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8話、飛行少女アリサ

 話は少し前に戻る


 アリサは飛行魔法によって大空を飛んでいた。

 トルティア城の作戦本部から直接の命令を受けて、ガリア砦に急いでいる。

 晴れ渡った秋空。冷たくなりかけている風を突き抜けて少女は職務を遂行中なのだ。その命令は彼女にとって気分が良いものではなかったが、責任感の強いアリサは黙して命令を受け、それを実行するしかない。


「待ちな、お嬢ちゃん」

 アリサの背後から声がした。

 振り向くと、背中に黒い翼を持った女がアリサを追いかけて来る。それは魔族の女だった。魔族の女は通常、魔女と呼ばれる。

 黒い髪からは二本の小さな角が伸びていた。外人のように大柄な体と彫りの深い顔、赤い唇。碧眼の女は黒い水着のような露出過多の衣装だった。疲労を少なくして空を飛ぶためにはアリサと同じく服も軽量化しなければならない。

「砦には行かせないよ」

 革製のボンデージファッションが白い肌に食い込むようなボリュームのある体。魔女は腰に差してある短剣を抜いた。そして、下降して加速し、アリサの下を通って前方に立ち塞がった。止められたアリサも腰の短剣を抜く。

「あなたは誰です?」

 魔女が急接近し、アリサめがけて短剣を振り下ろす。アリサは反射的に短剣で受け止めた。女の顔が目の前に迫る。

「あたしの名前はマルガリータさ。こんな辺境に貴重な飛行魔法使いを投入するなんて珍しいねえ」

 不敵な笑いを浮かべた魔女はコウモリのような黒い大きな翼を羽ばたかせ、アリサの腹を黒いブーツで蹴った。

「キャッ」

 小さく悲鳴を上げ、腹を押さえて落下する飛行少女。魔法力が途絶えて背中の小さい翼が消えていた。銀髪のポニーテールがクルクルと舞う。

 地面に激突する直前にアリサは魔法を再発動させてV字上昇した。砦に向かい、全速力で空中を疾走する。後方上空から追跡する魔女。

 砦に近づくと、いきなり下から矢が飛んできた。魔族陣営からの攻撃だった。突き上げるように向かってくる多数の矢をよけながら必死に飛ぶアリサ。

 上昇すれば魔女にやられるし、このまま飛行すれば弓矢の餌食になることが確実だった。

 アリサは降下して地面すれすれを飛ぶ。土煙を巻き上げながら陣営のモンスターたちの間を縫うようにすり抜ける。陣営を離れると急上昇して矢の射程範囲外に逃れた。

 しかし、後ろから魔女が追いかけてくる。

「逃がさないよ」

 ジリジリと距離を詰めてくる。瞬発的な速度はアリサの方が上だったが、長い距離を飛行してきたので疲労が溜まっている。そのためにスピードが落ちてきた。

 そのとき、砦から矢が飛んできて魔女の翼に命中した。柵で待機していたニコラスの射撃だった。魔法によって実体化している翼が消散する。バランスを崩して落下するマルガリータ。


 アリサの飛行魔法は魔法力のみによって空中を飛ぶものだが、魔女の方は、飛行魔法力に加えて、魔法によって実体化している翼の揚力によって飛行する方法だ。

 アリサの方はスピードが上で旋回力も高い。だが、長距離飛行となると疲労が大きいので休みながら行くしかない。


 敵から逃れてアリサは大きく安堵のため息をつく。

 砦の上空に達してから作戦本部の建物を確認。アリサは体勢を整えてゆっくりと降りていった。

 アリサがビルの屋上に近づくと、見覚えがあるベイカー司令官とサマーズ隊長の顔があった。それに一騎当千の剣士として有名なロバート。視線を横にずらすと見たことがない少年。普段着姿の小柄で平凡な様相という印象だった。

 大きく深呼吸して気を取り直すとアリサは無理に笑顔を作った。嫌な任務だからこそ平静でいなければ……。屋上に着地して背筋を伸ばす。

「特殊通信兵のアリサです。ただ今、到着しました」

 少女はニコリと笑って敬礼をした。



*** 8話終了


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