7話、勇者タカシは顧客の存在を考えた
昼下がり、スライムの森。かすかに風が吹き、木漏れ日が地面に揺れた。
けだるい空気の中、タカシは、じっと木の陰に隠れている。視線の先には、つり下げられた餌の下で跳ねまわっているスライムたち。
タイミングを見計らってタカシは飛び出し、捕虫網を振ってスライムを捕えた。
驚いて激しく飛び跳ねているスライムを逃がさないように荷車まで持っていく。上に乗っている木の箱のふたを開き、網の中のスライムを一度に入れた。
箱の側面の金網をのぞくと、百匹以上のスライムがうごめいている。タカシは満足げに、腰に下げてあるタオルで顔の汗を拭く。
スライムの捕獲方法は、さらに効率化していた。荷車を安く買って、その上に一メートル立方の木箱を設置した。上のふたを開けて、ろうと状に取り付けた網の中に捕獲したスライムを入れるという方法だ。網は先が狭くなっているので、一度入れたスライムが飛び出してくるということはない。
タカシは荷車を引くと森の外を目指した。スライムに噛まれるという事態を懸念して、森の奥に入ることはしなかった。
森を出て、町外れのベルギー商会に向かう。ずっとスライムばかり売っているので、その店の店主とはなじみになっている。
向こうから誰かが歩いてきた。
「やあ、タカシさん。今日も頑張ってるねえ」
リュックを背負ってやってきたのは近くの農家の老人だった。
麦わら帽子で強くなり始めた日差しをよけ、農作業の服を着て、にこやかにタカシに笑いかけてきた。
「ああ、おじいさん。こんにちは」
軽く会釈する。森の近くに農場があるので、よく会う人だった。
「今日もいっぱい取ったねえ」
スライムの箱を見てリュックを下ろした。中から紙袋を取り出す。
「良かったら、食ってくれよ」
そう言って差し出された袋の中にはパンなどの食料品が入っていた。
「いいんですか。すいませんねえ」
タカシは遠慮せずに笑顔で受け取った。
「いいや、タカシさんがスライムを取ってくれるおかげで俺たちは助かってるんだ。そのお礼だよ」
スライムは臆病だが、たまに森の中に入る人を襲うことがある。縄張りというものがあり、そこに入ってくる人間を噛んだりするのだ。
じゃあ、といって老人は去って行った。
タカシは、えも言われぬ幸福感を感じ、紙袋を荷台に置いてあるバッグに入れる。
そして、再び町を目指す。重みのある荷車を引きながら考えた。
今まで思ったことはなかったが、スライム捕獲という労働の先には顧客というものが存在したのだ。農家の人たちからお金をもらっている訳ではないので、お客とは言えないかもしれないが、潜在的な顧客と言えるだろう。
自分が働いている意味はなんだろう。労働の意味とはどういったものか。
一つめは、生活費を稼ぐためにスライムを捕っている。それは間違いではない。それに、一流のスライム捕りになって人からほめられたい。それもあるかもしれない。三つめは、他人を喜ばせるために労働をする。それを念頭に置くことにより、生き生きと働くことができるのではないか。自分がなんのために労働力を提供して、それがどのように社会の役に立っているかを考える、それが重要なのだろう。
日は西に傾いて、荒れた一本道の先に街並みが見える。
タカシは自分の父親のことを思い浮かべた。毎晩遅くなってから帰宅し、雑巾のように疲れ果ててビールを飲んで寝てしまう。自分のことを相談したくても家庭のことには無関心な父だった。会社で働いて給料を稼いでいれば文句はないだろうという姿勢で取りつく島がない。
自分は父のようにはなりたくないと思っているが、結局は同じようになってしまうのだろうなという、あきらめにも似た不安感を持っていた。しかし、今では、それは間違っていると分かった。会社では生き生きと働くことが正しいのだ。そのような職場を作ることこそがマネジメントというものなのだ。
会社組織は社員の労働をインプットして成果という仕事を出力する。
ゆえに、社員を生き生きと働かせるためには、社会に受け入れられる、社会適合性のある仕事をしなければならない。
でこぼこ道が平坦になり、町が近づいてくる。
一日中働いて疲れているはずだったが、タカシの歩みは軽かった。