森の中でのエンカウント
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「なぜ彼はジークリットのことを隠そうとしたんですか?」
村よりさらに馬で森の中を北上している時に、ヤンがそんなことを聞いてきた。三十分ぐらい時間が空いていたけど、村長のことだとすぐにピンときた。そして、その問いに答えたのはラフィカだった。
「ジークリットは民衆からの人気が高い。だけど、国からしたら立派な大犯罪者なんだよね。貴族連中の中には手柄ほしさに奴の情報を目がくらむような額で買うやつだっていたらしい。そんなやつを匿ってたって知られたらどうなると思う?」
「……確かに、安直です」
あの村からしてもジークリットは正義の味方だったというわけだ。信頼関係を築けていたと思っていた俺にとっては若干ショックな話である。彼らは保身のため、もしくは俺たちよりもジークリットを優先して嘘をついた。
「あまり彼らを責められん。彼らにとっては国王よりも身近な存在だ」
「盗賊、魔物、悪徳貴族となんでもござれ。全員もれなく殲滅さ。直接助けられたわけじゃないのに、行商人や旅人から伝聞で彼女の活躍は知らぬ者なしってわけ」
感情的になってたゼフが村人を擁護する発言をするのは安心する。イノシシやバッファローのようにむやみやたらに突っ込むんじゃないかという懸念が杞憂に終わってくれそうで。
「ふぁーっふぁっふぁっふぁー!」
どこからか女性の高笑いが森の中を駆け巡った。突然のことに俺たちは一気に警戒を強める。しかし、声の主の姿はどこにも見当たらない。馬の足をとめ、周囲に気を配る。それでも、人影どころか森には違和感一つなかった。不意打ちを防ぐために俺たちはお互い背を向けた状態で得物に手をかける。
「アーヨーッ! マテマテェイ! ここを通りたくばぁっ! とぅおりたくばぁ! ヨォォォ! 私をっ! 私を倒してゆけぇ! さぁさぁさぁ!」
えーっとなんだ? 歌舞伎に似てるけどまったく合っていない立ち振る舞いでそいつは木の上に立っていた。頭に猫の耳をつけた黒髪ボブカットの小さな女の子。だけど、見てくれとは裏腹に俺の吸血鬼としての危険信号がどぎつい色で点灯している。
「ちょっと! まったくウケてないじゃないかニャン!」
「ジャンケンで負けたんだ。諦めろ」
もう一人、少女の隣に現れた。犬の耳をつけた長身の男。こっちは茶色の髪を肩まで伸ばしていた。こっちも少女と似た気配を感じる。おそらくこいつらがエルドリッチの言っていたオンラインゲームのプレイヤーだ。エルドリッチもこいつらも、元々は日本人でゲームのキャラクターに憑依させられて異世界に飛ばされた。
エルドリッチの話によると、彼らがプレイしていたMMORPG『イグニス』はガッチガチの対人を主軸としたオンラインゲームだ。そもそも長時間のレベリングを必要とするMMOでの対人はカジュアルさに欠け、日本ではあまりメジャーじゃないジャンルだ。最初は流行っても廃れるのも早い。対人以外のコンテンツが乏しかった『イグニス』はコアなユーザーが大半を占め、害悪プレイヤーの流刑地と揶揄されるマナーの低さを誇っていたらしい。
つまり、未だに『イグニス』をプレイしつづけてるプレイヤーは一癖も二癖もある奴しかいない、とエルドリッチは断言していた。その意味を、あの二人を前にしてようやく理解できた気がした。