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KILLER × KILLER FALLs 【キラ×キラフォール】  作者: 赤澤阿礼
3rd falls 『血まみれの日常』
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77話 つくられたきょうき

 シシノは混ぜこぜになった意識の中で、自分がどんな状況にいるかをぼんやりと理解していた。


 ――おれは今、シエラの過去を見せられている。


 シスルゥが持つ『特権』によって引き起こされたであろう現象――シシノが見ているのはまさしく、シエラの過去だ。


 見ていると言っても、幼いシエラと父親がいるこの部屋の中にシシノの姿はない。あるのはただ意識だけで、肉体の存在を感じることもできなかった。


 そしてシシノの視界は、まるで誰かに操作されているように切り替わる。


 至る所にカメラが設置されているかのように、上から、右から、左から、バラバラにされた兎の視点から、シエラの視点から――シシノの意思とは関係なく、見せつけられる。


 抗うことはできない。

 無い顔は背けられない。

 シエラの過去を覗くことを、シスルゥに強制されているのだ。


 視界が暗転すると、場面が変わる。


 シエラは一人、何もない白い部屋の中にいた。


 彼女が一人でいることが日常的だということを、不思議とシシノは知っている。いや、それだけではなく、これから起こることをすでに――全て知っている。

 恐らくはこれも、シスルゥの『特権』による作用だ。


 食事を父親と一緒に食べる時と、新しい遊び道具が従者によって運びこまれる時以外は、シエラはずっと一人だった。


 遊び道具。


 絵本やブリキの玩具、時には言葉や算数の知育教材――新しい遊び道具、勉強道具が定期的に部屋へ贈られて、シエラは一人、それで遊んだ。


 だがそれは、そんな子供らしい物だけではなかった。


 遊び道具。


 兎の次は、人間だった。

 眠っているのか力尽きているのか、部屋の中に連れてこられたその男性は、白い床に横たわっていた。


「その人は悪い人なんだ。だから、シエラが遊んであげて、その罪を償わせてあげなさい」


「なんてこと。わるいひとになっちゃうなんて、かわいそう……」


 一人ぼっちの部屋の中、どこかから響く父親の声に頷いて、シエラは目の前で横たわる男性を悲しげな表情で見つめる。


 ――やめろ。やめろ。やめろ。


 沢山の凶器が部屋の中に置かれていた。


 ――やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。


 シエラは自分の身体よりも大きな金槌を手に取って、男の頭上で振りかぶった。


「それじゃあ、ころしてあげるね」


 シエラの呟きに反応したのか、男は頭上にある金槌を見て、弱々しく首を振った。


 ――やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。


 シシノの声は届かない。


 何かが潰れるような音がして、白い床が赤く染まった。


「嗚呼素晴らしい、一撃で仕留められたじゃないか……! どうだシエラ、初めての殺人は……!」


「よくわからない。……でも、おとうさまはよろこんでくれてるの?」


「ああ、そうだな。娘の才能に喜ばない父親はいないさ」


「えへへ。じゃあたのしい。わたし、もっとがんばるよおとうさま!」


 父親の声が部屋の中に聞こえるのは、決まってシエラが人を殺した後だった。


 シエラが絵本を読んでいても、積み木で遊んでいても、天井に向かって語りかけても、どれだけ勉強をしても、部屋の中に父親の声が聞こえることはなく――娘の成長を褒めることもない。


 そうしてシエラが寂しさに泣き声をあげそうになった時、特別な遊び道具――殺されるためだけに用意された人間がやってくる。


 シエラは知っていた。どうすれば父親は自分を褒めてくれるのか――そのためには、人間を殺せばいいのだと。


「よくやった」

「愛している」

「お前は我らの誇りだ」


 父親が子供へ送るような当たり前の愛の言葉は、シエラが人を殺した時にだけ部屋の中に響く。


 だからシエラは、絵本や積み木で遊ぶ時よりも、殺人行為をする時に笑顔になった。


「救わなきゃいけないんだよね、お父様」


「――ああ、そうだシエラ。お前は楽しめて、彼らは救われる。こんなに素晴らしいことはない」


「本当だ……人を殺すのって、素晴らしいんだね」


 部屋の中にやってくる人間達は、皆、生きるために足掻いた。

 少年も青年も老人も、少女も女性も老婆も、皆、己の命が尽きないように、抵抗をした。部屋の外に逃げようとする者も、シエラに襲いかかる者もいた。


 だが、その(ことごと)くをシエラは笑顔で殺した。


 斬殺、刺殺、絞殺、撲殺、焼殺、射殺、毒殺、圧殺。殺して、殺して、殺して殺して、殺して殺して殺して――いつしか白い部屋の中は、面影もなく真っ赤に染まっていた。


 ――もう、やめてくれ。


 シシノがその光景に投げかける意識は、もうそれだけだった。

 何に対してそう思っているのかは、すでに彼にも分からない。人を殺し続けるシエラに対する叫びなのか、それとも、こんな光景を見せつけるシスルゥに対する怒りなのか――。


 だが、それでもまだ逃げられなかった。

 いつの間にか、視界が今度は誰かの目線になっている。


 色がなく、部屋の中の遊び道具も、目の前で暴れ狂う暴漢も、全てが灰色の誰かの視界。


 ――ああ、今度はシエラの見たものを見せつけているのか……だとしたら、なんて悪趣味だ。


 灰色の世界の中に、鋭いナイフの軌道が刻まれて、暴漢の身体が切り裂かれる。

 四肢が吹き飛んだ光景が目に飛び込んできたその瞬間、シシノの意識の中に、他の意識が流れ込む。


 ――なん、だこれは……嘘だ、嘘だろ。こんな、こんな感情が……人を殺した感情が、こんなもののはずがねえ。


 濁流のように押し寄せるシエラの感情に、吐き気を覚えてしまう。


 彼女が殺人の瞬間に抱いていたのは、ただ純粋な「楽しい」という感情だった。



 ……

 …………

 ……………………


「う……おぇ……」


「……おかえりなさいシシノ君」


 吐き気の中シシノが気がつくと、優しい微笑が目の前にあった。

 腕と脚、身体を縛られた窮屈な感覚が、ようやく現実に引き戻されたのだと気がつく手がかりとなる。

 朦朧とする意識に鞭を打って、シシノは目の前の微笑を、激しい憎悪を含んだ眼差しで睨みつけた。


「……何なんだよ、あの光景は」


「気がついてたでしょう? あれは、シエラちゃんの過去よ」


「そんな事を訊いてるんじゃねえっ‼︎」


 シシノの絶叫が反響して、部屋の中に張りつめたような静寂が訪れる。

 数秒の沈黙が続いた後、シシノは伏せた顔をゆっくりと上げて、すがるような視線をシスルゥに向けた。


「あれは、あの光景は、全部本当の事なのか――?」


 怯えているのか、困惑しているのか――シシノのその表情を見て、シスルゥは微笑をやめ、試すような眼差しをシシノに向ける。


「――ええ、全て。あの光景も、シエラちゃんの感情も、全て本当の事よ。……シシノ君、それでどう思ったの? 殺人を楽しむシエラちゃんを見ても、貴方はまだ彼女を守り続けたいのかしら?」


「……っ!」


 それは、残酷な問いだ。

 シエラが人を殺す光景はあまりに(むご)たらしく、血液や人体が飛び散る模様は脳裏に焼きついて離れない。

 どれだけ親しい友であろうと、過去にそんなおぞましい行いをしていれば、嫌悪を抱いて拒絶しない人間などいないだろう。


 だが――。


「おれは……」


 シシノがシスルゥを見返す瞳には、鋭い光が宿っている。


「おれは、シエラを助けたい」


「……あんな光景を目の当たりにしたのに? たくさんの人を殺したのに? 殺された人が可哀想だと思わない?」


「……あぁ、可哀想だった。殺された人も――シエラもだ」


 シエラの過去を覗いたシシノが彼女へ抱いた感情は、嫌悪よりも、哀れみに近かった。


 シエラは、人と繋がるために人を殺した。

 父親と話をするために人を殺し続けた。

 何も知らなかったシエラは、父親の言う通り、殺人は楽しくて、人を救う行為なのだと信じて疑わなかった。


 狂っているように見えたシエラの世界は、あの時、彼女にとってはそれが普通で――それ以外には何も無かったのだ。


「シエラをおかしくさせてたのは、ラッカフルリルで、あの父親だろうが……!」


「……そう、それがシシノ君の答えなのね」


 シスルゥは今までの微笑からは想像もつかないような冷ややかな目でシシノを見る。

 互いの視線がぶつかり合い、空気は重力を増したのではないかと錯覚するほどに緊迫感を増していく。


 それでもシシノの瞳が光を失う事はなく――やがてシスルゥは、またさっきまでの微笑を浮かべた。


「うふふ。どうやらその意思は本物のようね……ありがとうシシノ君」


「え? 何を急に……あんた一体――」


 柔らかなシスルゥの物言いに、思わずシシノが拍子抜けしていると――。


「それじゃあ、シエラちゃんを守るために、シシノ君は戦うことも(いと)わないのよね!」


 彼女は胸の谷間から何かを――シシノの携帯電話を取り出して、今まで切られていた電源を入れた。


 その行為が何を意味するのか、彼女が理解していないわけではない。だから今の今まで電源を切って、携帯電話から飛ばされる位置情報を遮断していたのだ。


 それを解いたということは、シシノのいる位置を知らせることであり――。


 すなわち、「彼女」が飛んでくるということだ。


「ご無事ですか? シシノ様」


 その間、十三秒。

 決して大きな声ではなく落ち着いているのに、不思議とそれはよく聞こえた。

 瞬間、シシノの背後から扉を蹴破るような轟音がして、ゆっくりと足音が近づいてくる。


 コツ。コツ。コツ。コツ――。


 すぐ隣で止まったその足音の方向へシシノが首を向けると、そこにいたのは――。


「ネネさん……!」


「はい、シシノ様。……それで、こちらの女性は?」


 ネネさんはシシノに安心したような顔を見せた後、冷ややかな視線をシスルゥへ向ける。


「シシノ様のお姉さんキャラは私のポジションなので、こういった方の出る幕はないと思うのですが……?」


「まずそこが気になっちゃうんですか……」


 一見ふざけているようなネネさんの言動に、シシノはどこか安心してしまう。

 心なしか張りつめた空気もどこかへ分散していったような気配を感じていると、微笑を浮かべていたシスルゥの口元が、さらにつり上がった。


「シシノ君のお姉さんはワタシよ」


「な……っ、ふざけないでください。シシノ様のお姉さんは私以外にあり得な――⁉︎」


「う、うわっ、なんだ……⁉︎」


 突然、地面が揺れて――いや、地面が上へと動き始めた。

 シシノとシスルゥが椅子に腰掛け、ネネさんが立っている周辺の床が、まるで四角く切り取られたように上へ向かって動き出していたのだ。


 天井にぶつかる――そう思ってシシノとネネさんが上を見ると、床の動きに連動しているのか、天井が少しずつ窓のように開いているのが目に入った。


 それと同時に音楽と、声が聞こえた。


「これって、まさか……」


「ええ、シシノ様。この部屋は、()()()()()()()()()でした」


 耳に入ってくるのは、閉園を知らせる音声案内と寂しげな音楽――そして、騒めく人々の声。


「まだ人がいるというのに、貴女は何をするつもりですか……?」


 ネネさんが、シスルゥに奇異の目を向ける。

 しかしシスルゥは、床が揺れるのを楽しんでいるのか、身体を左右に振って二人に笑いかける。


「ショータイムよシシノ君、アオギ・ネネさん……楽しく遊んでちょうだいね」


 ――何かが始まる。


 床をせり上げる機械の音と、上から聞こえる雑踏の声が混じり合い、何かが軋んでいく不協和音のように轟いていた。

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