残された子 残された者
リエン
「優しい子だったのよ・・・・なのにどうしてぇええ、どうしてなの・・・」
エレナ、ハイエルフの精鋭イルの族長は涙を知らない。
これは森羅全ての民の周知だ。
最愛のゼンが死んだときが最後と言われているが、誰も目にしていない。
それが今、指揮を忘れ、結晶をかき集め、ひれ伏し、涙に、土に、泥に、自ら握り締めた血に塗れ、縋っている。
私は、エレナが泣いているのを見て、何ができると思った?
できない・・・。こんなにも痛々しいものなのかッ!
「ギルバート様」
「あ、ああ・・・このままでは行くまい」
隣にルミエナが立っていることにも気づかなかったのか。
隊長はルミエナなのだ、わたしはあくまでエレナの・・・
そうだ、夫なのだ。
この場合の指揮は隊ではない。
ルミエナが一歩引いて指示を待っている。
「気を遣わせた」
「いえ」
さすがに大人になったものだ。
エレナをあやかって真似ばかりしていた子供が、赤い装飾のついた軽鎧着たときは笑えたものだったが今はなんと頼もしいことか。
戦闘は負けるとしても、このような場面でわたしは代理をしなければならないのだ。
3百オーバーの中堅エルフとして50にもならない小娘に心配されるなどあってはならない。
「皆は状況の確認を急げ! 怪我をしているものは癒し手に! 死者は、リーダーが責任を持って把握し、私へ報告を。皆、散れ!」
振り絞った覇気に、皆がいっせいに背筋を伸ばす。
「わ、わたしもですか?」
「散るんだ・・・ルミエナ、頼む」
「了解いたしました。エレナ様を頼みます」
ひるがえる背中はなんと雄雄しいことか。
わたしもなんとか及第点だが、これからだ。
「さぁ、ここからは向こう100年は出入りもできない! 新米はニルを経由、少数を隠居に伝え異常がないかを確認せよ! 残りは戦果の剥ぎ取り、回収! 状況を把握せよ!」
ルミエナが言うないやなや、親衛隊はすぐに行動を開始したが、精鋭の中でも、単純な隊は・・・
「ぞ、ぞくちょうぉ」
「お、おいたわしい」
遠くから声をかけようとしている。
まずい・・・それはまずい!
わたしが、声を張ろうとした時だった。
「黙らんか!? 知れ物が!!」
「「「「「ひぃ!」」」」」」
バリスタ殿だった。
助かった、あれほどの覇気、私には無理だ。
なんという怒り、憤怒。迫力か・・・ルミエナまで固まっている。
「思うところあるならば! 散れ! それがわしらのできることだ! よいか、貴様らもそうわしも、ちっぽけな同情など許されんことをしてきたのだ!ただそれは、無碍ではなかった! 崇高なものだ! 自覚せよ! そして背負え! 他人事など決して許さん! 我らは同胞! それも英雄の子を犠牲に見苦しくも生き残ったのだ! これ以上汚すことを許さん、これ以上・・憐れむ事など許されん・・・悲しむことなど、エレナいがいは認められん。・・・それが、親にも抱かれず、友もなく、同胞も空しくともそれに命を懸けた英雄への礼儀だ・・・そうじゃろ」
バリスタ殿・・・
泣いているのか?・・・やはり、孫のように思っていたのですね。
気丈な老エルフといえば、バリスタ殿を置いて他にいない。
イルのエレナ様はもとより、他の村の統制まで取れるといわれるほどの人物だ。
頭が切れ、目じりは細く衰えを知らない。
戦闘に関しても、魔法を駆使した体術は妙技と聞く。
隠居された後は、エレナの片腕として私以上に手腕を駆使している。
普段はそんなそぶりはまったく見せぬところがその統制の行き届いたところだろう。
そんな彼が、震えている。
「聞いたか! さっさと動け! イルの精鋭よ、親衛隊よ! そして集まりし若い兵よ! 誇りあるうちに動け!」
「「「「「はい!!」」」」」」
ルミエナの恫喝の元、今度こそ残ったのは3人だ。
「バリスタ殿」
「もう少し、しゃんとしなさい」
「申し訳ございません」
「もう少し・・・もう少しだったのだ」
「はい・・・。立派な最後でした」
「そうか・・・見たのか?禁術を」
「はい、まさに英雄の力でした」
「どんな顔だったか」
「子供のようでした。最後は必死に、求めてそして願っていました」
「うらんでいような」
「それよりも、願っているでしょう、エルフの無事を。エレナ様の無事を」
「わしは・・・」
「わたしもです!」
「! そうだな。だが、わしは本当に期待していたのだ。しばし離れる」
「・・・はい、エレナには」
「見てられん・・・ゼンに誓ったおぬしに託す、もう疲れた、あまったれて壊れそうなら呼べだが、そのときは貴様を許さん、試しているのだぞ。いいな」
「かしこ・・まりました」
「えん・・・・りぇんんちゃん・・・りえ」
託すといった瞬間に、老エルフは始めて隠居の道を選んだ気がした。
それほどに小さくなった。
わたしは、ゼンと約束した。
貴様が死んだあとは、私が臣下としてこの方を支えると。
夫として、エレナをささえると。
だが、できるのか・・・。狂うとはこういうことではないのか・・・。
結晶化したそれを血が出るほど握り締め、魔力を放出している。
吸わせようとしている。
そんなことは無理だ。エレナ・・・それでどうするのだ・・・
危険な状態だ。
手を伸ばすが・・・・何を言えばいい・・・
リエンのことを言うしかないのか・・・
だが・・・私にそんな資格があるのか。
まさか、本当にこんな魔法を使わせるときが来るとは・・・本当に思わなかったか?
否だ。
そばに近寄らせなかったのは、リエンのため、エレナのため。
否だ。
いい訳だった。都合がいいと思った。
ゼンの遺言どおりとはいえ、わたしとの間にミレイを生んでもらった、あのときから・・・
なんと醜いことか。
あんなにキラキラした瞳を持った少年を死兵にと訓練を薦めたわたしは、本当にわたしなのか・・・悪魔ではないか!
救いがあるとしてもこれからだった、本当にエレナはリエンを可愛がること誓っていたのに・・・それに対しては?・・今誇れる最後の保険にすぎない。
今となってはその保険も誇りもない。言い訳も立たない。
だが、あの時は・・・体に障る? まだ、試練が終わってない?
なんていいわけだ、何を探している! 私がすべきことはわたしの理由探しではない!・・・。
「あああ!あああああ!」
結晶に魔力をこめたがためか、光を持ったのもつかの間、すぐに消えていくそれにリエンを重ねている。
っく・・・・・・・・
今となっても、前に振り返っても、結局のところ、村の決定を是とし、わたしも嫉妬していたことを痛感させ、後悔させる!
いらだつ。憤る。全ては遅い!!
村にいたっては忌み嫌い・・・それどうだ・・・この状況は。
才能だけは認め、言い訳をつくり、守りの試練といいつつ、死地を味あわせ、そして本当に死んでしまった! 殺してしまった!
ゼン・・・・
すまない・・・本当にすまない、お前の子は、私が見殺し、村が殺し、エレナは・・・
壊れそうだ。
だが、それだけは・・・この命に代えても。
いや、思ってもないことを言うのだ。
たとえ悪魔のような詭弁をつらねようとも・・・。
「いつまでそうしてるつもりだい」
「・・・・・・」
「付き合うよ。リエンはわたしの子でもある」
どの口が言う・・・、コブシに力が入るのをそっと抜く。
「・・・・・・」
「本当に似ていたな。ゼンと・・・そして君とも」
「どこが・・・ねぇ・・・知らないでしょ? 私も知らないのに」
恐ろしい形相だ。
これでは魔女ではないか。
指が、爪が、わたしに突き刺さり血がでている。
「見た目だって、似ていただろ」
知らないが報告ではだが
「勇気もあった、あの過酷な訓練を全うしたらしい」
「そうよ、誰よりも、だからあんな試練なんて・・・」
「すごい子だ、誇らしいじゃないか、そんな子の母がこれでいいのか? リエンはみているんじゃないか?」
「!? そ、そうよ。そうね・・・でももう少し」
「ああ、もう少しこうしていよう」
「そしたら帰ってくる?」
「! 認めるんだ! エレナ! 彼は死んだ! だがっツ」
「そうよ!!! 認められようと必死だったのよ!でも!死んだら意味なんてない!!!」
パシン
「な、なに・・・」
「・・・・それは言わないでくれ」
「な、なくの? あなたも・・・」
「あ、いや、わたしは、ふがいない・・・すまない・・・だが、本当に本当に、それだけは言わないでほしい。意味なんてあるじゃないか。ミレイもこれから育つ、村も救われた、そして私たちはリエンのおかげで生きている。集めよう・・・それはリエンの様じゃないか。美しく儚い。青い瞳に綺麗な光を宿して・・・返事をしたんだ・・・返事を・・・あっく、すまない。彼が、守人になるんだって言ったのがたまらなく、脳裏に蘇って」
「うん・・・うぅん・・・守人になって立派な・・・って」
「さぁ、拾うよ・・・」
「リエン・・・りえん。ゼン・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
「ありがとう・・・・英雄よ、そして英雄の子よ。どうか、勇者のごとき最後に祝福があらんことを」
なにがなんだか分からないままわたしも、狂じてかけらを拾っていった。
修正はおいおいしていきます!
つたないものを読んでいただきありがとうございます!