57話 ドッペルゲンガーの追憶 2
お目に止めていただき、ありがとうございます。
今回も前回に引き続き、ドッペルゲンガーの一人称視点でお話が進みます。
また、思っていたよりも長くなり、次回も引き続きそうです。
どうかお付き合いいただけたら幸いです。
――ラッカフルリルは殺人集団である。
ナヴァロッカの民を力で押さえる象徴であり、ナヴァロッカの民に恐怖を植え付ける象徴。
ナヴァロッカのどこかに合計四つの支部が存在し、政府に反抗する者、もしくは反乱の意思を持つ者、危険性を孕む者を殲滅する。
本拠地の場所は密かに噂される程度だが、大陸の西の山、キャラルマの近くに城と殺し屋の居住区があるらしい。
そして、強い者なら生まれも関係なく受け入れ、豊かな暮らしを保証するという。
アタシがラビコの神様になってから半年くらいのとき、もはやその辺の裕福な子供なんかよりも知恵をつけたアタシは、ラッカフルリルに関する書物を、ラビコの目を通して読み漁った。
ラビコは「いやッス、怖いッスう!」と涙目に本を読みたくないと訴えていたが、アタシは「おいおい、神様の言うことは聞くもんだぞ」と神様風をぶいぶいに吹かせて無理やり読ませていた。
アタシにとっては、ラッカフルリルほど都合のいい場所はなさそうだった。幸いなことに、キャラルマという山は、あのゴミ溜めからでも歩いて一ヶ月くらいで行ける場所にあるという好条件だった。
ゴミ溜めから飛び出して豊かな暮らしをするために、アタシはラッカフルリルに入ろうと思い立ったのだ。
はっきり言ってアタシは弱くはなかった。いや、自分で言うのもなんだが、強かった。
七歳程のこの時でさえ、もうすでに大人十人に囲まれても、一人一人を綺麗に首筋に風穴一つだけ開けて殺してあげられる程度には、アタシは強かった。
「ありがとッス、ラビコ。アタシの方針は決まった」
「あ、神様、また自分の口癖マネしてるッスね」
アタシがラビコに礼を言ったのは、それが初めてで、それ以外にはなかったと思う。
そして会話をしてから半年、繋がってから二年近く経っていたのだから、口癖もうつるというものだ。マネをしてたんじゃなく、自然にうつってしまったのだ。
とにかくアタシは準備を整えて、ラッカフルリルの城へ向かった。
初めてゴミ溜めを飛び出して、外の世界に出た。
道中、こんな小さいアタシでは襲われたりなめられたりするのは目に見えていたので、小さな身体を隠すために、死人の頭蓋骨で作ったマスクと黒い布を被り竹馬に乗って移動した。
……今になって思えば、黒布の中は間抜けで楽しそうな光景だっただろうが、それでも身体を大きく見せることは重要だった。
おかげでアタシは、一ヶ月という時間の道中、ゴロツキに襲われることも殆どないまま、キャラルマへと辿り着いたのだった。
ラッカフルリルの居住区と城は、確かに存在していた。
噂に聞くキャラルマの山は、自然にできた山ではなく、ラッカフルリルの殺し屋の居住区の集まりが山のように見えていたというだけの話で、城がその中心に高くそびえ立っていた。
キャラルマは巨大な城下町と言ったところか。
アタシはキャラルマへ足を踏み入れ、城を目指した。
街の中はラビコの住む街よりも綺麗で、なんというか文明的だった。普通の街で見ることのできないような機械が当たり前のようにそこら中に建っていて、買い物ができるバザールも賑わい、活気に溢れていた。娯楽施設も運動場も図書館も、なんでも揃っていた。
こんな所に住めるようになるなら、アタシはラビコよりも幸せになれる――そう思った。
城門へ辿り着くと、アタシを待ち構えるように、綺麗なお姉さんがそこに立っていた。
不思議なことに、本当にアタシが来ることを知っていたらしく、なんとも簡単にアタシをラッカフルリルに招き入れてくれた。
なぜアタシが来ることを知っていたのか、アタシを簡単に招き入れたのか、今になっても分からない。その時お姉さんに尋ねてみても――。
「あらあら、貴女の人生が面白くて特別だからよ。ここで続きを記していってくださいな」
そんな意味深な言葉だけを告げて、適当に手続きを済ませた後、どこかへ消えていった。
最近になってようやく知ったが、このお姉さん、『四骸』の一人だったらしい。
とにかくアタシは、試験やらなんやらすることもなくやすやすとラッカフルリルに入ったのだった。
支給されたのは、小さな一階建ての家と金のブレスレット。
ブレスレットは特殊な機械で、ラッカフルリル本部との通信機の役割をする。他にも図書館を利用するときにゲートにかざしたりだとか、空中に立体映像を出現させたりだとか、色々な機能がある。これはラッカフルリルである証にもなるらしい。
ゴミ溜めから一転、アタシの生活は豊かになった。
食べ物に困ることはなく、雨や風に震えることもない。
ブレスレットに届く指令をこなし続けていればこの生活は揺るぎなく、金もどんどん溜まっていった。
ラビコと並べるくらいに幸せになれたつもりだった。
思えばアタシは、ラビコと張り合うために幸せになろうとしていたのかもしれない。
自分と同じ顔のラビコが幸せなら、アタシも幸せにならなければ不公平だと、そう思っていたのかもしれない。
アタシは裕福な暮らしを手に入れ、この街で今までより高度な本を読めるようになったのだけど、それでもラビコの視界を見ることをやめなかった。
契約したからだ。
そう、契約したからには、ラビコを見守り続ける必要があった。それだけだ。
相変わらずラビコは鈍臭く、友達には馬鹿にされ、勉強はできず、運動もダメだった。
そのたびにアタシは、友達への仕返しを考え、勉強を教え、効果的な身体の動かし方を教えた。まるで本当にお守りのようなもので、アタシは本当に嫌々やってただけなのだ。
それでもラビコは、ますますアタシに信頼を寄せてきた。
たまにアタシが悪い思いつきで、ラビコに変な行動を取らせても(突然友達の前で変顔をさせたり)、さらりとやってしまうようになった。
後でアタシがケラケラ笑っているのを聞いて、ラビコは文句を言ってきたりもしたが、それでも信頼は揺るがなかった。
契約関係は良好だったと思う。
アタシはラビコの視界をいつでも見ることができたのだから、ラビコのピンチにはすぐ助言をすることができたのだ。
この生活はしばらく続いた。
アタシはラッカフルリルで殺し屋稼業をして、裕福な暮らしをする。
ラビコはのどかな街で、友達や家族に囲まれ暖かな暮らしをする。
対等になれたと思ったけど、それでもやっぱり、ラビコの生活を覗き見ていると、自分の幸せはラビコには及ばないと感じた。
だってアタシの生活には、血の匂いがした。
ラビコの街のように、花や川の匂いじゃない。
それに、孤独だった。
アタシはラッカフルリルの中でもなめられないように、マスクと黒布を被るのを辞めなかった。
ラッカフルリルにはそういう変な奴らが結構いたので目立つことはなかったが、それでもやっぱり警戒はされる。
まあアタシも他の奴らと関わる気はなかったのだ。アタシはアタシだけで幸せになれると思っていたから。
そんな生活が続いて、ラビコが九歳を過ぎた頃、アタシは業績を認められ『二つ名持ち』になった。
『二つ名』は出世の証のようなもので、貰えれば生活はより豊かになる。
ブレスレットにそれぞれのスタイルを考慮した二つ名が送られ、表示される。
アタシのブレスレットから浮かび上がる立体映像に表示された二つ名は『闇討ち』。どこでアタシのことを見ていたのか気持ち悪く感じるほどに、その二つ名は的確だった。
問題はここからだ。ラッカフルリルは二つ名を貰うと、自分でその表示された二つ名に『真名』と呼ばれる読み方を振って本部に送信しなければならない。その際には普通の読み方では認められず、必ず旧地球の言語である英語をカタカナ表記にして振らなければならないらしく、これが非常に馬鹿らしい。
新しく二つ名を貰った奴らはこぞってこんなやり取りをする。
「ねえねえ、二つ名の真名なんにした?」
「見て見て、私の二つ名『首切り獄門』!」
「やば〜いかわいい〜♡ こっちはね、『惨殺鬼畜』♡」
「かわいい〜♡」
……ば〜っかじゃねえッス?
真名何にした? とか、アイスクリーム買うのに並んでる女学生みたいなノリだ。「注文何にした?」みたいな。
そもそも真名って、旧地球の日本じゃ「漢字」って意味だし、ややこしいッス。
ともかくこんな感じに、真名はなんでもいいのだ。自分で勝手に名乗っていいのだ。
ただ変更は不可能で、中には自分で決めた真名に後悔して、自己紹介のときに真名まで言わない『二つ名持ち』もいるそうだ。それはまあ許されるのだが、殺しの対象には殺す前に必ず真名まで言わなきゃいけないので、そういう人は大変だ。噂によると『爆弾魔』とかいうふざけた二つ名の奴が、ターゲットの死に際に大笑いされたそうで、それがショックで殺し屋を辞めたなんてこともあるらしい。
だからアタシは少しだけ考えた。
だけどすぐに思いついた。
本で見た、ラビコとアタシのような存在の名前。――ドッペルゲンガー。
その真名の意味は、アタシ達のことを知らない奴らには分からないだろうけど、なんだかアタシは、そんなことに優越感を覚えた。
二つ名を持ってから、アタシはより強くなった。二つ名を告げて逃した敵はいないし、アタシのことを子供だと思っている奴は誰も存在しなかった。
一方でラビコといえば、代わり映えのない平和な日々を送っていた。
だけど、少しばかりはマシになったようで、親の教育もあってか、アタシの目から見ても、礼儀正しい良い子に育っていたと思う(バカなことに変わりはなかったが)。
学校へ通い、帰り道でおばちゃんの八百屋に寄ってお使いを済ませ家へ帰る。
休みの日には友達と遊んで、花畑でお昼寝をする。
ラビコは幸せそうに笑って、アタシはラビコが困るようなことがあれば、たまに声をかけてやる。
これでいい。ラビコはこのまま普通に暮らして、普通に育って、普通に幸せになればいい。
そしてアタシに、その普通の幸せを覗かせてくれればそれでいい。――そう思っていた。
だけどその「普通の幸せ」は、ある日突然失われてしまった。
ある日アタシがキャラルマの街で買い物をしているときのこと、ふと噂話を耳にした。
「マジコの街に、反乱分子がいるらしいから、明後日の夜にそいつらを始末するらしいぞ」
マジコの街。それはラビコ・マジコの苗字の由来になった通り、ラビコの暮らしている街のことではないのか。
しかしあの街に反乱分子がいるとは思えなかったし、アタシにはそんな指令は届いていなかった。
それに、始末されるとしたらその反乱分子だけで、街の人までは大丈夫だろう。――そう思った。
でも、なんだか胸騒ぎがしたアタシは、それから明後日の夜、ラビコを街の外に連れ出した。外は冷えるから、あの黒い外套を着て森の中へ隠れていろと伝えた。
それが、ラビコをどん底へ叩き落すことになってしまった。
視界が黒くなったら、ラビコが眠ってしまったということであり、周りを見ることができなくなる。ただ、アタシの声は届くようで、声をかければ起こすことができた。
そのときもアタシは、ラビコに声をかけて目を覚まさせた。
そして森を抜け、足早に街へと戻らせた。きっと両親が心配しているはずだと思ったからだ。
だけど、両親はもういなかった。
両親だけではない。友達も、学校の教師も、何もかもが、姿を消していた。
街は跡形もなく破壊されていたのだ。
その光景を目にしたときのラビコは、それはもう酷い落ち込みようだった。
声が枯れるほどに泣き叫び、崩壊した街の中を歩き回って生き残った人がいないか、靴の底が抜けるまで探し回っていた。
だけど、本当に何も残っていなかった。
おばちゃんの八百屋も、学校も、友達の家も、ラビコの家も、花畑も――本当にそこにあったのか分からない程に、跡形もなかった。
ラビコに残されたのは、サイズの合わない黒い外套だけ。
アタシがもっと危機感を持っていれば、街の人全員とまではいかないが、ラビコの両親くらいは救えたのかもしれない。
だから、罪滅ぼしをしようと思った。
これでは今度は、ラビコがあまりにも不幸すぎて、不公平だ。
アタシは、ラビコと対等に幸せでいたいと思っていたのだから。
アタシは抜け殻のようになったラビコに声をかけた。
「ラビコ、これからアタシの言う通りに動いてくれるッス?」
「……神様、ああ、よかった。神様はまだいてくれた。神様はまだ自分と繋がってくれてるッスね」
外套以外に何も残されていなかったラビコには、そのときアタシとの繋がりだけが全てだったのだ。
縋るようにアタシに語りかけるラビコの声を聞いて、アタシは街を救えなかった罪悪感のようなものを抱えながら、言葉を続けた。
「ああ大丈夫。繋がってる。アタシはあんたと繋がってるから、安心しろッス」
ラビコはこのアタシのとりあえずの気休めの言葉でだいぶ落ち着いたようで、ようやく話ができる状態になった。
「……ラビコ、まずは飯を食えッス。そして、隣町を目指して歩け。そこの宿屋に泊まって、しばらく待ってろッス」
アタシは『二つ名持ち』の職権をフルに活用して、ラビコへ迎えを送った。
とりあえずアタシの手の届くところへ、ラッカフルリルの中へ、ラビコを招き入れることを決めたのだった。




