あの日あの場所で
ーーーーーーーーゼフーーーーーーーー
傭兵家業なんてのは常に死と隣り合わせで、恨み恨まれることなんて日常茶飯事だ。傭兵ギルドだって組織が大きくなっただけで本質は個人でやってる奴らと変わらない。
俺はあの日の真実が知りたかった。もちろん、くだらないことをほざくようなら殺すつもりでいた。だが、それは絶対というわけじゃない。
理性的な部分では、そう考えている。だけど、俺の奥底で渦巻いてる激しい怒りは殺意を剥き出しにさせた。
彼女は罪の意識を持っている。俺に殺されても仕方ないとさえ思っている。だけど、それを素直な気持ちで受け取ることはできなかった。
なにか裏があるんじゃないか?いや、裏があると願った。彼女が素顔を晒した時も、魅了の魔術で言いくるめようとしたのかと邪推した。
「あの日、私があの屋敷に向かったのは、魔族の子供を人間の商人が奴隷として売り捌こうとしている、と情報を掴んでのことでした。彼らがいかにして魔族の地に侵入したのか憶測の域をでませんが、北部を経由したことは間違いございません。そのルートを辿り、あの屋敷に行き着いました。あの時の私にとって人間は、抹殺すべき対象でしかありませんでした。それまでに人助けを何度かしたことはありますが、全て情報を得るためにやったことです。ですので、あの屋敷で何があろうと優先すべきは魔族の子供を保護すること、のはずでした」
ジークリットは続けた。
「あの時の光景は未だ目に焼き付いて離れません。魔族の子供は情報通り確かにいました。ですが、そこにはまだ他にいたんです。まともな食事も与えられず、なぶられ、尊厳を踏みにじられ、生死の境を彷徨っている人間の子供が!」
緩やかな物腰で淡々と語っていたジークリットの声に激情が混じる。彼女にとってそれは絶対に許されない悪だったのだろう。
「同族の子供にさえこうも残酷な仕打ちをする輩は、もはや一切の慈悲もなく殺し尽くさなければならない。その時の私から湧き上がった感情は人間全てに向けられたといっても過言ではございません。私は……王の命令を遂行するためではなく、初めて自分の意思で人間を殺したのです。そして、誰一人逃さぬようあの屋敷に火を放ちました」
屋敷に隠された真実は多くの命とともに焼失した。あの商人の悪事を、きな臭さを、傭兵ギルドも俺も感じ取ることが出来なかった。
彼女の強烈な憎しみはその時全ての人間に向けられていた。それなのに、彼女は今罪の意識に駆られている。それどころか、人間と魔族の共存を模索している。
それの意味するところを、俺は知らなければならない。やり場のない怒りをどうにか抑えるために。頭じゃ理解しているのに、心はその捌け口を必死で探している。
ジークリット。俺に武器を渡すべきじゃなかった。