悪く思わないでね
登校日の日。私は学校に行かなかった。
あれから、私はほとんど部屋に閉じ籠っている。お母さんやお父さんとも声をかけられれば答える程度で、ほとんど顔を合わせていない。
今日も、学校に行かなかったから亮介や友達からメールがきていたけれど、読んですらいない。
私は逃げてしまったのだ。
告白することからも、ウァンパイアであるという事実からも────・・・
「ごめんなさいね、聖ちゃん。今まで何も話さなかったのは反省してる。今さらかもしれないけど、聞いてちょうだい」
昨日、昼頃におばあちゃんが家に来て、そう言った。
おばあちゃんはお母さんに呼ばれて来たようだった。
そして、私とお母さん、それにお父さんの四人でリビングで話をした。
「とりあえず、私たちの言い訳を聞いてね。私たちが今まで何も話さなかったのは、あまりはやいうちから話しても混乱させるだけだし、余計な不安を与えるだけだと思ったからなの。だから、あなたが成人してから話そうと思っていたのよ。でも、その前にウァンパイアの力が目覚めてしまった・・・」
「おばあちゃんたちにとって、これは想定外だったってこと?」
私がおばあちゃんに訊くと、おばあちゃんは頷いた。
「あなたが二歳になる少し前にウァンパイアの力を抑制する薬を投与したの。私があなたが生まれる前から開発していたものをね。私の計算では、二十年はもつはずだったのよ。だけど、結果は十五年ほどしかもたなかった。だから、昨日の赤い月の日にあなたはウァンパイアの力に目覚めてしまったのよ。とりあえず、今日は新しい薬を持ってきたから、これをあとで飲んでおきなさい。少なくとも、十五年はもつはずよ」
そう言って、おばあちゃんは机の上に薬を置いた。
「・・・私は、実験台ってことだよね」
私はうつむきながらそう言った。
もう昨日から私は心を塞いでいる。言葉に力がない。何とか言葉にして出している、という感じだ。
おばあちゃんはそんな私を見て、ふぅっ、と息を吐き出した。
「まぁ・・・あなたからしたらそう思ってしまうでしょうね。でも、仕方なかったのよ。ウァンパイアの血を受け継いだ人間の子なんて、今まで一人もいなかったから────・・・」
「お父さんはどうなの?」
私は、おばあちゃんの言葉を遮って訊いた。
「昨日、おばあちゃんもウァンパイアだったってお母さんに聞いた。だったら、お父さんだってウァンパイアの血を受け継いで────・・・」
「私はもう、ウァンパイアの力を持っていないの」
おばあちゃんはきっぱりと言い放った。
「どういう、こと・・・?」
私が困惑した様子で訊くと、おばあちゃんは少しの沈黙のあと話し出した。
「・・・私はウァンパイアとしての力を持っていない、普通の人間と変わりない存在なの。ウァンパイアの力はすべて、別のウァンパイアに奪われたから。だから、まさとは・・・あなたのお父さんは、ウァンパイアの血を受け継ぐことはなかった。だけど聖ちゃん、あなたは違う。あなたのお母さんは今もなおウァンパイアの力を持っている。だから、あなたはウァンパイアの力を持って生まれてきた。・・・それは生まれてくる前からわかっていたわ。だから私は、あなたが生まれてくる前からウァンパイアの力を抑制する薬を開発していた。それがさっき言った薬よ。聖ちゃんが二歳になる少し前に完成して、すぐに投与した物」
そう話して、またおばあちゃんは黙った。
「聖、今おばあちゃんとお母さんでウァンパイアの力を消滅させる薬を開発しているの。お母さんは五年前から手伝っているけど、おばあちゃんはあなたに薬を投与してからの十五年間、ずっと開発し続けているの。だけど、まだ完成には至らない。とても難しいものなの。だからっていうわけじゃないけど、今まで何もしてこなかったわけじゃないということはわかっていて」
お母さんはそう話した。
「でも、ウァンパイアの血を受け継いでいるからって別に普通の人間と変わりないわ。あなたには人間の血もちゃんと入っているんだから。違いは、赤い月の日に目が赤くなってしまうというくらい。でも、それだって慣れれば自分で制御できるようになるわ。私たちもできるだけはやく、力を消滅させる薬を完成させるから・・・だから、何も心配することはないわ」
おばあちゃんはゆっくりと、私の様子を見ながら話をした。
だけど、私の気持ちは変わらなかった。
どんなに説明されたって、ウァンパイアなんて生き物の血が私の中にあるなんて、恐怖でしかなかった。
これから赤い月の日の度に、私には得体の知れないものの力が現れる。そんなこと、簡単に理解できるものではない。
もう、私は────・・・
おばあちゃんは最後に私に言った。
「急にこんなことが起きて、こんなこと言われたって、理解できないわよね。でも・・・悪く、思わないでね」
そしておばあちゃんは立ち上がり、今日は帰るわね、と言い、玄関に向かったけど
お父さんはその後ろを付いていき、お母さんは、わざわざありがとう、と言って頭を下げた。
私はその様子を呆然と見ていた。
もう、誰の声も入ってこなかったし、景色も暗く映っていた。
「母さん、今日はわざわざ来てもらってごめん」
俺─奏井 まさと─は玄関で母さんにそう言った。
「別にいいのよ。それに、あの子が成人するまでは黙っていようと言い出したのは私なのだから」
母さんは靴を履き、こちらを向いて申し訳なさそうに言った。
「まぁ、何かあったら言ってちょうだい。力になるから」
母さんはそう付け加えた。
俺が、わかった、と答えると母さんは玄関のドアに手をかけた。
けど、すぐにその手を離し、こちらに向き直って言った。
「そうそう、聖ちゃんのこともそうだけど、由美ちゃんのこともちゃんと気にかけなさいよ」
「由美の?」
俺が不思議に思って訊くと、母さんはため息とは違う息を吐き出し、言った。
「今回のことで何より責任を感じているのは彼女のはずよ。そして、これから聖ちゃんと生活しづらくなるのも彼女。ウァンパイアであると知られてしまった以上、それはどうしようもないことだけど。・・・この家族を支えられるのはあなたよ、まさと」
俺はその言葉に笑って頷き、言った。
「あぁ、ちゃんと支える。できることなら、はやく元の生活に戻せるようにするよ」
母さんも優しく笑って頷いた。
「由美ちゃんはまさとと一緒にいて変わったわ。彼女はもう、立派な人間としての心を持っている。今もなおウァンパイアの力を持っていても、心は人間そのものよ。そして、あなたも由美ちゃんと一緒にいて変わった。あなたたちはお互いを良い方向に向かわせることができるのよ。だから、私はあなたたちを信じているわ」
母さんはそう言って、今度こそ帰っていった。