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KILLER × KILLER FALLs 【キラ×キラフォール】  作者: 赤澤阿礼
2nd falls 『燃え上がる/闇討ち』
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56話 ドッペルゲンガーの追憶

お目に止めていただき、ありがとうございます!


毎話読んでいただいている方々、前回更新を休止したことをお詫び申し上げます。


今回とおそらく次回辺りまで、ドッペルゲンガーの一人称視点でお話しが進みます。

 ――アタシというドッペルゲンガーの記憶は、殺人から始まる。

 理由も方法も覚えている。食べ物が欲しかったから、目の前を通りかかった老人を後ろから押して、転ばせた。そして手に持っていたパンを奪い取ったのだ。

 何せ親もいなかったし、それまでどうやって生きてきたのかも覚えていない。倫理やモラルなんて学ぶこともなかったのだ。だからアタシは、本能で殺した。食欲を満たすためだけに、老人を殺した。

 アタシは自分がいつ生まれたのかも分からないが、今のラビコが十四歳だというのなら、恐らくアタシも同じくらいだろう。


 だから多分、アタシの初めての殺人は、三歳ぐらいのときに行われた。

 お兄さんの言う通り、アタシは根っからの悪人なのだと思う。


 ゴミ溜めのような街に、アタシはいた。

 光もロクに当たらず、空はいつも曇り。そこに集まる人間も総じてゴミのような人間ばかりだった。

 平気で殺し合い、奪い合う。――そこにいたのは、人間というよりも獣と言った方がいい連中だった。

 小さな子供だったアタシもその例に外れず、殺して奪い、生きていた。ただ一つ、アタシが他の連中とは違かったことは、情報や知識が他人より優れていた方が生き残れると気がついたことだ。

 人体のどこを切り裂けば確実に殺せるか。

 街の中の用水路はどこからどこに繋がっているか。

 抜け道は、逃げ道はどこか。

 知識があれば、小さいアタシでも生き残れる。


 言葉も知らなかったアタシだが、そのことに気がついてからは、自分より強そうな大人たちを、こっそり遠くから観察するようになった。

 そこでアタシは、大人たちがときたまどこかへ集まっていることを知る。

 その集まりの中では殺し合いが起きず、何やらお互いに声を発しあっていた。


 それが会話だと気がつくのには、少し時間がかかった。何も学べなかったアタシは、会話という概念すら知らなかったので、人間同士が意見を交換しあえるということを、そこで初めて知ったのだ。

 そこからは、言葉を、会話を、必死で覚えようとした。大人たちの会話を聞き、自分でも生まれて初めて、(うめ)き声や叫び声ではない声を発して練習してみた。

 そんなこんなでアタシは、推定五歳ぐらいのときに、ようやく言葉を覚えることができたのだ。


 だけど文字を学ぶことはできなかった。遠くから観察しているだけでは、どの文字がどんな意味を持っているのかが分からなかった。

 大人たちの会話の中から本という存在を知ったアタシは、ゴミの中から見つけた本を読みたかったのだが、それを読むことができずつまらなさを感じていた。


 その頃のことだ。

 アタシは目を閉じると、どこか別の光景を目にできるようになった。

 初めは空腹や疲弊から生じる幻かと思ったが、それも違うようだった。

 それはまるで、自分がその場所にいるように、風や空気の暖かさすらはっきりと肌で感じるような感覚。

 鳥の鳴く声や、川の音まで聞こえてくる。

 不思議なことにアタシは、知らない誰かの視界を通して、知らない場所を見ることができるようになったのだ。


 スキップするように視界が上下し、その視界の主が声をあげる。

 自分が喋っているのかと錯覚するほどに、自分によく似た声。だけど不思議な喋り方。


「おとーさん、おかーさん、おはようッス!」


 そんな風に、アタシが発したことのないような明るい声で、暖かい部屋の中、優しく微笑む男女の二人組に声をかけるその視界の主。


 それが、ラビコだった。


 ある日突然、繋がった。

 お兄さんに言ったのは嘘だ。機械など使うことなく、理由もよくわからないまま、アタシの視界は、一方的にラビコに繋がったのだ。


 このゴミ溜めのような場所とは全く違う、のどかで、綺麗で、平和そうな街――。

 もちろんアタシはその当時、自分の住むゴミ溜め以外の場所の存在など知らなかったので、目を閉じたときに見える光景が綺麗だなんてことは分からなかった。


 だけど、すぐに気がついた。


 その街では殺しあいも、奪い合いもおきず、物が欲しいのなら金銭を使って店から購入したり、お互いが持っている物を交換しあう。

 大人が子供を虐げることもなく、それどころか優しく微笑み合いながら手を繋ぎ歩く。

 人々が集まって、楽しそうに笑う。

 困っている人がいたら、損得も関係なしに助け合う。


 それは、アタシの知らない人間の姿だった。


 アタシのいるゴミ溜めよりも、こっちの方がずっとずっといいと、幸せだと、そう思った。


 だからアタシは目を閉じて、その光景を目に焼き付けた。

 そして目を開いて、アタシの住む場所がゴミ溜めだという現実に引き戻されると、また目を閉じてその光景に逃げ込んだ。


 はっきり言って、悔しかった。

 ずるいと思った。

 羨ましくて仕方がなかった。


 アタシの生きる現実はこのゴミ溜めだというのに、どこかの誰かはあんなに綺麗な街で幸せな暮らしをしているのだと思うと、惨めな気分になって仕方がなかった。


 その上この視界の主であるラビコは、自分が幸せだということに気がついていなかったのだ。

 食べ物は好き嫌いするし、冬には家の中が寒いと言う。

 こっちは食べられるものはなんでも食べなきゃ空腹で死にそうになるし、風を防ぐ壁すらない場所に住んでいるというのに、なんと贅沢なことか。


 ムカついて、悔しさを感じながらも、アタシはその光景を見るのをやめなかった。

 その視界を通せば、もっといろんな言葉が覚えられるから、もっとたくさんの文字を見ることができるから、学習するためにアタシはその視界を覗き続けた。

 知恵をつけて、ゴミ溜めの中で現実を生き抜こうとした。


 初めて繋がってから一年が過ぎた頃、アタシたちは初めて言葉を交わすことになる。


 ラビコは、学校に通いだしていた。アタシ自身は、言葉や文字に加えて色々なことを学べるようになって歓喜していたのだが、ラビコは学ぶことが苦手だったようだ。


 今でもはっきりと思い出せる。

 あれは算数の授業のときだった。

 105+110。教師に足し算の答えを訊かれて、ラビコは困惑していた。

 視界はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、キョロキョロと動く。明らかに動揺し、分からないという様子が、こっちにまで伝わってきた。


 アタシはそのとき「こいつはこんなことも分からないのか」と呆れていた。ただこの間学んだ足し算の数が大きくなっただけではないか。

 だから、そう、テレビ番組を見ながらツッコミを入れるように、アタシは思わず言ってしまった。


「バッカじゃないの? 答えは215だよ。215」


 すると、視界は何かを探すように辺りを見回す動きをした。

 そして恐る恐る、自信のない声で――。


「……先生、答えは215……ッス」


 アタシと同じ答えを、口にした。

 教師は計算を答えられたことを褒め称え、ラビコは戸惑うような笑い声をあげていた。


 初めは、偶然だと思った。こいつも自分で答えを導き出したのだと、そう思った。


 だけど、その日の夜のこと。アタシが少し気になってまた視界を覗き見ると、目の先は部屋の天井だった。どうやらベッドの上に寝転がっているようだ。

 しばらく見ていると、ラビコは突然声をあげた。


「ねえ。誰か、聞こえてるッス?」


 部屋の中には、ラビコ以外には誰もいない。

 もしやと思って、アタシも声をあげた。


「なんだよ。もしかしてアタシに言ってんのか?」


 するとラビコは、興奮気味に起き上がり、声を弾ませる。


「やっぱり! ねえ、算数の答えを教えてくれたのは、あなたッスよね! 自分はラビコ! あなたは誰ッス⁉︎」


 やはり、このラビコという少女には、アタシの声が聞こえていたのだ。

 何が嬉しいのか、ラビコはベッドの上をぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 質問をされたが、あいにくとアタシは名前なんてものを持ち合わせていない。


「おい、落ち着けよ。……アタシには名前なんてものはない」


「やっぱり……! そうだと思ったんスよ!」


 アタシの返答に、ラビコは何故か嬉しそうな声をあげた。

 どこに嬉しがる要素があるのか分からなかったが、視界は上下に動く。大きく頷いていたのだ。


「ねえ、あなたは、神様ッスよね! 自分を空から見守ってくれてる神様なんでしょ!」


「はあ? カミサマ? ……ああ、そうそう。アタシ、カミサマ」


 その時のアタシには神様がなんなのかよく分からなかったが、よく分からなかったからこそ、知っているフリをした。


 なんだかこいつの知っていることを知らないというのが、悔しかったりしたのだ。


「でも空から見てるってのは違う。アタシはあんたの顔すら知らないもん」


「えぇー! なんでなんでッス⁉︎ じゃあどうやってアタシのことを見てるんスか? どうやって話しかけてるんスか?」


「どうやって話しかけてるのかは……カミサマの秘密だ。そしてアタシはあんたを見てるんじゃない。あんたの見る世界を見てるんだ」


「自分の見る世界? じゃあ、今なにが見えてるッス?」


 そう言ってラビコは、壁にかけられた大きな黒い外套(がいとう)を見た。


「……上着、コートか?」


「おお、その通りッス。自分の宝物ッス。大きくなったら着れるようになるんスよ」


 ラビコはそんなことを言っていたが、ぶっちゃけその時のアタシには、どうでもいい話だった。確か適当に相槌を打ったことを覚えている。

 ただ、アタシがどうやってラビコのいる場所を見ているのかを理解したラビコは、急ぎ足でどこかへ歩き出した。

 何をするつもりなのかと、アタシが興味深く視界を見ていると――。


「ねえ神様。これで、自分の顔が見えるッス?」


 驚いた。本当に、生きてきた中であれほど驚いたことはない。

 鏡、というものの存在は知っていた。水たまりやガラスに自分の顔が映ることも知っていたので、アタシはアタシの顔を知っていた。


 ラビコの視界に映る鏡にいたのは、アタシと同じ顔だった。


 思わず目を開いて、ゴミ溜めの中で水溜りを探し、自分の顔を確認した。

 さっきの視界と全く同じ顔だ。

 アタシは再び目を閉じて、ラビコの視界を覗き見た。


 そこにはまだ、鏡に映ったアタシの顔がいた。


「神様? ねえねえ、どうしたんスか?」


 鏡の中の顔が喋り出す。だけど、アタシは声なんて出していないので、その声は、その鏡に映っていた顔は、やっぱりラビコのものなのだった。

 アタシはこの時、この不思議な現象の意味が、少しだけ分かった気がした。

 気がしただけだが。

 生まれた場所が、生きてきた場所が違うアタシ達。だけどアタシ達は、同じ顔で、同じ声の持ち主だ。

 だからなのかは今でも分からないが、その時にほんの少しだけこの現象に納得したことは確かだ。

 アタシが鏡を見て、色々と考えていると、ラビコは目を伏せて、恐る恐る口を開いた。


「あのぅ……神様。自分の顔を知っていただいたことッスし、ちょっとお願いがあるんスけどぉ……」


「は? お願い?」


「……自分、ちょっと苦手なことが多いんスよ。バカだしノロマだし……。だから、神様に見守ってて欲しいんッス」


「はあ? なんでアタシがそんなこと……」


 馬鹿げたお願いだと思った。

 アタシがどうして、こいつみたいなくそ幸せ野郎を見守ってやらなきゃならないんだと、見守って助けてほしいのはこっちの方だっての、と。

 だがしかし、この要求を飲む代わりに、ある提案をすれば、アタシはもっと便利にこの視界を使えると思いついた。


「っとぉ、分かった分かった。見守っててやるよ」


「やったあ! 神様がついてたら心強いッス!」


「ああ、待て待て、その代わりに……」


 アタシは嬉しそうに家中を跳ね回るラビコに、釘をさした。


「代わりにお前は、アタシの言うことを聞くんだ。言う通りにするんだ。そうだな……まずは、本を読め」


 ラビコを操縦して、アタシの見たいものを視界に入れさせる。意思疎通ができるなら、これほど便利なことはない。

 これは契約だ。

 こうしてラビコは、より便利なアタシの「目」になることを契約したのだ。


 アタシがラッカフルリルを知り、そこへ向かうことになるのは、この契約がきっかけだったりする。

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