75話 四骸
『四骸』とは、ラッカフルリルの中で最も特異な四人であり、団員の頂点と言っても過言ではない人物達である。
『煤払い』を含む十二人で行われる『円卓議会』を取りまとめ、ラッカフルリルの存続に関する様々な事柄を調整するバランサーの役割を果たしている。
だが『四骸』に関する情報は、それ以外の多くが謎に包まれている。
『煤払い』のデオドラでさえ、知っているのは、二つ名と名前、容姿、そして決してラッカフルリルの本拠地『キャラルマ』の外へ出ないということだけである。
殺人という、ラッカフルリルの団員が生業とする行為を行わず、人目につかず、本拠地でのバランサーの役割に徹する――それが特異と言われる所以の一つだ。
そして、彼らが特異と言われる最も大きな要因は、それぞれが『特権』と呼ばれる不思議な能力を有していることである。
ラッカフルリルの中には不可思議で超人的な身体能力を持つ者が他にもちらほらいるらしいが『四骸』が持つ『特権』は、それらを遥かに凌駕する超能力的なもの――らしい。
デオドラも詳しいことは知らないが、一つ言えるのは、『特権』は視認できるようなものではなく、何か人間の「根源」に関わるような異能なのだということだ。
例えば『呪い』である。
かつての『闇討ち』、ニイコを苦しめた呪いは、人間が死に至る過程を捻じ曲げた。
仲間を攻撃しても死ぬわけではないはずなのに、『豪速跳弾』ファスファ・ストレートの身体は、ニイコを攻撃した直後、燃え上がって死に絶えた。
デオドラはこの現象から、呪いによって彼の中に「死に至る要因」が書き加えられたのだと推測した。
人間が死に至るには様々な要因がある。脳髄が吹き飛べば、血液を体重の八%失えば、身体に酸素が行き渡らなければ――これらは一般的に人が死ぬ要因になるが、その中に、「仲間を攻撃すれば死ぬ」という通常あり得ない要因が書き加えられたのではないか。
実際に呪いをかけられたニイコはこう言及している。
――えぇ確かにそうッスね。「こういう行動をとれば死ぬ」「こういう行動をとることはできない」ってな感じに、自分の中に新しいルールみたいなものが植え付けられたような感覚がしたッス――。
大雑把な内容と体感を語ったニイコだが、自分にかけられた呪いの内容や、なぜ死にたがっていたのかをシシノに教えることはなかった。
恐らく彼女は、それを永遠に胸のうちにしまい込んでおくのだろう。
さておき、シシノ達がシエラを守るにあたって、得体の知れない『四骸』達の存在は厄介であり、それが前線に出てくることなど考えたくもなかった。
しかし今、その『四骸』の一人――シスルゥ・ラッカフルリル・クレイ=コープスは、硬直したシシノの目の前で、優しい微笑を浮かべている。
――いや、驚いてる場合じゃねえ。
シシノは困惑した意識から抜け出すと、シスルゥを睨みつけた。
「おれは知ってる。あなたの二つ名は……『全知』」
知っていることはこれだけだが、それでも知っていることがあるのだと示すことで、少しでも会話を優位に進めようと試みる。
だがシスルゥの微笑は、シシノのそんな考えを見透かしているようだった。
「教えたのはデオドラね? うーん、やっぱり又聞きされるとバレちゃうのよねえ。ワタシ、二つ名のルールには色々欠陥があると思うのよ。……まあ古いしきたりだから仕方がないかしら」
「……なあ『全知』、『四骸』ってのはキャラルマの外には出ないんじゃないのか?」
「ちょっと待って、今ワタシを二つ名で呼んだのかしら? そんなよそよそしい呼び方やめて欲しいわ」
「呼び方なんてどうでもいいだろ。どうなんだよ、答えは……」
「あら、どうでもよくないわぁ」
シスルゥは微笑を少し崩し、ムッとした表情でシシノを覗き込む。
「ワタシのことは、『お姉ちゃん』と呼びなさい」
「は――?」
「お、ね、え、ちゃ、ん。りぴーとあふたーみー、さんはいっ」
「お、ね、え……って言わねえよ!」
「あらあら? 呼んでくれなきゃ話が先に進まないわよ?」
「ひ、卑怯な……。じゃ、じゃあ「シスルゥさん」なら?」
「嫌ぁ〜硬ぁ〜い、お姉ちゃんがいい〜」
シスルゥはシシノの目の前で頰を膨らませ始めた。
敵とはいえ、その仕草に悔しくもトキメキを感じてしまったシシノは、またいつものように恥ずかしさでどうにかなってしまいそうになる。
だがシエラの時とはわけが違う。この場面でそんな状態になってしまえば、会話の主導権は確実にシスルゥに握られてしまうだろう。
――なんとか誤魔化して離れてもらわねえと……!
「いやぁでも、せっかく名前を聞かせてもらったことだし、是非そう呼びたいなー。というか呼ばせて欲しいなあ、お願いします」
「うふ、そんなに名前で呼びたいの?」
「ええ、はい是非是非。いい名前ですよねシスルゥって、響きがいいですよやっぱり、呼びやすいしほらこっちのがいいですよ」
言いながら、すでに下手に出過ぎていて会話の主導権も何もなくなっていることに気がついていたが、しかしそれでも「お姉ちゃん」と呼ぶことだけは阻止したかった。
呼んでしまえば、自分の中の何かが失われる――そう思った。
「じゃあ仕方がないわね。もう、特別よ?」
機嫌を取り直したのか、再び微笑を浮かべて座り直したシスルゥを見て、シシノは安堵する。
「ではシスルゥさん、『四骸』というのはキャラルマの外へ出ないのではないのですか?」
「丁寧な言葉遣いね……もうちょっと崩してもいいのよ?」
「……善処します」
「はい、頑張って。……そうね、本来なら『四骸』はキャラルマの外へは出ないわ。だけど、今は特例なのよ」
「シエラの脱走が、ですか?」
「それももちろんそうだけど、それだけじゃないのよ……それは内緒だけど、とにかくワタシがこの星にやってきたのは、まあ方針が変わったからと言えばいいのかしらね」
「方針……?」
「ええ。シエラちゃんが逃げ出してから二ヶ月以上……もはや早期奪還は不可能と判断したラッカフルリルは、長期活動を決定したの」
「長期活動……? だけどこの星で、どうやって隠れて生活していくつもりなんです? ナヴァロッカの人間が無断で野強羅に侵入していることが機関にバレたら、まずいことになるんじゃないんですか?」
二つの星の間には、お互いに侵してはならない決まりごとがあるはずだ。
それを無視してここへやってきたのは、どうかしているとしか思えない。
「うふ、それは心配しなくていいことだわ」
「――!」
シスルゥの微笑が少しだけ歪んだのを、シシノは見逃さなかった。
その意味を少し考えて、自分の中に導き出された答えに首を振る。
――いや、判断するのは早い。これが本当だとしたら、それほど厄介なことはねえ……!
「……他にも気になることはある。あなたはいつこの星へやってきたんです?」
「昨日の夜よ」
「監視衛星があったはずです」
「あら、そんなのなかったわ。だから来たんですもの」
「なかった……? 監視に穴が開くのは数ヶ月後だって話じゃ……」
疑惑が、確信に変わる。
もちろんシスルゥの話が嘘で、本当はもっと前にやって来ている場合もあるだろう。しかし、だとしたら今まで行動を起こさなかった理由が分からない。
話が嘘ではないのだとしたら、不可解な今の状況に辻褄が合う条件は、たった一つ――。
「ホムラノミヤ機関の中に、ラッカフルリルと繋がっている奴がいるのか……?」
「さあ、ワタシには難しいことは分からないわ?」
張り付いたようなシスルゥの微笑は、その一瞬、あまりに白々しく、あまりに恐ろしく見えた。
あってほしくない最悪の答えに、シシノは自分の顎から汗が一滴落ちるのを感じた。




