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KILLER × KILLER FALLs 【キラ×キラフォール】  作者: 赤澤阿礼
3rd falls 『血まみれの日常』
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93話 我慢知ラズが真っ二つ

 シシノが恐る恐る歩き出した時には、その人影――『我慢知ラズ(ファスト・パス)』シット・イット・ドーンとの距離はまだ三十メートル程あった。


 しかし真名(マナ)の名乗りは確かにシシノの耳元で囁かれ、頭に重くのしかかる衝撃を感じたのも、一歩を踏み出した瞬間だった。


 シシノが一歩――歩幅にして約六十五センチメートル動いたのと同時に、シットは三十メートル程の距離を一瞬にして移動したのだ。


「っづぁ……っ!」


 シットと名乗った人物の容姿を確認する間も無く、シシノの頭に次の一撃が振り下ろされる。『ゴツッ』という石がぶつかりあうような音が頭から響くのと同時に、焼けるような熱さと痛みが彼に襲いかかった。


「ふ……っぐ、がぁあ……っ!」


 意識が飛びそうになるのをこらえて脚を踏ん張ると、無慈悲にも三撃目の攻撃が振り下ろされる。


 石がぶつかりあうような音――三撃目。

 何かが砕けるような音――四撃目。

 何かが潰れるような音――五撃目。


 六撃目。

 七撃目。

 八撃目九撃目十撃目――途中から殴られていることすら認識不可能となったシシノに、そのモップのように長い持ち手のついた金槌は止まることなく振り下ろされる。


 視界が赤く染まってもう何も考えられなくなると、シシノは膝からがくりと崩れ落ち、前のめりに倒れこんだ。

 それでもまだシットは金槌を振り下ろすのをやめない。

 ぐちゃぐちゃと嫌な音が橋の下に響いて、その金槌に血液と潰れた肉がこびりついてもなお、何かを確かめるように叩きつけ続ける。

 叩きつける度に痙攣を起こすシシノの身体を見下ろして――。


「なんだ拍子抜けだな、ただ少し丈夫なだけか……?」


 シットは呟き大きく金槌を振りかぶると、トドメを刺さんと言わんばかりに、身体の力を金槌に乗せてシシノの頭へめがけて振り下ろす。


 しかし――その一撃は彼の頭に届かなかった。


「……お前んとこの大将よぉ、見る目がねえな」


 力無いその声は、死体のようになっているシシノの口から発せられた。


 頭へめがけて振り下ろされた金槌の頭と持ち手の接続部を倒れこんだまま後ろ手に掴み、彼は攻撃を防いだのだ。

 シットがそれを引っ張りあげようとしても、シシノの手が力強く掴んで離さない。

 二人の力は拮抗し柄がギリギリと音を立てた。


 そうしている間に、潰れたはずのシシノの頭はみるみる元の形に戻っていく。

 凹んだ脳髄も頭蓋も全て――時が巻き戻るように修復していく。


「ふ、ふふ、はははっ……すごいな、これが拒死身か……!」


 目の前の超常に笑い声をあげると、シットは金槌の持ち手を蹴り折って、ゆっくりと後退りをする。しかし怯えているわけではない、よく観察し、分析し、殺し方を考えているのだ。


「シスルゥ様から聞いてはいたが、いざ目の当たりにするとやはり、お前が人間ではないというのがよく分かる。うん、有り体に言えば気持ちが悪い。グロテスクだ」


 シシノの頭の傷がみるみる新しい肉で覆われ、髪の毛の一つ一つも元に戻っていくのを見て、シットは素直にそう言い放つ。

 誰も彼の言葉を否定しないだろう。その光景はあまりに異常で、人間の身体に起こる現象ではなかったのだから。


 しかしそれでも――。


「お前になんと言われようが関係ねえ……」


 ゆらりと立ち上がるシシノに、そんな挑発は届かない。

 どれだけ罵られようと、彼は今、ただ自分の役割を果たし続けるためだけに生存し続ける。


「シエラを守るには、この身体じゃねえとダメなんだ……!」


 右拳を握り込み戦闘態勢に入る。デオドラにお行儀がいいと言われた武術でも、今は使わないよりはマシだろう。

 武器もないわけではない。使い物にならなくなった金槌の頭を、シシノは左手に掴んでいる。


 シットはその姿を見て笑った。


「酔ってるねシシノ君。僕はお前みたいな調子に乗ったクソガキを見ると、殺したくなって仕方がなくなる。おまけに君は拒死身――殺す難易度が高いというのは僕らにとっては「腕がなる」という気分かな。殺りたくて殺りたくて……うずうずする」


 小柄で細い体格をした彼の、不潔に伸びた黒髪の奥の目が釣り上がる。


「……お前の二つ名、『ファスト・パス』とか言ったよな、真名(マナ)じゃないほうはなんつーんだ?」


「ん? 『我慢知ラズ』だけど、それがどうした?」


 その回答を、シシノは鼻で笑う。


「ハッ……ぴったりじゃねえか()()()()。我慢も苦労も知らなそうな顔してるぜお前」


 血まみれの顔でニヤリと笑い挑発するシシノ。

 その思惑通り、シットはわなわなと震え頭に血を登らせた。


「クソガキだと……? 僕は二十五歳だ……!」


「嘘だろ……童顔にもほどがあるぜ。太陽の光浴びてたのか?」


「うるさい、うるさい、うるさい! 謝れよ!」


「謝んのはそっちだろ。決めたルールを早速破りやがって、日時と場所は前もって指定するんだろうが」


「ハハッ! じゃあ『今、ここで』殺すことを指定する。僕は『我慢知ラズ』なんでね! これで文句ないだろう?」


「アンタ、本当にクソガキみてえだな……」


 その一言に、シットの中で何かが弾ける。我慢の限界が来た――いや、その二つ名の通り、最初から彼は我慢を知らなかったのだ。だから怒りという感情を我慢することもなくすぐに吐き出すのだ。


「ルールなんていらないだろ拒死身ぃぃぃい! お前は僕が殺してやるよおおお‼︎」


 狂乱の声をあげながら、シットはその姿を消した。

 いや違う。シシノの目にそう見えただけで、その実際は、見えなくなるほどのスピードで動き出していたのだ。


 かまいたちに襲われたように、シシノの身体に切り傷がつく。


 ――おれの周りを高速で動き回って攻撃を仕掛けるつもりか……!


 その読み通り、シットの攻撃は不規則にシシノの身体に襲いかかる。

 その一瞬シットの姿を視認して金槌の頭を振るうが、ヒットアンドアウェイですぐに逃げられてしまう。


「遅い遅い遅い!」


 シシノの左胸が裂ける。


「そんな攻撃が当たるか!」


 二の腕から血が吹き出る。


「このまま身体をバラバラにしてやるよ! ああうずうずするなあ!」


 金槌を掴んでいた左手に違和感を感じた瞬間、地面に「ドスン」と何かが落ちる音がした。


 下を見ると、転がっていたのは金槌の頭だけではなかった。

 それを掴んでいたシシノの指がソーセージのように転がっていた。


「ぐぅうおおぉあああ……っ!」


 苦しんでいる間も無く次の攻撃は繰り出される。

 唸りをあげながら、シシノはシットの動きを目で追った。


 ――敵の動きが速くても、攻撃してくるのは分かってるんだ……その瞬間を見極めて――。


 だが、動き回るシットを目で捉えることは不可能に近かった。

 疼く左手の指が修復する前にまた何度も切りつけられて、集中力が削がれていく。


「くそっ、ちょこまかと……!」


 ――何か長い武器でもあれば振り回して、動き回るこいつを攻撃できんのに――!


 無い物ねだりに意味がないことは分かっていても、そんな考えが頭に浮かぶ。

 辺りを見回して目に入る武器は、河川敷の石ころと、その石ころが大きくなったのと変わらない金槌の頭だけだ。


「何もしねえよりはマシか……ッ!」


 足元の石を拾って自分の周囲へ投擲する。それが空を切っても、虚しくどこかへ飛んでいくだけでも、何度も何度も投擲する。


 だが、それはやはり無駄なのかもしれなかった。正面へ石を投げれば背中を切り裂かれ、それに振り返って拳を振るえば、今度は後ろから脚を切りつけられた。


「ぐ、くそ……ッ!」


 膝をつき、地面に手をついて、低くなった視界に入った金槌の頭を掴みあげる。


 それをでたらめに宙へ放り投げると、シットの愉快そうな笑い声があらゆる方向から聞こえてきた。


「あははは、はははははは!」「無様だなクソガキ!」「大人をなめるからだ!」「泣いて謝っても許してやらないぞ!」「はははははは!」


 その声はでたらめな方向から聞こえてくるように思えたが、しかしある一つの事実だけは分かる――段々と、シシノに近づいてきていた。


 恐らく、次は大きな一撃がやってくる。


 だがシシノが恐れているのは傷つけられることではない。傷つけられても回復さえすればいいというのが、はたから見れば狂って見える彼のスタンスだったからだ。


 ならばなぜ警戒するのか――それは、身体を真っ二つにされて、バラバラに切り刻まれ、そのまま川に投げ込まれてしまうことを恐れているからだ。

 いくら傷が修復するといっても、彼自身自分の再生力がどこまで高いのかは分からない。死に至るはずの傷を受けても死にはしなかったが、それはいずれも、ある程度は身体のパーツがくっついていたからかもしれない。

 だが、例えば微塵切りにされたとしたら、どうなってしまうのだろうか。

 再生するのは、切り刻まれたどの部分なのだろうか。


 考えるのもおぞましいが、とにかくそうなればどうなるか分からない。

 そして例えうまい具合に再生できるのだとしても、川に投げ込まれてしまえば身動きができなくなる。水による窒息は傷つくわけではないので、回復できるかも分からないのだ。


 ――それにこいつは、気がついている――⁉︎


 拒死身の穴にシットが気がついているとしたら、次の一撃は大きく振りかぶったスイングの可能性が高い。身体を真っ二つにされることだけはなんとか避けたいところだ。


「終わりだっ! ヒノミヤ・シシノおおおおおおおおお!」


 背後から聞こえた声に振り向くと、やはりシットは鋭い長剣を大きく振りかぶっていた。


「させるかよッ――!」


 橋の下に、骨や肉が千切れる音が響いた。


 シシノは肘の骨で剣を防ごうとした――それが成功したのか、彼の胴体はくっついたままだ。

 だがシシノは違和感を覚える。攻撃が失敗したのなら、すぐに次の一撃の準備をするはずだというのに、シットはシシノの目の前で剣を振りかぶったまま静止していた。


 違和感はそれだけではない。彼が剣を振りかぶるためにひねった身体が、さらにねじれたように見えたのだ。


「え……? え、え、え……?」


 それは、目の錯覚ではなかった。

 シシノが目の前の出来事を理解できていなかったのと同じく、シット自身も、自分の身に起きたことを理解できていなかった。


 疑問符を浮かべたまま、シットの上半身は下半身から分離して、無機物のように河川敷に転がった。


 切断されたのはシシノの身体ではなく、シットの身体だったのだ。


 シャワーを逆さにしたように、シットの下半身から噴き出す赤い鮮血の奥に、シシノは人影を見る。


 そしてシットの下半身の背後にいつの間にか出来ていた不自然な血液の水たまりで、その影の正体に気がついた。


「どうしてお前がここにいる……?」


 血の噴水の向こうを睨むシシノ。影はゆっくりと近づいてくる。


 そして、影は血を噴き出す下半身を蹴り飛ばすと、その整った顔立ちを歪ませてシシノを嘲笑った。


「無様な君を笑うためだよ、ヒノミヤ・シシノ。ダメじゃないかこんな奴に殺されそうになってちゃ――」


 そう言い放つ彼の手には、深い赤色の無骨な(つるぎ)――血の(つるぎ)が握られている。


「――君にはぼくの前で這いつくばって負けを認めてもらわなきゃならないんだからさ」


 血の剣を、地面に転がるシットの頭に突き刺して、マミヤ・ニトラは不敵に笑った。

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