3.居酒屋『夏風邪亭』にて 後編
一同に酒と料理が配膳されたところで、乾杯する。
音頭を取るのはもちろん、
「さて、ご一同、盃掲げ! 乾杯!」
僕らの兄貴分である『うわばみ』だ。彼はソイイーターとしては僕の五年先輩に当たる。
ちなみに、『鋳掛屋』は僕の一年後輩、『へっつい猫』は二年後輩だ。
乾杯、と復唱して僕らは軽く各々の盃を打ち合わせる。
いつ終わると知れない命、楽しまなければ損ではないか、と過去に名高いソイイーター、『夜伽屋』も言っている。けだし名言だね。
さて、納豆汁を少しいただこう。
「うん、うん」
今日もいい味だ。ネギはブレン皇国に元からあった品種だけれど、それでも納豆との相性は絶妙。
納豆はひき割りで、すするときに口当たりが良い。豆の形を残した小粒の納豆汁もあるけど、やっぱり飲むならひき割り納豆の味噌汁だ。
「『代筆屋』の兄さん、ちょいと聞きたいことがあるんだけど」
『鋳掛屋』が話しかけてきた。何だろう、と思って、
「答えられる範囲でお願いするね」
と僕は言った。コクリと頷いて『鋳掛屋』が口を開く。
「あのビアードアックス卿という人は、どうしてあんな出来の悪いホムンクルスなんか連れてたんだろ? あれを使うくらいならアルラウネのほうがいいと思うんだけど」
「ああ、それは見栄だよ」
「見栄?」
『鋳掛屋』が聞き返した。すると『うわばみ』が、
「本人も言っていたが、あの方は第二位階貴族で元大佐だ。とはいえ、実際のところは成り上がり者、と言って差し支えないだろう」
と言った。僕は頷き、言葉を引き継いで、
「貴族ってのは、ほら、僕らの故国でも面目が大事でしょ? だから成り上がりは馬鹿にされてしまう」
「ああ、だからか」
『鋳掛屋』は納得したようだった。
知らない人はいないと思うけど、動物由来の人工生命であるホムンクルスと、植物由来の人工生命であるアルラウネを比較すると、前者のほうが作りやすくて素材も集めやすい。それで、商人などは好んでアルラウネを使う。つまり、貴族的でない人工生命ということなんだ。
さらに常識と言ってもいいけど、鉱物や岩石由来の人工生命であるゴーレムは大砲の牽引や装甲兵器などの軍事用で、より高度な存在と言える、機械の人工生命であるオートマタは現在研究段階だ。
もっとも、オートマタはソイイーターの間ではカラクリと呼んでいる。故国では珍しくもない存在だけど、現物も技術も政府が輸出を厳しく禁じているから、同盟国であるブレン皇国ですら自前で開発しなければならないんだ。
さて、人工生命の講釈が長くなった。ビアードアックス卿がなぜ不出来なホムンクルスを使ったのか、という話に戻ろう。実は、理由は見栄ばかりではないんだ。件の第二位階貴族殿は博打にのめり込んでいて、財産の九十パーセントをスッたとかいう噂もある。そこまでではないにしても、金に困っていたのは事実らしい。だから、数だけ集めたカカシのような私兵になってしまったというわけ。
おっと、焼き厚揚げも揚げ鱈も冷めてしまう。
どちらも温かいうちに食べるのが良い。
おろし大根が恋しいけど、今年は不作とのことで焼き厚揚げの上には乗っていない。とはいえ、醤油を少量たらして、箸で一口大に切る。そして、口に運ぶ、その瞬間、
「うまい!」
厚揚げの外側は焼いたことでカリカリ感がつき、また醤油と響き合う香りも追加される。『夏風邪亭』が仕入れる豆腐は上質で、柔らかさと固さの均衡が最高だ。噛むほどに旨みが染み出してくる。もう一口、と行きたいけど、揚げ鱈も忘れちゃいけない。
揚げ鱈は最近流行りだした料理だ。ブレン皇国の漁獲技術が向上し、より安価に鱈を食べられるようになった。それも、干し鱈だけではなく生鱈をも含む。そういうわけで、皇都の新しい名物として、揚げ鱈は貴族の方々でさえ褒めそやすものになった。
ムシャリと一口。うん、鱈の油にさっぱりとした白身の味、サクサクの衣にふんわりとした魚肉。どれほど食べても飽きないだろう。もっとも、揚げ油で胃が重くならない限り、だけどね。
「ね、ね、二人とも、シャケと揚げ鱈をほんのちょっと分けてくれない? うなぎを多めにあげるからさ」
僕と『鋳掛屋』に向かって、『へっつい猫』が言った。うーん、どうしようかな。まあ、彼女はいつも僕らが得するようにしてくれるから、分けてあげるのも悪くない。いいよ、と僕たちが言うと、彼女は耳をピコピコさせて、二口くらいの大きさでうなぎの蒲焼を寄越してきた。うんうん、やっぱりこの娘はいい仲間だ。
こうして、居酒屋『夏風邪亭』での夜は更けていくのだった。