混血の魔族
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「ドロテア様は砂漠のダンジョンから帰ってすぐに王に魔族のことを託して旅立ちました。『いずれこの世界に魔王を名乗る魔族が現れる。魔王は人間を滅亡させるために軍を動かし、やがて神の意志により魔族は人間たちによって滅亡する。私たちは人間を成長させるための礎に過ぎない。その運命から逃れるために、果たすべきことを果たす。』と。以前から、王は冒険者として人間と旅するドロテア様に手を焼いておりましたが、ドロテア様の尋常じゃないご様子に王はその願いを聞き入れました。その日から、個人主義で協調性のなかった魔族たちの結束を高めるために王は動き出されました。そして、ドロテア様は人間の領地に流れた危険な思想を持つ魔族たちを一人残らず見つけ出し、殺していかれました」
ジークリットは続けた。
「私の任務はドロテア様が善良と判断した魔族を王の領地に連れ戻すことです。といっても、それは王の独断でドロテア様は承服しかねておりましたが。ドロテア様とは面識がなかったので一度私も殺されかけました。さて、ここからが、私の話になります。ここまで話した経緯で私が魔族の地から離れた者たちを連れ戻すためにこの地にいるのは理解していただけたかと存じます。何か質問があればお受けいたしますが?」
「ドロテアは王都を襲撃しようとしていた。そのことについて見解を聞きたいです」
結論を急ぎたいゼフが俺に無言の圧力をかけてきた。申し訳ないがゼフがどんな判断を下すか分からない以上聞けることは聞いておきたい。
師匠もそれには賛同しているようで、目が合うとこくりと頷いてみせた。
「王もそうですが、ドロテア様も自らの寿命が尽きる前に決着をつけることを所望されております。ですが、魔王の定義がわからぬ以上、下手に同胞の力を借りることはできません。ドロテア様は単身で王都の征圧に乗り出されたのです」
「なるほど、魔王を生み出さないように立ち回っているのに、自分たちが神の指し示す魔王という存在に成り下がっては元も子もない。しかし、ジークリット。今の話だけ聞けば貴方も人間の滅亡を目論む敵、ということになるぞ?」
師匠の言うとおりだ。ジークリットはドロテアとは違い、人助けもしている。だけど、最終的に滅ぼすつもりなら、それはただの偽善だ。
「……以前はそうでした。王の命令に従い、来たる日に備え、淡々と任務を遂行する。それだけの日々でした。ですが、今は人間と魔族が共存しあえる未来のために行動しております。そのきっかけとなったのが、屋敷に火を放ったあの日の出来事にあります」
屋敷に火を放ったあの日。つまり、ゼフの部隊がゼフを残して全滅したその日だ。
ジークリットは目を逸らさず、しっかりとゼフと目を合わせた。その覚悟を決めた眼差しに俺は息を呑む。彼女は死すら厭わない。己の過ちと向き合っている。
それを証明するかのように、ジークリットはフードを外して、その肌を晒した。
ドロテアのような青みがかった肌、じゃない。まるで雪のように真っ白できめ細かい肌。なめらかで美しい薄いピンクの髪が腰のあたりで揺れた。まるで桜の散りゆくような儚い雰囲気を纏っている。なんというか、メガネが似合いそうな知的な顔立ちだ。完全に俺の主観だけど。
ジークリットが髪をかきあげると、額に二本の小さな角が見えた。口を開くと、鋭い二つの牙を覗かせた。
「顔を見せなかった非礼をお詫び申し上げます。もう何十年と他人に見せる機会がなく失念しておりました。私はヴァンピールとサキュパスの親から生まれた混血です。異世界人の方ならどういう種族なのかご存知ではありませんか?」
ヴァンピール、つまり吸血鬼。師匠のように異世界から来た吸血鬼ではなく、正真正銘この世界の吸血鬼だ。そして、知性的な彼女からどこか色香を感じてしまうのはサキュバスとしての血筋によるものかもしれない。
そして、ジークリットはきっかけの夜について話し始めた。