われます。容姿は母親似ですが、どうやら性格は父親譲りのようでして……母はなんというか……私には開放的すぎるというか」
気まずそうに笑う彼女は、お淑やかで可憐な女性だ。しかし、忘れてはならない。ジークリットは犯罪者とはいえ一切の慈悲なく惨殺する残酷さを兼ね備えている。
「私の世界でもサキュパスというのは開放的な奴らだったよ。それで、聞き流そうとしたが、あえて聞こう。貴方の口から神性という言葉がでた真意を」
柔和だった顔がしゅっと引き締まる。
もう少し雑談に興じてもよかった。だけど、私もジークリットもそんなに器用な性格ではないようだ。彼女には私に伝えなければならない問題があり、それを先延ばしにすることはできなかった。
「ニャルニとブリの二人はこの世界に来てから一度死んでおります。私も理解が及びませんでしたが、事実である以上認めざるをえません」
「死んでいるのに生きている?私とは違う不死性を持っているのか?」
「彼らはリスポーンという力を使って自らを蘇生することが出来るようです。自分たちが転移してきた地点まで戻されるので不便そうにしてましたが」
「復活できるだけでも破格だというのに」
私が言えた義理でもないが。
「彼らも贅沢を承知でボヤいておりましたから。問題は誰に殺されたか、でございます」
「神性を持った誰か、ということか」
「豊穣と戦を司る神ロイアス。そう名乗っておりました。私と行動を共にする、ということは彼と遭遇する危険を冒すということに他なりません。彼はどういうわけか、私にご執心のようですから」