ラルフの考え
ーーーーーーーーラルフーーーーーーーー
結論から言えば、話の途中ではあるがゼフの意思に関わらずジークリットを生かす必要があると判断した。
ゼフたちの仲間であり、オーステア様の弟子でもあるけど、エルドリッチの方針も無視できない立場に俺はある。エルドリッチやトリュン王国側の人間というわけじゃない。より人類にとって最良の選択をしなければならないだけだ。
宮廷魔術師として招かれたフリージアがエルドリッチと対面した際、フリージアはエルドリッチを召喚した存在について触れた。
師匠はもとい、この世界の神の血を求め王族を蹂躙したサージェス。天空に君臨する世界樹の城。そして、エルドリッチの物語から飛び出した世界。他にも俺たちが知らない脅威がどこかで召喚されているはずだ。それらを呼び出したのは、全てこの世界の神の意思によるものである。そうフリージアは仮定し、エルドリッチも同意した。その根拠の中に、がエルドリッチがこの世界に召喚された際の記憶によるものがある。エルドリッチを呼び出した召喚主こそがこの世界の神である、と二人は睨んだのだ。
その神が魔族を自らの手で生み出し、虐げ、侮蔑しているのなら、神はあまり歓迎すべき人格を持っていないかもしれない。それどころか、この状況を作り出した張本人であるなら、俺たちの敵である可能性すらある。
エルドリッチは神殺しを視野に入れている。
だから、魔族と敵対するようなことは好ましくない。ジークリットが穏健派だというなら、彼女の存在が人間と魔族の友好の架け橋になりえる。ジークリットは罪を犯し、それを恥じている。だけど、大局を見ればそんなことは些細なことだ。それを口にすれば、ゼフやテューンが怒るかもしれないので絶対に言わない。でも、必要ならばゼフと戦ってでもジークリットを生かす選択を俺はする。
「怒りと憎しみで染め上がった私の心を救ってくれたのもまた人間の子供でした。身も心もズタボロにされた少女をあの屋敷から連れ出し、傷が癒えるまでと私の元に置いたのです。ゼフ、ここでいかに私が主君の命に背き、共存の道を選んだのか釈明したところで知ったことではないでしょう? だから、一つだけお願いがございます。私を殺さないでください。別の形で罪を償わせてください。傲慢であることは承知しております。だからこそ、私はあなたの判断に委ねます」
視線がゼフに集まる。ゼフはテーブルに置かれた凶器とジークリットを交互に見た。
ブリ大根もニャルニも敵意をむき出しにしている。ゼフが刃を突き立てようとした瞬間、彼女たちは全力で止めにいくはずだ。もう一人の男は微動だにしない。彼はジークリットにもっとも忠実といえよう。
俺も柄に手をかけた。どちらを庇うにしろ剣を抜かざるをえない。神経をとがらせる。
「ゼフ、その決断を私に預けてくれないか?」
そう尋ねたのはオーステア様だった。
俺はその言葉に驚きを覚えた。良くも悪くも師匠は弟子の意思を尊重してきた。だから、今回も傍観を決め込むものだと考えていた。あっても、意見を口にすることぐらいだ。この世界のことについて関心がないのだろうかと不安になるぐらい師匠は淡泊だった。そんな師匠がゼフの大事な局面で主導権を自分に握らせろと言った。
これは、何らかの兆しなのだろうか。それが良い方向に傾くことを俺は切に願った。