迂闊
ーーーーーーーーラルフーーーーーーーー
「はっ、手間が増えただけさぁ。気をつけてくれよ? 『炎火召喚』は範囲最強だからな!」
罠を看破されても怖気づいた様子もなくブリ大根は凄んで見せた。
正直普通にやり合えばどうなるかは俺も分からない。エルドリッチには覚醒してから一度だけ勝てた。一度も勝ててなかったら正直この二人に一人で挑むようなことはしなかった。エルドリッチと同等の存在ということに気圧されて、進む足を鈍らせていた可能性が非常に高い。
たった一勝、されど一勝。それは自信につながるには充分な事実。エルドリッチはそれを俺に与えてくれた。
「戦うことは構わないけど、範囲最強なら君の炎、この森中に燃え広がらない?」
「む……?」
「それってジークリットの意思に反してない? 大丈夫?」
「むむむ……」
「証拠隠滅とか白を切るとかそんなことしないよね?」
「そんなこと絶対するわけねえじゃん!」
「じゃあ、どう戦うの?」
「そ……れーはー………?」
ブリ大根はニャルニのほうを見た。首を全力で横に振って右の掌でこっちに振るなとアピールしてる。味方とはいえ自分のスキルじゃないものの使い方なんて知るわけない。救いの手はやってこなかった。ていうか、それぐらい単純なこと考慮して待ち伏せしてほしい。迂闊にもほどがある。
彼らの世界は、そういう周りの影響を気にしないでスキルをぶっ放せる環境にあった。だが、この世界じゃ違う。エルドリッチもその差異にだいぶ苦労させられたらしい。彼らは自分の肉体の状態に違和感を覚えてもいるが、慣れ親しんでもいる。そのチグハグさが招いた落とし穴といえばそうかもしれない。
「戸惑ってるとこ悪いけど」
先制させてもらう。
身体強化の魔術を足に集中させる。吸血鬼になる前の俺はたった一歩の踏み込みで、三メートル離れた敵の喉元に剣を瞬時に突き立てることができた。
ブリ大根との距離は六メートル弱。罠はもう設置されてない。スキルを放つことを躊躇させた。これだけの条件が揃えば造作もない。
俺は勝負にでた。
鞘からは抜かない。殺す気はないから。
防御する動作をとったが、ブリ大根の『炎火召喚』は発動しなかった。被害を最小限に抑えるスキルを選んでいるうちに俺の一撃が喉元に叩き込まれたからだ。
「ブリちゃん!」
相方の身を心配する声を上げて、ニャルニは『生体召喚』を解除した。勝負に打って出るしかなかったと判断したようだ。彼女は好戦的な目を俺に向けた。だけど、ブリ大根が倒れた時点で勝敗は決していたといえる。
なぜなら、『生体召喚』で召喚された巨大なクマに圧殺されたはずのゼフがクマが消滅した瞬間にニャルニの背後に回ったからだ。気づいたときには遅く、ニャルニは腕をとられて拘束されてしまった。その手際の良さはおそらく傭兵ギルドに所属していたときに培ったものだ。
「いたっ! イタタタ! はなせえ! はなせよ、おっさん! ドーテー! 息がくさい!」
「あることないこと言うんじゃねえよ……」
まだ見た目ほど年をとっていないゼフに非情な言葉を投げつけるニャルニ。その抵抗も虚しく、ニャルニがゼフの手を振りほどくことはできなかった。
「さて、案内してもらおうか。君たちのアジトへ」
こちらには師匠とヤンがいるので、テューンとマテ、そしてツェーリの位置は丸分かりだけど、この先の立地までは把握できていない。彼らが協力してくれれば障害は取り除けるけど、それはどだい無理な話だ。だけど、連れていかない手はなかった。