目覚めた力
「おはよう。お母さん、お父さん」
私─奏井 聖─は両親に声をかけた。
「おはよう」
両親は口を揃えて返事をした。
私は高校二年生。ここからバスで二十分ほどのことろにある高校に通っている。部活には所属せず、趣味でミニチュア作りをしている。
私の母、奏井 由美は祖母、奏井 海花と同じウァンパイア研究者。父、奏井 まさとは電車で三十分ほどのところにある、自身の出身高校で数学教師をしている。
私は母と祖母がウァンパイアの研究をしているのを不思議に思っている。
ウァンパイアなんて恐ろしい生き物の研究をして、ウァンパイアに狙われたりしたらどうするんだと思ってしまう。
私なら、怖くてそんなことできない。私はいつだって安全な道を歩いている。
夏休みのある日。私は幼なじみの佐川 亮介と朝から近くのショッピングセンターへ出かけていた。
「あ、これって、亮介が前に見たって言ってたホラー映画のDVDじゃない?」
私が訊くと、亮介はそれを手にとって
「ほんとだ。これ結構怖くて良かったんだよなー。買おっかなー」
と、嬉しそうに言った。
亮介は悩んだ末にDVDを買うことにした。
「聖もこれ見るか?」
亮介はからかうようにニヤついた顔で訊いてきた。
「見ないよ!私がホラー苦手だって知ってるでしょ?」
私がそう言うと、亮介は笑いながら、ごめんごめん、と謝った。
正直なところ、私は幼い頃から亮介のことが好きだ。今まで何度か告白しようとしたのだが、やっぱり勇気が出せず、結局何も言えなかった。
今となってはもうこのままでもいいかと思っている。告白しても、うまくいかなければ気まずくなるだけだ。
でも、関係が変わってしまうのは怖いけど、一歩踏み出したいという想いもある。
たとえうまくいかなくても、一歩踏み出したことに後悔することはきっとない。私はやらなかった後悔よりやった後悔のほうがいいと思う。
だから私は決心する。
来週の登校日の帰り、亮介に告白する。今度こそ勇気を出して。
さて、決心したのはいいけれど、果たしてそんなにうまくいくだろうか。
まず、どうやって亮介と二人で帰ろう?きっと、普通にみんなの前で誘ったらみんながからかってくるだろうし・・・
それに、もしかしたら誰かと約束があるかもしれないし・・・
だからといって、前もって約束してしまうと変に意識して、うまく言えない気もする。
なんて、いろいろ考えすぎてしまうのは私の悪い癖だ。考えすぎたほうが余計にうまくいかない。
大丈夫。
たとえどんな結果になってもちゃんと気持ちを伝えられればそれでいいのだから。気持ちを伝えられるなら、その前後はどうだっていい。
私は私らしくやればいい。
大丈夫、大丈夫。
変に意識しなくていい。緊張する必要もない。
私は、大丈夫、と何度も自分に言い聞かせた。
心の準備はできた。あとはその日まで気長に待つのみ。
登校日の前々日。私は自分の部屋で平常心でいるために、趣味のミニチュア作りをしていた。
細かい作業をするので、集中力が必要不可欠。だから、余計なことを考えずに済む。
夕飯の時間が近づき、私は切りのいいところで作業を終え、部屋の電気を消した。
部屋を出るとき、何気なく部屋においている全身鏡を見て、私は悲鳴をあげた。
「きゃあっ!!」
鏡に映った赤い月に驚いたわけではない。昔は一年に一度だけだったそうだが、それは一ヶ月に二、三度、何故かこの街だけにそう見えるものだ。それに今さら驚いたりはしない。
私が驚いたのは、自分の目が赤く染まっていたからだ。
電気が消え、赤い月の光が差し込むだけのこの部屋で、その目はとても不気味なものだった。
「なん、なの・・・?」
私は自分の身に何が起きているのかわからなかった。
充血しているわけではない。そうだとしても異常だ。
でも、明らかに充血ではない。黒目の部分も赤くなっているのだから。
「聖?どうしたの?」
悲鳴が聞こえたのだろう。お母さんが私の部屋に向かってくる足音がする。
やがて、私の部屋のドアが開いた。
お母さんは私の目を見るなり、青ざめて呟いた。
「聖、どうして、その目・・・」
私は何が何だかさっぱりわからなかった。
だけど、お母さんは何かを知っている。それだけははっきりとわかった。
「お母さん・・・私、どうしちゃったの?何なの、この目・・・」
私が訊くと、お母さんはしばらく黙り込んで、躊躇いながら話し始めた。
「・・・ごめんね、聖。ちゃんと話しておくべきだったわ。まさか、こんなことになるとは思わなかったのよ」
お母さんはまた少し黙って、覚悟を決めたように言った。
「あなたは、ウァンパイアと人間の間に生まれた子供なの」