炎火召喚
ーーーーーーーーラルフーーーーーーーー
仲間と別れて過ごす王宮での日々は、やってる間はまさに地獄といっても遜色のないものだった。
むちゃくちゃなやつと散々言われていたエルドリッチはやはり親しくなってもむちゃくちゃなやつで、休む暇もなくコキ使われた挙句に、仕事が終わっても体がなまるからと何時間も自己鍛錬に付き合わされた。仕事のときよりイキイキとしていた。というか、ウルリカ王女とレナート卿がいるときは死んだような目をしていた。
寝るときも、食事の時も、休憩の時だって、俺にプライベートはなかった。二日目の朝に根をあげて逃げ出そうとしたけどダメだった。エルドリッチは強くて抜け目なかった。少しの抵抗も許されずに連行されてしまった。
一人の時間を好む俺には耐えがたい生活だったけど、終わってみればエルドリッチを尊敬している自分がいた。
「一人で挑むの?ゼフが秒殺されたのに?」
「ニャルニさん、少なくともその動物でゼフを下敷きにしている間は能力に制限がかかるはずだ。それでも、数的に有利と言い切れるかな?」
「……エルドリッチの入れ知恵かなあ?」
「それっぽいね。あの人が引退したとされたのは半年前だから、その頃からこの世界にいたと仮定すると、自分のことをあけすけに話すほど親睦を深めた相手がいてもおかしくないんじゃない?俺なら絶対喋らないけど」
「そういうこと。残念ながら君たちは俺にとっての未知じゃない」
ブリ大根はめんどくさそうな顔を隠そうともせず髪をかき乱して大きく溜息を吐く。
「じゃあ掛かってきなよ。サシだ。言っとくけど俺の特性は『炎火召喚』だ。聖なる灯火から地獄の業火まで、俺に召喚できない炎はない!俺に近づくことさえできないだろうね!」
「煽ってくれているところ申し訳ないんだけど、その腰にある剣は使わないのか?」
「……あ?今そんなことかんけーねーよ」
腰にある剣に手をかけるけどそれ以上の意識を向けないブリ大根に俺は疑いを確信に変えた。
エルドリッチの世界には着せ替え機能なるものがあり、自分を可愛く見せたりかっこよくしたりする衣装を手軽に収納、着用できるスキルがあると彼に説明された。それは、不思議なことに武器も含まれるらしい。なぜかと問うと、何も持ってないよりかっこいいからだ、と熱弁された。俺にはその感覚が理解できなかったが、主に召喚したモノで戦うエルドリッチの世界じゃ武器は装飾品と変わらないらしい。
あの剣はそういう類のものと踏んだが、どうやら違うみたいだ。そして、俺はある結論を導き出した。
「君は慎重な性格をしている。その剣はこの世界のものなんだろ?エルドリッチと一緒にいて、少しだけ君たちのことをわかってるつもりだから聞いてもらえないかな?」
「なに?」
「君がその剣を持ってる理由は、右も左もわからないこの世界で、自分のものじゃないその肉体が急に能力を失ってしまうんじゃないかと不安でたまらないからだ。本当の力じゃないから、君は『炎火召喚』を完全には信用していない。そんな臆病なまでに慎重な君が俺をそんな風に煽るなんて不自然だと思わないか?」
懐から取り出した一枚の硬貨を風魔術を使ってブリ大根の足元に弾き飛ばす。それなりに優しくない威力を持ったその硬貨が地面をえぐった瞬間、それは起こった。
巻き上がる炎。黒々とした普通じゃない炎だ。それだけで、それがブリ大根の仕掛けたものだと理解できる。黒炎は凶悪な熱と魔力を発散して天に昇っていく。
「罠を仕掛けてあったわけだ。それも一撃必殺の。さて、タネがばれた今でも君は強気でいられるかな?」