10.アイザック博士との対話
捕まってしまった……。
ホムンクルスたちは手際よく僕を椅子に拘束した。
縄抜けは何度かやったことがあるけれど、できたとしても逃げ切れるかは怪しい。
そう考えていると、アイザック・ハルバード博士が僕の目の前に現れた。
「よくやった。各々の仕事に戻れ」
彼はホムンクルスたちに命じて去らせると、椅子を引き寄せて僕の前に座った。
そして僕の目をじっと、覗き込んできた。
一分たった頃、ようやく、博士は
「さて、眼帯くん、君の目的は何だったのかね。何も取らずに逃げ出すとは、ソイイーターとしては間抜けではないか」
と言った。
今なら逃げられる。だけど、もう少し情報を得ておくべきだろう。
そう考えて僕は、
「正直に申し上げますと、あなたの日記帳を頂きたくここまできたのですよ」
「図書館から出てきた点、しかし書見台に日記帳が残っていた点を考えると、君はあれを解読できないとみて諦めたのかね?」
どう答えようか。
そうだ、昔のことわざにもあるじゃないか、『物を得たくば先に与えよ』って。
なら正直に、でもある程度の秘密は守りつつ答えるのがいいかもしれない。
「それは僕の忍法で全部複写したんですよ」
したり顔で言うと、博士は目を丸くした。
「嘘ではあるまいな、眼帯くん。して、その複写物はどこに?」
「それを聞きたいなら、なぜ僕たちを襲撃したのか教えてほしいですね」
アイザック博士はさらに驚いたらしく、
「襲撃? 何の話だ?」
と言った。
おや? 予想外の展開だぞ。博士は演技をしているようには見えない。
それどころか、眉間にしわ寄せてブツブツと名前を挙げては否定していた。
……もっと情報を晒そう。
「あの、複写物と一緒に術式基盤が入っています。襲撃してきたホムンクルスのものです」
「ど、どこに」
「スーツの中……なんですが、ちょっとよく観察しないとわからないかもしれません。縄を解いてみのがいてくださるなら、複写物はここで破棄します」
「……」
博士はしばらく唸っていたけど、ついに僕の戒めを解いた。
ソイイーターは嘘をついてでも身と使命を守るべきだけど、この場合言ったことは実行しなきゃね。
僕は例の紙五枚束と、術式基盤をスーツの中から取り出した。
「ふーむ、あんな短時間でこの量を複写したのか……ソイイーター恐るべし、だな」
「そのかわり五日間しか持ちませんけどね」
「なるほど。欠点もあるな。一瞬、貴重書の書き写しを手伝ってもらおうと思ったが、五日では短すぎるな。そしてこの術式基盤だが」
彼は金属の円盤を手にして言った。
「なぜこれを私の術式基盤だと思った?」
「術式基盤ではなく、識玉だったサイフ・アル・ヒクマの購入ルートからあなたの名前が浮かび上がりました」
博士は驚いたようだった。
「なるほど、東洋株式会社にも侵入したわけか……。本気で追っているのだな?」
「ええ。雇われてはいませんが、敵が何者か知っておく必要がありますから」
腕組みをして、なるほど、なるほど、と博士は言った。
そしてこれまでとは異なる声で――友好的な印象を与える――、
「ふむ、なら私からも教えてあげよう。この術式基盤はエドワード・ブラッドライン博士のものだ。見てくれ、これが私のものだ。全く違うだろう?」
「ああ、本当だ……!」
「そして私はサイフ・アル・ヒクマを六つ彼に売り払った。私が買い付けた値の一・五倍で博士は買ったよ」
「……ということは襲撃ホムンクルスは」
「ブラッドライン博士の創造物だろう。それに、彼と懇意にしている人物がいる。おそらくその人物が君たちの敵だ」
「……しかし、ここまで教えてもらっていいのでしょうか?」
僕が言うと、博士は微笑んで、
「実は彼はここでは鼻つまみ者でね。例の議案でギルドの方針とは反対の方向に進んでいるのだよ」
そう言って一枚の紙を手渡した。
「ブラッドライン博士に会う前に私が渡された名刺だ。門前払いしてやったがね」
僕はその名刺をよく見る。
そこには、こう書かれていた。
『第三位階貴族 貴族院議員
アーサー・フォーハンド』