続怪異健忘症
もう終わったはずだった。
書くことは書きパーソナルなものをパブリックに、要するに個人的な怪異を世間さまにぶん投げて、あとは知らない、俺関係ないもん。もう書くネタもないしさ。
と、安心していた。
そんなに奴らは甘くなかった。
ネタの方からやってきたよ。
発端は怪異健忘症にも出た遠方の友人から、そんなに実話系ホラー書きたいなら、私が前に話したあの話は? と。
ん? なんだそれ? そんな話聞いたっけ?
ここでスルーしないで、嬉々として食いつくとこが俺のいけないとこやねえ。
だめだめだねえ。
改めて友人から聞いた話は、こんな感じだ。
Hさんは神さまの気配を感じられる人だ。霊能者という訳ではないが、神社に神さまがいるかどうか分かるのだと言う。
子どもの頃には神社で神さまに遊んでもらったこともあるという。時折、神さまを信仰するだけではなく、神さまとともに歩む人というのは存在する。
神社仏閣巡りが趣味のHさんだが、近所にある天神さまにはどうしても詣でられないのだと言う。
じとっとして暗い急な石段を前にすると、どうしても足がすくんで動かない。なにかが行ってはいけない場所だと囁く。
あとになって、昔そこの天神さまでは精神錯乱した息子が父親である宮司を殺した事件があったことを、Hさんは聞いたのだと言う。
汚れた聖域やね。
ダイアン・フォーチュン曰く場に残す霊的な影響では殺人犯などの凶悪犯罪者はそんな影響を残さないのに、アル中、ヤク中、精神障害者はかなり酷い影響を残すと言う。
友人は歴史的に見れば京都の神社仏閣の方が近所の天神さまより、よっぽど人が死んでるだろうに天神さまみたいな行ってはいけない場所にはなってない、なんでだろ? と不思議がっていたが、多分ポイントは殺人があったことではない。
精神障害の息子の存在自体が場を汚した。
聖域を行ってはいけない場所に変えた。
でもなあ、これそんな怖い話かなあ?
もちろんHさんには洒落にならん話ではあるが、怪異に遭遇する前にかわした話であるし、俺の怪異健忘症が本当だとしても忘れるほどの話かねえ?
そこでやめて置けばよかった。
余計なことを考えなければよかった。
天神さまと地蔵さまの祠と、なんか共通点でもあるのかねえ? とつらつら考えていたら、答えが向こうからやってきた。
汚れた聖域。
地蔵さまの祠が凶事があった土地に供養として建てられたのではなく、純粋に地蔵信仰で祀られたのだとしたら。
それがなんらかの理由で汚されたのだとしたら。
天神さまと地蔵さまの祠はイコールで繋がってしまう。
赤い襦袢の狂った遊女が地蔵さまの祠でぶらさがる。
夏の暑い日だ。
ぐずぐずに腐り果て、ぶらさがったのに膝がつくほどに首は伸び、身体中の穴という穴からは無数の虫が溢れ落ち、人ではないなにか怖いものに成り果てる。
かくして聖域は汚される。
地蔵さまが汚れてしまったのなら、三途の川は渡れまい。
なにか怖いものになってしまっても、ずっとそこにいるしかないわなあ。
ええっ! まだいるのかよ!
いるんだろうなあ。
いやだなあ。
誰か連れていってくれないだろうか。
そう言うは地蔵さまの役目なんだがなあ、汚れた聖域では救いの手も届くまい。
この流れでこれ以上書くと絶対になんか縁を作ると、何かが囁くので強引に流れを変える。
まさかそんなことはないよなあと、友人に俺が怪異健忘症で内容忘れてたホラー小説ってどんな内容だっけ、と聞くと、
忌み地の話だと。
出た。
忌み地。
どんぴしゃじゃないけど、ニアミスしてるじゃん。
その忌み地はもとは聖域で、なんてことは考えない。
考えないったら考えない。
オカルト好きなのに、いつのまにか発症してた心霊スポット断固お断り病もそれ関係なのか?
場所に関する禁忌なのか?
一体なにがあったんだ俺?