8.潜入、錬金術ギルド 中編
フクロウの鳴き声以外は目立った音がしないギルド敷地内。
アイザック博士はホムンクルスを引き連れ帰宅の途についている。
ただ、密偵が――尾行はソイイーターの中では中の上程度の腕だと言われている僕が――背後をべったり追っていることに気づいていないのは、少々博士の今後が不安になるね。
まあそれは僕の気に病むべきことではないからいいとして。
潜入を開始してから四十分は経ったころだろうか、ようやく博士の研究室らしき建造物が見えてきた。
煙突が何本も、それこそ林のように伸びている。まさに錬金術師の家だ。
ただ、博士は蒸気機械の導入には消極的らしい。真鍮パイプが外壁のどこにも見当たらない。
アイザック博士が玄関の鍵を開けている間、僕は裏口へ周り、音もなく室内へと入り込んだ。
照明の類は錬金術由来のものばかりで、ガス灯などは見当たらない。ただ、いずれも明かりは灯っていない。今のうちに書斎へ行くとしよう。証拠の品になりうる日記はおそらくそこにある。素早く終わらせないと。
……書斎は趣味の良い蔵書で面白かったが、空振りだった。ならば研究室か……?
……研究室もダメだ。実験道具類しか無い。後は暗号化されていないメモ書きが幾つか。だけどそれらは錬金術の実験関連の書類だった。厨房あたりから音がするところを考えるに、どうやら博士は食事前かその最中らしい。アイザック博士がゆったり食事をとる人でよかったけれど、遅くなると危険だ……。
……寝室。ここもダメ。今まで見てきた中では一番素っ気ない部屋だった。物書き机はあったけどホコリが被っていた。うーむ、じゃあ一体どこだ……?
……図書室。ここで日記を書くのだろうか? 食堂に近いだけに、用心に用心を重ねる必要がある。
「む?」
書見台の上に一冊の本が置かれていた。タイトルから暗号化されている。
「もしかすると……」
本を開いてみると、中も暗号化されていて、記号だらけ――というより絵文字だらけ――だった。この場での解読は時間がかかる。危険な行為だろう。とはいえ、法則性があって、全く推測できないわけではない。例えば、段落の始め毎にある動物や人間の頭部と手の形の組み合わせ。これは明らかに月日を表している。
「これが日記かもしれない。よし!」
僕はスーツから折りたたんだ紙を取り出した。広げると新聞紙大になる五枚。それらを重ねて広げ、その上に博士の日記を置く。印を結び、呪言を唱える。
忍法【御鏡写】。
僕が『代筆屋』と呼ばれる理由の一つがこの忍法だ。簡単に言えば、一冊の本を複写する力。五日間しか効果を持たないので万能ではないけど、かなり強力な技であると言えよう。
呪言を唱える間に、日記の絵文字は本からムカデのように這い出る。白紙の上に定位置を見つけると、そこと決めて動きを止める。その動きはグロテスクだが――そもそも日記の絵文字自体が不気味なので――見ていると不思議な高揚感がある。するすると這い出て行く文字のムカデたちは、ようやく最後の一匹が出てきたところだ。そいつはすぐに自分の場所を見つけ、紙に張り付いた。
これでよし。日記を元の場所へ戻して。複写した紙を畳んでスーツの中へ。そーっとドアを開け図書室から出
「誰だ!!」
げえっ、アイザック!!
(後編へ続く)