様子見
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
不穏な空気が漂う空間に助け舟が出された。最終的な決定は弟子に任せていた師匠が初めて自分に一任しろと主張したのだ。どういう意図があるにしろ、俺は諸手を挙げて賛成する。恥ずかしい話だけど、俺たちの判断できる範疇を超えている気がする。これはただのゼフの復讐の話で終わらない懸念がある。
ゼフはどうなんだろう?
昂ぶっている彼は頭では殺すべきではないと結論付かせていても、ふとした拍子に剣を握る危うさがあった。そう誘導したのはジークリット本人であり、要因は師匠にもある。そして、それに関して誰も指摘しなかった。だから、ゼフがここで間違った判断をしても、それは俺たちの責任でもある。
いや、だからこそ師匠はゼフを止めたのかもしれない。
「私は立派な、胸を張れるような生き方はしてこなかった。だから、君が感情に流されて復讐を果たしたとても咎めることはない。正直な話、この世界に転移させられたことを、ちょっとした観光気分でいたことも否めない。私が最初から真摯でいたのは、君たちがちゃんと全力をだして生き抜く、という一点のみだった。だが、私にも少しだけこの世界と向き合っていこうという心が芽生えてきた。そうさせたのは、今まで会ってきた人全員だ。そして、その中にはジークリット、彼女も含まれる。だから、頼む。ゼフ、私に任せてほしい」
しばらくの沈黙のあと、ゼフはテーブルに置かれた短剣を手にとった。緊張が走る。ニャルニとブリ大根が身構え、ラルフが柄を握る。
「……こいつは預かっておく」
そう言い残してゼフはその場から立ち去った。
安堵の息を吐く者もいれば、気にくわないのか顔を顰める者もいた。テューンはゼフを追いかけようとして思いとどまった。
「テューン、行く前から躊躇するものではない。君の求めることをするべきだ」
師匠の言葉に押されて、踏みとどまった足を前に進める。つまり、ゼフの後を追った。彼女はゼフと旧知の間柄だし、俺たちよりはゼフが心を開いてくれるかもしれない。
「しばらくここを拠点にするつもりです。もしよろしければ、皆様もこのアジトをご利用ください。元は盗賊の根城ですので、気兼ねすることはございません。お連れの方もすでに寛いでらっしゃいますので」
「……あー、それってもしかしてマテとツェーリのこと?」
「そのことなんだがよぉ。あの二人は遠慮ってもんを知ってんのか?」
リュウガのぼやきにツェーリのことが頭に浮かんだ。一度敵認定したらあの美しくて温厚そうな顔がどぎついものに変わるのを知ってる。マテにはそんなイメージはないけど、もしかしたらツェーリに促されて増長してしまっている可能性も捨て置けない。最悪な出会いから一転して、今はもはや接着剤で密着しているようなベタツキようだ。
「まだ結論を出せていない以上、ジークリット、貴方と共に行動させてもらう。ところで、このアジトにはシャワーか風呂はあるのだろうか?」
女性陣最大の懸念を師匠は口にした。
「申し訳ございません。お手数ですが、近くの川を使っていただくことになりますね」
そうか、と師匠は尋ねておいて淡々とした返事をしたが、それを耳にした篠塚のほうがその現実を直視できていない表情を浮かべて凍り付いていた。