33話 ムッツリスケベは損をする
お目に止めていただきありがとうございます。
活動報告にも書かせていただいたのですが、次回の投稿までの間に、ランキングジャンルを「ローファンタジー」に変更致します。それによって今後の展開や設定は変わりませんので、今後もお付き合いいただけると幸いです。
「……おはようございます……」
「……あァ〜おはようございますゥ皆さァん」
「……おはよ〜」
「なんですか皆さんだらしないですね」
テキパキと朝食を作るネネさんは、ゾンビのようにゾロゾロと食卓へつくシシノ達三人に喝を入れる。
「いや、だってあんなに長くなるとは……」
三人が寝不足なのには理由があった。それは昨日の夕食時に始まった『家事当番』についての話し合いが、なかなか終わらず深夜にまで渡ってしまったからである。
シシノは昨日の様子を思い出す。
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激しい口論が繰り広げられていた。
「だから何度も言ってんだろデオドラさん! そんな当番は無ぇんだよ!」
「いやいやいやァ無いとしても作るべきでしょォ! 『ネネさんのお背中流す当番』! みんなでローテーション組んでやりましょうよォ! ほらほらァ! シシノ君にも回ってきますからァッ!」
「そんなローテーション回してたまるかよ! 最初はふざけてんのかと思ったけど、アンタこれガチだな! ガチで言ってんな⁉︎ ネネさんが寝たのをいいことに食い下がりやがって、こんなくだんねえ言い争いにどんだけ時間使うつもりだよ!」
「くだらないとはァッ⁉︎ シシノ君今くだらないと言いましたァッ⁉︎ ネネさんのお背中を流すことがくだらないと⁉︎ シシノ君は流したく無いと言うのですか⁉︎」
「んなこと言ってねえだろ!」
「じゃあ流したくないか流したいかで言えばどちらなんですゥ⁉︎」
「そんなの流したいに決まって……!」
言いかけてハッとする。シエラがそんなシシノをジトっとした目で見ていた。
「うっわぁシシノ、えっちぃ」
「な、なんでおれだけ……」
不公平だと抗議する。デオドラがこんなにもネネさんの背中を流すことに躍起になっていても何も言わないのに、なぜシシノが一瞬欲望を出せば睨みつけられなくてはならないのか。
「だって、デオドラは普段からこうだもの。今更何を言ったってどうにもならないし仕方ないもの。でもシシノみたいに普段真面目な人がそういうこと言うと……ちょっと引く」
シシノはさらに不公平さを感じた。その理屈では真面目な人間は損ではないか。普段からスケべな人間はスケべさを許されるのに、真面目な人間は少しでもスケべさをひけらかせば引かれてしまうのか。
「それっておかしくねぇ⁉︎ じゃあなにか? おれが普段スケべだったら今の発言には引かねえのか⁉︎ おれはこれからスケべ全開で生きていけばいいのか⁉︎ おっしゃデオドラさあん! 作ろうぜ『ネネさんのお背中流す当番』! 月水金がデオドラさん、火木土日がおれだあ!」
「シシノ君ってば一日多く設定するなんて欲張りィ‼︎ でも仕方ない、文句は言いませんよォ! ボクは週一でも満足です!」
「じゃあデオドラさん月曜だけな! 火水木金土日、後はぜーんぶおれだあ!」
「んッンンンン! 嘘ですよォ! 嘘嘘嘘! 満足しないしなァい! フェアにネネさんのお背中流しましょォ!」
男二人はリビング内をバカみたいにはしゃぎ回った。腕を組みルンルンとスキップして回っている。その様子は、バカみたいというよりはバカそのものだった。
シエラはそんな二人を絶句という感じで口をあんぐり開けて見ていたが、ハッとしたように抗議する。
「ば、ばっかじゃないの⁉︎ そんなのおかしいよ! シシノってば無理して、ス、……スケべなこと言っちゃって!」
デオドラと腕組みスキップをするシシノに向かって、シエラは叫んだ。だがそんな叫びをあしらうかのようにシシノは返答する。
「無理なんてしてません〜。おれは元からスケべですう! なんならシエラのお背中流す当番も作ろうかあ⁉︎」
「な、なななっ、何言ってんの⁉︎」
シシノの言葉に、シエラの顔はみるみる赤くなっていく。顔を覆ってうずくまってしまった。
「シシノってば、酷いよ……元に戻ってよお……」
シエラの言葉はいささか悲しげで、シシノとデオドラはスキップする足を止めて、組んでいた腕を解いた。
「シシノ君……言っていい冗談と悪ゥい冗談がある……女の子の背中を流す当番を作ろうだなんて、君はデリカシーがないにも程があるぞォ」
真面目な顔でシシノに説教するデオドラ。
ーーガチで言ってたアンタがなに言ってやがる。
こんなに響かない言葉があるものかと、そんなことを思いつつも、悪ノリがすぎたと反省するシシノ。うずくまるシエラに目線を合わせて語りかける。
「その、すまんシエラ。今のはおれが悪かった。もうふざけねえよ、ごめんな」
「……本当? シシノ、元に戻った? もうスケべじゃない?」
瞳をうるうるとさせて、シシノの顔を覗き込むシエラ。そこまで悲しくさせてしまっていたとは、シシノは己の行動に後悔した。取り繕おうと、優しい声でシエラに語りかける。
「さっきはめっちゃスケべに振舞ってたけど……今のおれは程よくスケべだ。これからもそうありたい」
「意味わかんないよ!」
シシノの頰に、ビンタが飛ぶ。鋭い痛みは一瞬で引いた。シエラはなかなかテクニカルなツッコミ用のビンタをお持ちのようだ。
「ねェシシノ君、それで、『ネネさんのお背中流す当番』は……」
ビンタを食らって倒れたシシノの顔を、不安げに覗き込みながらのデオドラの言葉だった。
「あ、アンタまだ言うのか! ないない、んなもん作んねえよ!」
「いい加減にしなさいデオドラっ!」
「いいややめませェん! この当番の必要性を訴え続けまァす!」
振り出しに戻った口論は、夜遅くまで、わーぎゃーと続いていった。こうして三人は寝不足になったのだった。
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「ほとんどデオドラさんのせいだよな本当」
シシノの言葉にうんうんと頷くシエラ。デオドラはネネさんが起きている手前なにも言えないのか、ただただすまし顔をしている。
ーーいい度胸してんなこの人……。
と、シシノが感心か呆れか分からない気持ちを抱いていると、ネネさんがコーヒーを淹れながら質問を投げかける。
「それで、当番については決まったのですか?」
「うん、まあ一応は……後でホワイトボードに書いときます。」
「わたしはまだお料理一人じゃできないから、ネネさん手伝ってくれる?」
「もちろんですともシエラ様。一緒にお料理しましょうねっ」
「ねー!」と声を合わせて言うネネさんとシエラ。非常に微笑ましいキャピキャピ具合である。
「ムムゥ。シシノくゥん、ボクらも対抗してキャピキャピしますゥ?」
「だから、結構です」
デオドラの謎の提案をまたもや切り捨てるシシノ。この提案を定番化するのだろうかと、一瞬不安になった。
ーーそれにしても、朝から賑やかだなあ。
シシノは賑わう食卓を見て、悪い気はしないのだった。
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その日、ネネさんは忙しそうだった。朝食後すぐさま出かけて行き、夕食の時間まで帰ってこなかった。
今は夕食後、七号室のリビングにて、ネネさんの招集によって話し合いの最中である。
「真面目な話です。ラッカフルリルの殺し屋が、次にいつやってくるか、大体の目星がつきました」
ネネさんの言葉に、シシノとシエラは目を丸くする。
だがシシノは、商店街に行った日の朝に、デオドラが言っていたことを思い出した。
「そうだデオドラさん言ってたよな、周期があるんだとかなんとか……」
「ええ。まさにその通りなのですシシノ様」
そう言ってネネさんは、ホワイトボードに何やら図を描き始めた。
「この真ん中の丸が野強羅。そしてこの周りを取り囲んでいるのが人工衛星です。現在ホムラノミヤ機関は、この人工衛星でこの星を監視しています。でもそれは野強羅の中ではなく、むしろ外、ナヴァロッカからの偵察機などが無いかを監視するものなのです」
そう言うとネネさんは丸の周りを取り囲む無数の点に、矢じるしを書き加え始めた。動きを表現したいのだろうが、いささかよくわからない。絵心がないのだ。
「人工衛星はこの星を取り囲み、その監視には隙がないように見えます。ですが、人工衛星達がこの星の周りを飛び回るにあたって、どうしてもお互いをカバーできない、いわゆる『穴』が、ある周期で、一定の期間開いてしまいます シエラ様とデオドラさんも、この期間の間にこの星へ来たから騒ぎになっていないだけなのです」
「ふうむそうなんだ。わたしは衝動的にナヴァロッカを飛び出したけど、本当に危ない行動だったんだね」
「なんとォ! シエラ様は何も知らずに宇宙船で飛び出して行ったのですかァ⁉︎ では偶然穴をすり抜けたと⁉︎」
「うん。でもおかげでシシノに会えたし、ラッキーだね」
偶然にしては出来すぎているとは思ったが、シシノはシエラの言葉が嬉しくて、そんな考えはどこかへ押しやってしまった。
「それで、次の殺し屋はいつ来そうなんですか?」
ハッキリとしておいた方がいいだろう。シシノはネネさんに質問を投げかけた。
「ええ、そうですね、具体的には、来週の土曜日に穴が開きます。シシノ様が次の学校へ通い始めてから初めての休日のときですね」
「一週間とそこらか……」
「はい。ですが、そう簡単にはここにはたどり着けないと思います。デオドラさんの発信機はすでに、世界各地を渡り始めていますので」
そういえばその後の経緯を聞いていなかったが、デオドラの発信機を使って撹乱工作をしていたのだった。
「なるべく、デオドラさんがシエラ様を探していると錯覚させるように動いています。リアリティのある動きです。きっと騙されるはずでしょう。……ですが!」
そこまで言うとネネさんは、人差し指を突き立て皆の注目を集めさせた。
「いいですか、その土曜日以降、怪しい人物には決して近寄らないこと、特にシシノ様です。この町に直接殺し屋が降り立つ可能性もゼロではありません。……確認しますが、シエラ様とデオドラさんは、その相手が一目見ればラッカフルリルの殺し屋かどうか分かるものなのですか?」
シエラとデオドラは首を振る。
「その辺は結構難しいィ。『四骸』や『煤払い』の人物ならば一目で分かりますが、それより下の『二つ名持ち』からは、人数も多く、支部も分かれているので、全員の顔は把握できていません。なので、その下位のメンバーに来られたら、気づかないかもしれませんね。……まあそうであればシエラ様もボクも、戦いになれば負けることはないので退けるのは簡単なのですが」
「ふむ、なるほど。ではお二人もお気をつけておいてくださいね。……まあ今日の報告はこれくらいでしょうかね」
非常に事務的な報告だったが、シシノは危機感を覚えていた。もし自分が殺し屋に襲われたらと思うと不安になる。
つい先日、自分が不死身ではないと思い知らされたばかりだ。次に強力な殺し屋に襲われれば、シシノはどうなってしまうか分からない。
戦えるようになるためには、鍛えなければ。シシノはそう気を引き締めるのだった。




