大所帯の真実
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「なにやってるの?」
「あ、リョウタ!いいとこに!手伝って!」
タルを満たしていたのはタダの水だ。それを小さい体で大きく手を回して抱えている。見間違うことなくそいつは俺の仲間であるマテだ。
本来なら持ち上げることすら難しいそれをいとも容易く運んでいるのは吸血鬼になった恩恵によるものだけど、そこかしこの壁にあたりながらフラフラと歩いているのはご愛嬌というものだ。彼女のサイズに対して大きすぎる。
とりあえずそのタルを引き受けることにする。
ちなみに、師匠と篠塚とは別行動だ。師匠はジークリットに尋ねたいことがあると人払いをし、篠塚はニャルニと一緒に水場に行った。
なかなか衝撃的な出会いをしたけど、なんだかんだニャルニは面倒見の良いお姉さん気質みたいだ。そして、ソフィアの時といい篠塚は世話をかけたくなるオーラを発しているらしい。
というわけで、他の二人のことは知らないが、今はラルフとヤンの三人で行動していた。その矢先の出来事だ。
「ありがと」
「またなんでこんなものを」
「んー、一緒に来てもらったらわかるよ」
さしたる用事もなく、タルも持ってるので付いていかないわけにはいかない。ラルフもそのつもりのようだ。タルをもってた時とは打って変わって軽快な足取りで目的地を目指すマテ。そんなに遠くない距離を歩いて着いた先には、軽く数えただけで十名を超える女性たちの姿があった。程度に差はあるが、痩せ細り衰弱している人もいた。
その様子に俺とラルフは表情を消した。
「彼女たちは盗賊に襲われて連れ去られたり、悪い人に奴隷として売られそうになったり、とにかくひどい扱いを受けてたの」
「マテ、ありがと。適当に置いといてくれる?」
ツェーリの指示に従ってその場にタルを下ろす。完全に俺が悪いんだけど、下ろした際にラルフの爪先にタルが接触して声にならない声を上げた。空気を読んで怒りはしなかった代わりに俺の肩を小突く。
ヤンはツェーリの無事を確認出来て胸を撫でおろしていた。自己主張をあまりしないタイプだけど、ツェーリのこととなると途端に顔に出るのがヤンらしい。
そこでふと、視線に気づいた。怯えるような眼差しが俺とラルフに向けられている。
「手伝ってもらって申し訳ないんだけど、男ってだけでまだ大丈夫じゃない子がいるの」
「そっか……そりゃしょうがない」
本当に申し訳なさそうな表情のツェーリに気を使ってラルフは俺とヤンの腕を取ってそそくさと来た道を引き返した。
「ごめんね!埋め合わせはちゃんとするから!」
去ろうとする俺とラルフに向けてマテが言う。振り返らずに手を振ってラルフはそれに応えた。イケメンだからサマになる。
「あいつも変わったよなあ。前は周りに流されるだけだったのに。ツェーリの影響かな」
「俺はラルフのほうが変わったと思うよ」
「それは……確かにその通りかもね」
自分でも認められるぐらいの意識の変化がエルドリッチによってもたらされたみたいだ。
「ちなみになんですが、彼女どういう風に変わったんですか?」
ツェーリのことが絡んでいるのでヤンはそちらのほうが気になっているようだ。ラルフに腕を引かれた時もかなり渋々従っていた。本当はあの場に留まりたかったんだろうけど、それが許されないことはヤンも重々承知している。
「マテの生い立ちとあの態度からの推測だけど、きっとあいつは自分の家に戻るぐらいならどこでもいいと思ってたんだと思う。どこでもマシだと思ってたんじゃないかな。だから、みんなの意見に逆らわなかった。なんでもいいって思ってた。でも、今のマテは少しは自分の意思で動けてる気がする」
「あー、それ。後半は自分のことでもあるよね?」
「……リョウタ、イタイとこ突くね」
ラルフは気まずそうに苦笑いして見せた。