表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウァンパイア物語3  作者: 衣月美優
4/7

ウァンパイアを愛した人間


 私─奏井 聖─は、かれこれ一週間以上部屋に閉じ籠っている。

 昨日、おばあちゃんがうちに来て、再来週の日曜日に赤い月が出ると言った。その日は夏休み最後の日でもあった。おばあちゃんはそれを言うためにわざわざ来たようだった。

 だけど、そうやって伝えに来てくれるのは良いけれど、問答無用で部屋へ入ってくるのはどうかと思う。

 おばあちゃんのことは昔から少し苦手だ。

 ウァンパイアの研究に熱心で、お正月とお盆に遊びに行ってもあまり話をしたりしない。

 だから、いつも本心がどこにあるのかよくわからない。笑っているところもあまり見たことがない。

 そんなおばあちゃんと正反対なのがおじいちゃんだ。

 おじいちゃんはいつも面白い話をしてくれたり、いろいろ遊んでくれたりした。笑顔が絶えない人だ。

 私は昔からおじいちゃんのことが大好きだ。

 だから私は、お正月やお盆に二人の家に行くのをいつも楽しみにしていた。最近はお盆に行くことはほとんどなくなってしまったけれど。

 私がおじいちゃんのことを大好きなのは、おじいちゃんがとても明るい人だからだと思う。私はそういうところに憧れていたのかもしれない。

 もし私がおじいちゃんくらい明るい人なら、こうして部屋に閉じ籠ることはなかっただろう。

 おじいちゃんならきっと、ウァンパイアの血が入っていようがなかろうが関係ないって笑い飛ばしただろう。

 でも、私はおじいちゃんじゃないから、そんなことはできないし考えられない。お父さんはおじいちゃんに性格が似ているから、そういう風に考えられるかもしれないけど。

 じゃあ、私はこれからどうしたらいいんだろう?


「お義父さん、聖はまだ心の整理がついていないので────・・・」

「大丈夫だよ。ちょっと話をするだけだ。任しておきなさい」

 リビングの方から何か話し声が聞こえてきた。

 そして、一人の足音が近づいてくるのを感じた。

「久しぶり、聖ちゃん。正月以来だなぁ」

 この声はおじいちゃんだ。わざわざうちに来てくれたのだろうか。

「別に何も答えてくれなくても部屋から出てこなくてもいいから、おじいちゃんの話を聞いてくれ」

 おじいちゃんはドアの向こうでそう話し始めた。

「話っていうのはおじいちゃんの大学生の頃のことだ。夏休みにある女の子に会ったんだ。まぁ、それはおばあちゃんのことなんだけど。そのときのおばあちゃんは誰かを探しているようだった。おばあちゃんは毎日同じ場所にいて、おじいちゃんも毎日おばあちゃんと話をするために会いに行ってたんだ」


 ────最近はこれが日課になっているしな


 ────そんなことを日課にするな!


「そんな軽口を叩きつつも、それなりに楽しく話をしていたんだ。まぁ、話って言ってもウァンパイアに関した話だったけど。おじいちゃんの若い頃はウァンパイアが人を襲うのが当たり前の時代だったから・・・って、そんなことは今どうでもいいんだけど。とにかく、おじいちゃんはおばあちゃんに惹かれていったんだよ。だから、やっとのことで決心して告白したんだ。だけど・・・」


 ────私は、お前を好きにはならない


 ────どのみち、もうすぐ別れるんだ


「って言われて・・・そのときは、もうすぐ別れるって言葉の意味がわからなかった。だけど、別れてしまうことになるなら思い出になることをしようとおばあちゃんを半ば無理やり連れて出かけた日、その意味がわかった」

「赤い月の日だったの?」

 私は自然と訊いていた。

 きっとおじいちゃんも驚いたと思うし、自分自身も驚いた。まだ声を出せる力があるということに。

 おじいちゃんは私の言葉に、そうだ、と答えて話を続けた。

「日が沈んで、空に赤い月が浮かんだ。当時は年に一度しか出なかった赤い月が、よりにもよってその日に浮かんだんだ。・・・聖ちゃんも経験したと思うけど、赤い月が出るとウァンパイアは目が赤くなる。おばあちゃんの目も赤くなった。そのとき初めてウァンパイアだと知り、あの言葉の意味がわかった。おばあちゃんは自分がウァンパイアだから、おじいちゃんを好きにならないと言った。もうすぐ別れるって言った。そして、おばあちゃんがおじいちゃんのことを殺そうと狙っていたことも知った。ウァンパイアの女王が現れて、そういうことを言ったからな。そのあと、おばあちゃんはおじいちゃんを庇ってウァンパイアの巣に戻った。もちろん、おじいちゃんはそのあとを追ったけどね」

 おじいちゃんは一呼吸おいて、続きを話し始めた。今度は武勇伝を語るように。

「そして、おじいちゃんはウァンパイアの巣に乗り込んで、おばあちゃんを見つけ出した。そのあと、女王と戦おうとおばあちゃんは立ち上がったんだけど、別のウァンパイアが現れておばあちゃんからウァンパイアの力を奪って女王と戦おうとこう言ったんだ」


 ────あなたは人間として生きなさい


「おばあちゃんは問答無用でそのウァンパイアに力を奪われ、おじいちゃんたちは人間の世界に戻された。そして、おばあちゃんは人間として生きて、今こうしているというわけだ」

 おじいちゃんの顔は当然見えないが、きっと満足そうな顔をしているのだろう。話し方からそう感じた。

「聖ちゃんはウァンパイアのことを怖いと思ってるんだよね?」

 おじいちゃんは訊いていた。

「うん・・・だって、ウァンパイアってどういうものかよくわからないし・・・」

 私はそう答えた。

「じゃあ、おばあちゃんやお母さんを怖いと思ったことはあるか?」

 私はその質問に驚いた。そんなこと、考えたこともなかったから。

 私はおじいちゃんに言われて初めて考えた。

 おばあちゃんのことは苦手だけど怖いと思ったことはないし、嫌いじゃない。

 お母さんのことももちろんそうだ。むしろ、お母さんは好きだ。

 私はウァンパイアにこだわっていたのかもしれない。

「そんなこと、思ったことない・・・」

 私は呟いた。

「それなら大丈夫だよ。今はそれだけで十分。いつかちゃんと受け入れられるよ。だって、おじいちゃんやお父さんはウァンパイアを愛したのだから。ウァンパイアが怖いだけの存在じゃないと、証明しているのだから 」

 おじいちゃんはそう言い、また来るよ、と言って帰っていった。

 私はおじいちゃんの言葉に救われた気がした。おじいちゃんのおかげで少しは前に進める気がした。

 だけど、完全に吹っ切れたわけではない。

 どうしたらもっと前に進むことができるだろう?

 そう思った。そのとき、ふと思った。

 そんな風に思い始めただけでも、前に進み始めているのではないかと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ