35話 ヤンキーと美少女、転入生が二人来たら、どちらに声をかけるかなんて皆おんなじだよね。
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「ねえねえシエラちゃんってどこの国から来たの⁉︎」「髪の毛すっごく綺麗! これ地毛なの?」「か、彼氏はいるんですか⁉︎」「好きな男のタイプは⁉︎」
朝礼が終わって、一限目が始まるまでの休み時間である。シエラの机の周りにはクラス中の生徒たちが、男女入り乱れ押し寄せていた。
海外からの転入生という時点でも珍しいというのに、おまけにその白銀の髪、金色の瞳、整った容姿、そして朗らかながらもどこか高貴さを感じさせる佇まいは、クラス中の生徒達の注目を集めるには十分だった。
ひっきりなしに飛び交う質問や賛美の言葉に、シエラは戸惑いつつも笑っていた。
「ちょ、ちょっと待ってみんな。そんなに一変に話しかけられても答えられないよ。お、落ち着いて」
シシノは手を振り答えるシエラを見て、どこか楽しそうだと思った。学校に通うのも初めてだろうし、同年代の人々に親しげに接するのも初めてなのだろう。そういえば前に見せてもらった『やりたいことリスト』に、「学校へ通いたい」という記述があったのを思い出していた。
ーーそれにしても……。
シエラに訊きたいことが山ほどあるのだが、こうも大勢の生徒達がシエラに言葉を送っているのでは、尋ねることができない。いや、距離的には尋ねることは可能なのだ。何故ならばシシノの席はシエラの隣なのである。
だがおかしなことに、群衆は、まるで二人の机の間に壁があるかのように、シエラの席の周りにだけ集まっている。アンバランスな取り囲み方によって、群衆は廊下へ通じる引き戸にまで達しようとしていた。
まるで明と暗、陰と陽。同じ転入生だというのに、こうも扱いが違うとは。シシノは少しばかりむかっ腹が立った。
ーーって、いかんいかん、シエラが楽しそうならいいじゃねえか。それに、こんな男とシエラが同時に転入してきたら、誰だってシエラに声をかけるに決まってる。
そう思いつつシエラの方を見る。見るのだがーー。
「シエラさん、身体を洗うときはどこから洗っている⁉︎」「自分のパーツで気に入ってる部位は⁉︎」「おっぱいは何カップあるんだ⁉︎」
飛び交う質問の中に度々下品なものが聞こえてくる。シエラは気がついていないようだが、先程からシシノは、その声が気になって仕方がなかった。信じられないことに、その声はいずれもふざけて訊いているようには聞こえない。真剣に知りたいのだという気持ちが伝わってくるほど、その声には熱が込められていた。
シシノの机の周りは閑散としているので、立ち上がるのは容易だった。そしてシシノが立ち上がったことに誰も気がついていないようで、シエラの周りの群衆は未だ質問や賛美の言葉を投げかけている。
群衆を観察し、耳を澄ませる。
ーー違うこいつじゃねえ。こいつでもねえ。
「俺は真剣に知りたいんですあなたのおっぱいの大きさが!」
ーーああ、こいつだ。
その男の口から質問が発せられるのを確認すると、シシノは彼の口を塞ぎ、身体を後ろへ引っ張った。実に鮮やかでスムーズな動きで、彼が群衆の中から消えたことに、誰も気がつくことはなかった。
まるで誘拐か拉致か、シシノの行動に抵抗をする間も無く、彼は廊下にまで引っ張られた。
口を塞いでいた手を離して廊下へ放る。そして横たわる彼の顔に、シシノはしゃがんで自分の顔を近づける。
「おう、あんま変な質問してんじゃねえよ……シエラが困ったらどうすんだ」
忠告する。いや、忠告のつもりだったのだが、周りからはどう見ても恐喝にしか見えない。目の前の彼もシシノの剣幕に飲まれているようで、その身体を震わせていた。
怯えた目でシシノを見ていた彼だったが、ゴクリと唾を飲み込んで、ようやく言葉を発した。
「君はシエラさんと一緒に転入してきたヤンキーか?」
ヤンキーという単語に眉をひそめるシシノ。やはり第一印象はどこに行っても変わらないものだ。
「なっ……ヤンキーじゃねえよ。ただの、普通の転入生だ」
「なんだと、だったら何故俺を恐喝している。転入初日から生徒を引きずり恐喝するとは、ヤンキーそのものじゃないか」
先程の下品な質問からは想像がつかないほど真面目な様子で、彼はシシノを見上げる。その眼鏡の奥から覗かせる瞳、堂々とした態度は、どう見ても真面目な男子高校生にしか見えなかった。
「あのな、これは恐喝じゃねえ、忠告だ。初対面の女の子に、普通はあんな質問しねえだろ。やめてやってくれ」
確かにさっきは言い方や体勢が不味かったと反省して、今度は立ち上がり落ち着いて話してみる。すると目の前の男にその気持ちが伝わったようで、彼も立ち上がりシシノに向き合うと、謝罪の言葉を述べる。
「すまない。そうだな……俺の悪い癖だ。探究心に抗うことができなかった」
「お、おお。分かってくれりゃいいんだ。……えっと、君は何て名前だ?」
シシノが尋ねると、彼は「これは失敬」と一言、真っ直ぐにシシノに向き合った。
「俺はエトウ・エイジ。ぶっちゃけ君のことは眼中になかったが、初対面ながら俺のこのスタンスに忠告する君に敬意を払おう。よろしくな、シシノ君」
そう言って手を差し出し、握手を求めてきた。その言葉には若干のツッコミどころがあったが、言葉づかいや態度は真面目な好青年そのものである。
シシノは差し出された手を握り返し握手を交わした。
「……なあ、えっと、エイジ君」
「なに、エイジと呼び捨てにしてくれて構わない」
「ええと、じゃあエイジ、君は真面目そうに見えるんだけど、なんだってあんな質問をしてたんだ? テンション上がっちゃってたのか?」
少し接しただけだが、彼の雰囲気からはスケべさは微塵も感じない。だというのに先程の質問だ。もはや聞き間違いだったのではと自分を疑ってしまうほどである。
エイジは考え込むような様子を見せると、少し困ったように語り出した。
「確かに俺は真面目だ。なんだって真剣に取り組みたいと思っている。特にエロにはな」
「……は?」
ーーなに言ってんだ?
その真剣な表情から飛び出た言葉のギャップに、一瞬理解が追いつかなかった。
だがそんなシシノの困惑など気にもしないようにエイジは続ける。
「俺は真面目だ。そしてエロい。つまり真面目にエロい。だが俺の脳内にある思考はほぼほぼエロいことだけだ。だからエロいことに関して気になることがあれば、俺は誰かれ構わず尋ねてしまうんだ。それが初対面の相手だったとしてもな。……この間講演会のために、学校に市議会議員の女性がやってきたのだが、これが幾分エロく、質問の時間の際に思わずカップ数と本日履いているパンティの色を訊いてしまったんだ……そのときはこっぴどく怒られたんだが、後で出待ちして尋ねたら教えてくれたよ。Eカップで紫だったそうだ。紫はないよな。だけど俺は興奮した。紫って……すごく性欲強そうじゃないか?」
「総じて何言ってんだ?」
エイジの口から流れるように発せられる言葉は、真剣に聞いたどころで、耳を疑うどころか理解が追いつけない所にあった。
真面目な顔で真面目な声で、訳が分からないくらいにアホなことを言っているのである。これ以上彼の話を聞いていたら頭痛を起こしそうな勢いだ。
「分からないならエピソードはまだまだあるぞ。例えば、あれは俺が近所のスーパーのエスカレーターに乗ったとき……」
エイジが再び語り出そうとして、シシノが半ば絶望を感じたとき、教室の引き戸がガラッと開いて、中から一人の女子が顔を覗かせた。
「ちょっとエロウ・エロジ。アンタ今日黒板当番でしょ、朝礼のときに書いたやつ消してないじゃない、早く消してよ」
「む。それはすまない、すぐに消す。……シシノ君この話はまたの機会に……」
そう言ってエイジは教室へ戻っていった。ほっと胸をなでおろす。
ーーいやいやちょっと待て、今信じられない呼び方されてたぞあいつ。エロウ・エロジって、あだ名かあれ⁉︎
もはやいじめのような呼び名を当たり前のように受け入れていた様子を見るに、あの呼び方は浸透しているのだろう。だとしたら彼のエロさは周知の事実なのだ。
まさか転入して初めて喋った相手が、度を超えたレベルの変態だったとは。シシノはまだ初めての授業すら受けていないうちから、学校生活に対して不安を抱くのだった。
そろそろ授業が始まると見てシシノは教室へ戻る。席につこうと思うと、あることに気がついた。シエラの机の周りから人がいなくなっていて、皆それぞれ自分の席についているのである。まあ授業が始まりそうなのだから、それが普通のことなのかもしれないが、しかしどこか様子がおかしかった。
特に男子である。シエラの隣に座るシシノを、恨めしげに見ているのだ。
ーーなんだ? この短時間に何があった?
シシノが疑問を感じているとーー。
「ねえシシノ、ちょっと来て!」
シエラに手を引っ張られた。立ち上がり、そのままシシノを教室の外へと連れて行こうとする。
「お、おいシエラ、授業始まるんだぞ」
「お願い! 一限目は数学でしょ? わたしそれあんま興味ないし、いいからちょっと来て!」
「興味ないっておま……うわわっ」
ぐいぐいと引っ張る力は、シシノが抗ってもどうすることもできないものだった。こうなっては仕方がないと、シシノは諦めてシエラに着いて行った。
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ーーキーンコーンカーンコーン……。
屋上にいてもチャイムの音は聞こえてきた。
「あぁ……転校初日の初っぱなの授業からサボるとか、不良にも程あるぞ……」
顔を手で覆い、しゃがみこむシシノ。これではヤンキーだの不良だのと言われても仕方がない。
「ごめんシシノ……でもちょっと話したくて」
シシノと同じ目線までしゃがみこむシエラ。その声は申し訳なさそうであるが、シシノはこうして授業をすっぽかしたことについて、注意をしなければならないと思うのだった。
「あのなシエラ、学校ってのは嫌な授業も受けなきゃダメなんだぞ。きちんと学ぶべきことを学んで、それをちゃんと身につけないと卒業できないんだ。……だからこうして授業をサボんのはダメだ」
そういえば面と向かって注意をしたことは初めてだったかもしれない。シエラは思いの外シュンとしていた。
「ごめんなさい」
頭を下げるシエラ。どうやら反省は本物のようだ。
「……ごめんシシノ、初めての学校で戸惑っちゃって……それにあんなにたくさんの同い年の子に会うのも初めてで、いろいろ喋りかけられて、落ち着かなくって……横を見たらシシノはいつの間にかいなかったし……」
それを聞いてシシノは気がついた。
明るく振舞っていたが、シエラも不安だったのだ。きっとその気持ちは、シシノよりも大きいものだっただろう。何しろシエラは学校へ通ったことがないのだ。シシノも去年、その不安を感じたことを覚えていたので、シエラの気持ちは痛いほどに分かる。
だがそれに加えて、シエラは遠い遠い、ナヴァロッカという星から来ているのだ。ここにいるのはそんな事情を知らない人間だけで、話が通じるか、変だと思われないか、不安で仕方がないことだろう。
ーーおれが助けられてどうすんだよ。
シシノは朝礼の自己紹介を思い出していた。不安に飲まれそうだったとき、背中を叩いてくれたシエラ。だが、きっとシエラの不安は、シシノよりも大きかったはずなのだ。それを思ってシシノは恥じ入った。恥じ入って、反省した。
「ごめんなシエラ。そうだよな、おれだけじゃねえ、シエラも不安だよな。……おれがちゃんと側にいるから、少しは安心してくれ」
シシノがそう言うと、シエラは嬉しそうに瞳を輝かせ、シシノの手を握る。
「ありがとうシシノ! シシノも安心してね、わたしがついてるから! ちゃんと友達作れるように頑張るから!」
「わ、わかったわかった、顔が近えよ……」
ほとんどゼロ距離である。しかしシエラは恥ずかしげもなくそのままの距離を保とうとするので、シシノは自分から遠ざかった。
「? えっと……それでシシノ。シシノのその言葉を信じて頼みごとがあるんだけど……」
「ん? なんだよ改まって……」
シエラの口ぶりは重く、申し訳なさそうだ。だが今更頼みごとなどどうってことないとばかりに、シシノはドンと胸を叩く。
「ほら、言ってみろって!」
「うん! あのね、あまりに質問が多いから、クラスの誰かが、「昼休みに特設会場を作って一列に並んでシエラさんに一問一答で質問しよう」って提案しちゃって、あれよあれよと言う間に話が進んでいっちゃったの……それで……」
シエラはシシノの顔をチラリと覗き見る。
「シシノが隣にいるんだったらいいよって、OKしちゃったの……だからシシノ、昼休みに視聴覚室、わたしの隣にいて!」
手を合わせ頼み込むシエラ。なるほど、男子の視線の意味が分かった。あれは嫉妬の目だったのだ。それもそのはず、美少女転入生がもう一人のヤンキー転入生と知り合いかつ、頼りにしているような様子を見せれば、何かしら思うところがあるだろう。
ーーこれじゃ男子と仲良くするのは困難になるんじゃねえか?
初日から、シシノが思い描く学校生活からは、どんどん遠ざかっていきそうな気がするのだった。




