6話、勇者タカシは自分の強みを考えた
翌朝、タカシは半分残しておいたパンを食べてから『マネジメント』を開いた。
薬を飲んでいるので体調は回復している。
人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることである。
昨夜のページを開くと、その一節が心に飛び込んできた。
イスの背もたれに体重をかけ、天井を見上げる。
人の強み? じゃあ、俺の強みとはなんだろう。運動はダメだし勉強もそんなに得意ではない。特に優れているところはないよなあ。そう考えてタカシは目をつむった。
過去を思い出すと嫌な場面しか出てこない。現実から逃げるようにネットゲームにのめり込んでいた。では自分には何もないのだろうか。しばらく思考して目を開ける。そうだ、考えるということは他人と同じようにできる。自分の強みとは考えることではないだろうか。
考えるということが重要なのだ。
他に何か役に立つことはないかと、本のページをめくる。「2、企業とは何か」という項目を見た。彼にとって良く分からないことが羅列してある。最後の方に「マーケティングとイノベーションだけが成果をもらたす」と書いてある。
イノベーションとはなんだろう。次の「イノベーション――新しい満足を生み出す」の節を読んだ。
企業というものは、より大きくなる必要はないが、より良くならなければならない。
そうか、仕事とは常に改善していけなければならないのか。タカシはそう解釈した。
イスから立ち上がり、宿を出て町に向かう。
雑貨店で革手袋や必要な物を買い、露店でパンを買って宿に戻った。裏のゴミ捨て場から大きめの布袋を拾い、その口を締めるために紐を取り付ける。
準備ができると、荷物を持ってスライムの森に向かった。
昼過ぎ、森の中に入るとスライムが飛び跳ねながら逃げていく。それは元々臆病な生き物で、危険を感じない限りは、ほとんど襲ってくることはない。
例の場所に着くと、袋はなくなっていたがトングと捕虫網は残っていた。
タカシはそれらを拾うと森の外側に向かった。奥では何かあったときに逃げられないからだ。
じっとしているスライムを見付けた。気付かれないように、そっと近づく。両手に革手袋をはめた。手が震えて鼓動が速くなる。噛まれたときのことを思い出す。トラウマが疼きだした。
パンを食べるためには、スライムを捕まえなければならない。恐怖心を押さえつけ、一気に飛び出して捕虫網を振った。
網の中で飛び跳ねるスライム。タカシは袋の紐を緩めて口を開け、そこにスライムを入れた。口を閉じてから、その下に取り付けた2段目の紐を緩めてスライムを袋の下に落としこんだ。
つまり、スライムから噛まれないようにロックを二重にしたのだ。捕獲したスライムが逃げ出さないように2段目のひもを締めてから1段目のスペースに捕まえたばかりのスライムを入れる。そして、2段目――袋の底――に落とすという方法だった。
タカシは仕事の改善をしたのだ。
なんとか夕暮れまでに10匹を捕まえた。効率は良くなったわけではないが、噛まれる心配がないので安心感がある。
スライムをベルギー商会に売ってから宿に戻った。
『マネジメント』を読みながら、仕事の改善についてのアイディアを考え続けた。タカシにとって思考するという作業は快感だった。考えるということ自体が楽しかったし、仕事を改善すれば収入が増えることにつながるからだ。
今まではスライムを追いかけていた。それでは体力を消耗するし効率が悪い。もっと良い方法はないかなあ。タカシは腕組みをして首をかしげた。
翌朝、タカシは森の周辺でバッタを捕まえた。それは日本のバッタと同じような体形をしていて、スライムの食糧だった。
小さな網の袋にたくさんのバッタを入れ、木の枝につり下げる。
しばらく茂みの陰で待っていると、スライムが次々と枝の下に集まり始めた。飛び跳ねてバッタを食べようとするが、ギリギリ届かない。
タカシは飛び出して、網でスライムたちを捕まえた。中で6匹ほどが飛び跳ねている。大猟だった。
その日は夕方までに100匹のスライムを捕獲した。売れば1万リラになる。タカシは10キログラムの袋を背負っていたが、口元は緩んで生き生きとした表情だった。