42話 殺し屋が降る夜はすぐそこに
お目に止めていただきありがとうございます。
今回はいつもより少しだけ長めです。
五月十二日金曜日、午後四時半ごろ。
帰りのホームルームも、後は教師からの連絡事項を残すだけである。
シシノとシエラが螢火高校に通い始めてから初となる休日は、すぐそこだった。
「……そうね、後は……そうそう、不審者情報があります。報告によると、『「ちょっとお嬢さん、これを見てもらえますか?」と声をかけられ手を見せつけてきたので覗いてみると、薔薇の花が一本出てきて、「プレゼントですレディ、この後お食事でもどうですか?」と誘ってきた』だそうです。このような声かけ事案が、最近コフケ町を中心に、同じ人物だと思われる者によって多発しています。特徴は黒い長髪の真ん中分け、モデル風で背が高いそうです。あらやだ声かけられたーい。……っとこほん、いや、でも特にコフケ町から通ってる子はくれぐれも気をつけてくださいね。……ってわけでおしまーい!」
サエゾノ先生はそう言うと、「こほん」と一つ咳払いをして、号令の合図をした。
「はい、きりーつ、きをつけー、れーい、さようならー!」
生徒達は声を揃えて「さよならー」とやる気のない挨拶をして、ぞろぞろと教室を後にしていく。
ーーコフケ町っつったら、家の近くじゃねえか。
サエゾノ先生の話に気を引き締めつつ、シシノも荷物をまとめてシエラとともに帰るため駆け寄ろうとしたのだがーー。
「知ってるかシシノ君」
すれ違いざまに声をかけられ振り向くと、中指で眼鏡をくいくいと上げながら、エイジが堂々と立っていた。
その佇まいは大物感を醸し出していて、喋りかけられたシシノに妙な緊張感を抱かせた。
「な、なにをだ?」
シシノが恐る恐る返事をすると、エイジは声を細め、内緒話のように語り出す。
「うむ。君にも関係がある話なんだが、最近の不審者の基準、これがどうもめちゃくちゃでね」
どうやら先程のサエゾノ先生の話に関連しているようである。
シシノが「は、はあ」と、一応の相槌をとってみると、エイジは頷いてその話の続きを語り始める。
「例えば、『声かけ事案。小学生男子が、四十代と思われる男性に声をかけられる事案が発生しました。声かけ内容は「こんにちは」』……どう思う?」
「いや、それってただの挨拶じゃねえか?」
「そう! 悲しいことに今の時代、ただの挨拶をしただけでも下手すれば不審者扱いされてしまうんだよ」
「うーん、確かに敏感すぎると思うけどよ、そんな通報されるってことは、見た目が相当怪しかったりしたんじゃねえか? ……それで、その話がどうおれに関係あるんだ?」
そう答えると、エイジはその眼鏡の奥から光る目を鋭くしてシシノを見た。
「いや、シシノ君。答えは出ているじゃないか。君の見た目も通報されやすいってことだ。くれぐれも気をつけるようにな」
そうきっぱりと言い放つと、くるりと踵を返し「それでは良い休日を!」と手を振りながら教室を後にした。
「なんて失礼な奴なんだ……」
ツカツカと歩いていく後ろ姿に、そう呟くシシノ。
気にしていることをズバッと言われては、良い休日を過ごせる気分も失せてしまうというものだ。
しかしこの数日、エイジと何度か会話をする機会がある中で、彼がどういう性格で、どういう物言いをするのかというのも大分把握していた。
さらに言えば、エイジが言うことはあまり気にするのも無駄だという結論に至っていた。
なのでさっさと気を取り直してシエラの元へ向かうシシノなのだった。
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「「「「いただきまーす」」」」
四人分の声が食卓に響き渡る。
卵スープ、サラダ、炒飯、麻婆豆腐という中華風の本日の献立は、シシノが作ったものだ。
「辛おいし〜い!」
真っ赤な麻婆豆腐を頬張りながら、シエラが頰に手を置き感嘆の声をあげる。その表情はなんとも幸せそうで、作った本人であるシシノも満足げに頷いた。
「そうだろうそうだろう。なんたっておれの得意分野は中華料理だからな。こればっかりはネネさんにも引けを取らねえ」
腕を組みながら誇らしげに語るシシノ。
だがそんな言葉は耳に入っていないようで、シエラは幸せそうな表情を浮かべながら、ぱくぱくと口に料理を運んでいく。
「……そうだろうそうだろう。言葉が耳に入らないほど美味いんだな!」
前々から思っていたが、シエラは食事となると周りの様子が見えなくなるようだ。それほど食事に対する真剣さが深いということなのだろうか。
と、シシノの虚しい自己解決の言葉が響く中、ネネさんが一口麻婆豆腐を頬張り、瞳を輝かせた。
「シシノ様、こちらの麻婆豆腐、なにかいつもより味に深みがあります。……また腕を上げたようですね。一体何をしたのですか?」
やはり、分かる人には分かるのだ。シシノは再び満足げな顔をすると、得意げにネネさんに説明しだした。
「実はですね、ネネさん。豆板醤を自分で作り始めまして……」
そんな風に楽しい食卓が続いていく。
そんな中、話題は学校に関するものに変わったのだった。
「そういえばァシシノ君、あれから憎っくきニトラ少年の様子はどうですかァ?」
デオドラが静かな怒りのオーラを身にまとう。
月曜日、ニトラに関する学校での出来事を話してからというもの、デオドラはニトラに対して強い警戒心を抱いているようだった。
夕食の時や、話をする機会があれば、こうして毎日のようにニトラの動向を聞き出そうとしてくるのだ。
そのヘイトっぷりは、シシノでさえたじたじとなってしまうほどだった。
「ニトラの奴はまあ、シエラに猛アタックをかけていると言えないこともないけど、むしろ別の意味でおれへのアタックが凄いというか……」
この数日のニトラの動向を思い出す。一日に一回は、必ずシシノとシエラの元へやってきて、シエラにアタックをかけるニトラ。しかしそのキザな愛の言葉をシエラに語ろうとするのを、毎回のようにシシノと、そしてミナモが阻止するのだった。
ミナモに言わせると「あいつは悪い虫だよまったく、シエラちゃんは渡さない、あたしのだ!」だそうだ。
しかしその阻止に対するニトラのヘイトは、全てシシノにぶつけられる。毎日のようにケンカになってしまうのだった。
「……まあそんなこんなで、そんなに心配することないんじゃねえかな」
「その調子です! ニトラ少年なんかにシエラ様を渡してはなりませんよォシシノ君!」
熱く語るデオドラをよそに、ネネさんは何かを妄想しているような、ニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。
「しかしニトラ氏、毎日のようにアタックをかけるとは、凄い情熱ですね……これはシシノ様も負けていられませんよ」
「むぐっ。そこで何故おれが出てくるんですか……」
動揺して喉に炒飯を詰まらせるところだった。
ネネさんにはどうにも、人の仲を想像する悪い趣味があるらしい。
ーーったく、おれとシエラはそういうんじゃないっての。
水を飲んで喉を潤していると、デオドラが興奮気味にネネさんの言葉に食ってかかった。
「ネネさん、敵を褒めてどうするのですかァ! そんな出会って初日に告っちゃうようなお軽いボーイはダメです、ダァメ!」
「……お軽いボーイ、ですか。」
ネネさんはデオドラに冷たい視線を向ける。
「そうは言いますが、ここ最近買い物を頼む度に、道行く女の子に手当たり次第に声をかけているのは、どこのどなたでしたっけ? 私は気づいているんですよ」
「なっ、デオドラさん、そんなことしてんのか⁉︎」
ネネさんとシシノに追求されて、デオドラは「やれやれ」といった様子で首を振った。
「ボクはねェ、持ち合わせている愛の容量が大ォきいのですよォ。それに、声をかけた女の子は、みィんな笑顔で去っていきますよォ」
「去られてんじゃねえか……じゃあそれ苦笑いだよ」
と、そうツッコミながら、シシノの脳裏にはある嫌な予感が浮かんでいた。
ーーもしかして……。
「……デオドラさん、どういう風に女の子に声かけてるんだ?」
「ほォ、ボクのテクニックに興味があるのですねェ。シシノ君も男の子だなァ。よしよし、ではちょっと披露しましょォ」
そうして「こほん」一息、ネネさんの方へ向き、軽く握った拳を前に突き出すデオドラ。
「こちらをご覧ください」
ネネさんは言われるままに、無表情でその手を覗き込む。
するとデオドラが少し手を動かし、中から薔薇が一輪、一瞬にして現れるのだった。
「お美しいレディ、プレゼントです。さあ、ご一緒にお食事でも……」
「やっぱあんたが不審者か!」
シシノの声がこだまする。
こうして今日も慌ただしい夕食の時間は過ぎていくのだった。
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「さて、では真面目な話をしましょうか。皆さん、明日について、お忘れではないですよね?」
場所はいつものように七号室のリビングだ。
今日は話が話だけに、ネネさんもいつにも増して真剣な様子である。
「……あぁ、もちろん。明日、ラッカフルリルの殺し屋がこの星にやってくるかもしれないんだよな」
シシノが鋭い目を向けると、ネネさんが頷いた。
「えぇ、そうです。正確に言えば、この後、日付が変わった深夜の時間に、空を監視する目に穴が開きます。やってくるとしたらこの時間以外にあり得ません。……しかし逆に言えば、このタイミングを逃せば、次にこの星に入れるのは相当先になります。具体的には数ヶ月後といったところでしょうか」
「え? 監視に穴が開くタイミングは周期的なんじゃないんですか?」
シシノが疑問の声をあげる。この間、ネネさんはそう言っていたはずだったがーー。
「えぇ。周期的です。と言っても均等な期間がずっと続くのではないのです。そうですね、分かりやすく言えば……『二日、二日、二日、二日』と繰り返すのではなく、『二日、五日、八日、二日、五日、八日』という様に、違った期間のワンセットが繰り返されているのです。監視衛星の動きが複雑なのでそうなるのですが……もっと詳しくお話ししましょうか?」
「なるほど……いや、おれは大丈夫です。次にやってくる時期が分かればそれで……みんなもいいか?」
シシノが確認をとると、シエラとデオドラも頷いた。
「はい、では話を続けます。……デオドラさんの発信機によって、撹乱はだいぶできているので、すぐにここを特定されるというのは考えにくいのですが……しかし最初に降り立った土地が、あの山の付近であるというのは重大な事実です。私が追っ手で、まず探すとすれば山の付近でしょう。特にシエラ様とデオドラ様は、数日の間は気をつけなければなりませんね」
「はい、ネネさん。……その間は、学校にもいかない方がいいですか?」
シエラが不安げに手を挙げて尋ねる。
その疑問はもっともだ。学校へ行く最中に見つけられてしまったら、たまったものではない。
しかしネネさんは頭を振って、少し考えるような素振りをとった。
「いえ、もしかしたらそのまま通った方が良いかもしれません。考えたのですが……敵の目を欺けるのならそれに越した事はないと思いますが、逆にこちらから捕まえてしまうというのはどうでしょう?」
ネネさんの意外な発言に、三人の注視の目がより強いものになる。
「というとォ?」
その中で、デオドラがその意見に、興味深そうに身を乗り出した。
注目が集まる中、ネネさんは人差し指を立て意見を述べ始める。
「まずラッカフルリルの殺し屋は、目立った動きができませんよね。これはナヴァロッカと野強羅の間で、お互いの星に勝手に降り立ってはならないという決まりがあるからです。バレてしまえば、星を跨いだ問題になってしまいます」
そして一呼吸置いて、もう一本の指を立てる。
「ということは一度にたくさんの人数を、この星に降ろすことはできないはずです。人数が増えれば、それだけバレてしまう確率が上がります。シエラ様とデオドラさんのように、戸籍を得たりして隠れるような真似は到底出来ないはずなので、機関に見つかるのも時間の問題です」
そこまで言うと、ネネさんはデオドラの方を向いた。
「どうでしょうか? 以前確認した時は、ラッカフルリルはそう多くの宇宙船を所持してはいないのですよね」
その情報は、シシノにとっては初耳だった。どうやらシシノとシエラがいないうちにも、ネネさんとデオドラは情報を交換しあっていたようである。
デオドラはネネさんのその言葉に頷いた。
「えェ。宇宙船は多くありません。……そうですねェ、一度に多くの人数がやってくるのは考えづらい。そしてやるなら隠密にやるでしょう。その辺慎重な人物が送られてくる可能性も高いです。……一つお尋ねしますが、捕らえると言うのは、文字通り捕まえるということですか?」
「はい。捕まえて私の手駒に……いえ、私の元で部下として働いてもらいます。機関にバレてはまずいでしょうから、弱みを握るのは簡単です。言うことを聞かせるにはそう苦労しないと思います」
そう言うネネさんの表情は清々しい笑顔だった。
話を聞いていた三人は思わず身震いしてしまう。
「じゃ、じゃあとにかく、わたしは学校に普通に通ってもいいのかな」
恐る恐るといった様子で尋ねるシエラ。
「ええ当面は。……しかしもし、お一人でいる際にラッカフルリルとぶつかった場合は、すぐに助けに行くことができないかもしれません。その場合にはこれで連絡をください」
ネネさんはシエラに、折りたたみ型携帯電話を手渡した。
携帯電話を手にしたシエラは、嬉しそうにその瞳を輝かせる。
「女子高生のステータス! くれるの⁉︎」
現代ジャッポンの女子高生にとって、携帯電話を持つことはいわばステータスの一つである。この数日の間で、シエラはそれを感じ取っていた。
「はい。差し上げます。しかもこの星では最新機種ですよそれ」
「ありがとうネネさん!」
「ふふっ。どういたしまして。……しかし助けに駆けつけるまでは、シエラ様はお一人です。お一人で出歩くなら、その危険を覚悟してください」
鋭い目で、厳しい声で、シエラに問いかけるネネさん。
しかしシエラは、そんな彼女に目をそらすことなくーー。
「もちろん。わたし強いんですよ。そう簡単に捕まりません」
力強く答えるのだった。
その答えに満足したのか、ネネさんは再び微笑むと三人を見渡した。
「では、見つからないのが一番、しかしもし見つかった場合は捕らえる。そういうことで今日の話はお終いです。……ですが、明日はシエラ様とデオドラさんは、一応家の中にいてくださいね。家事当番の手伝いでも覚えましょう」
そうして今日の会議はお開きとなった。
それぞれが自分の部屋に戻っていく。
シシノはベッドの中へ入ると、明日の事を、これからの事を少し考えた。
ーー殺し屋、か。どんな奴がやってくるんだろう。
シエラもデオドラも殺し屋だったといっても、とてもいい人間だ。シシノはそう思っている。
もし次にやってくる殺し屋が、話が通じる人間なのだったら、やはり戦うことなどしたくないと、シシノはそう思いながら眠りにつくのだった。




