6話、防衛
砦を包囲したのは20名の魔族を含む、1万2000の大軍だった。
モラクス将軍は元々、1万の兵を率いていたが、ザガン将軍が戦死したことにより、その二千の兵隊を吸収したのだ。それには敗軍をとりまとめて帰還したストラス参謀も含まれていた。
軍の内容はコボルトが約5000匹にリザードマンが6000匹ほど、それにホビット族が1000人余り。
ホビット族は身長が1メートル強の小人で緑色の肌をしている。体力はなく腕力も弱い。しかし、人間並みの知能を持ち、補給や工作、伝令係などの後方任務を担当している。
魔王軍は各所にテントを張って一晩の休息をとった翌朝、ガリア砦の南門に兵を集中し始めた。
ガリア砦では、援軍を要請するために急いで伝書鳩を飛ばす。しかし、その返事が返ってくるまでは、最低でも1週間を要するのだ。
ベイカー司令官とサマーズ隊長、それにロバートとタカシは、南門に近い物見やぐらに上り、集結してくるモンスターの群れに憂鬱な視線を送っていた。
南門の罠は不完全ながらも何とか完成し、入り口付近にワラを敷いてカモフラージュしている。しかし、味方の1200名に対し敵の兵力は十倍だ。門を突破されたら敗北以外の未来図はない。
敵兵の一団が門に近寄ってきた。
6名ほどの騎兵を守るように囲んで、リザードマンが大きな木の盾をもって歩いてくる。
「私は司令官のモラクスだ! 剣士ロバートはいるか!」
馬上で怒鳴ったのは燃えるような赤い髪をしたモラクス将軍。黒い軍服に身を包み、優しそうな顔だが攻撃的なオーラを放つ。
「お前に殺されたザガン将軍は私の兄だ。この場で一騎打ちを所望したい!」
敵味方とも音を無くしたように静まった。
「どうしたロバート! 臆したかあ! 臆病者め、腰が抜けたかあ! お前の勇名が泣くぞ」
静けさに浸された南門に若い魔族の怒声が響いた。
砦の物見やぐら。その上でモラクス将軍の口上を聞いていたロバートは剣のさやを握りしめて下に降りようとする。
「ダメだよ。ロバートさん」
タカシがロバートの腕をつかんで止めた。振り向いた彼の顔は戦士の表情であり、涼やかな目には突き刺すような光があった。
「行かせてくれ。剣士として一騎打ちを申し込まれたからには逃げるわけにいかない。それに将軍を殺せば敵は瓦解するはずだ」
興奮は含まれていたが冷静な口調だった。
「ロバート君、やめた方がいい」
諭したのはベイカー司令官。まだ45歳だが白髪が多い。普段は温厚だが、今は厳しい視線でロバートを制する。
「負ければそれまでだし、勝ったとしても周りの兵から袋叩きにあう。どちらにしても殺されてしまうだろう」
ロバートは黙して上を向き、深く息を吐くと二の腕をつかんでいるタカシを押しのけようとする。
「どうして命を粗末にするんだよお! そんなに剣士とやらのプライドが大事なの。そんなの匹夫の勇じゃないか」
タカシは腕を放さない。
「ロバートさんが殺されたら砦の戦力は激減する。自分の都合よりも味方全体のことを考えるのが勇者というものじゃないの!」
ロバートは動きを止めて、また空を見上げる。秋の空は澄み渡り、地上の争いなど関知していないよう。
「分かったよ、タカシ君」
ロバートは、ゆがんだ笑いを浮かべて、ゆっくりとタカシの手をほどき、魔王軍の方を向いて腕組みをした。
少し待っていたが、動きがないのでモラクス将軍はあきらめて下がっていく。
しばらくして魔王軍の陣営から突撃ラッパが吹き鳴らされ、盾を持ったリザードマンの一団が声を上げ剣を振りかざして門に突進してきた。
「迎撃開始! 矢を放て!」
やぐらの上からベイカー司令官の命令が下る。
柵の内側にずらりと並んだ弓兵が一斉に矢を放った。先頭のリザードマンたちがバタバタと倒れていく。しかし、魔王軍はひるまずに進撃してきた。
やがて敵は柵の前まで肉薄し、多少の抵抗の後に貧弱な南門は破られて魔王軍が突入してきた。
「後退! 最終防衛線まで下がれ!」
最終防衛線――それは丸太を組み合わせ、逆もぎを取り付けた頑丈な柵だった。直径が50メートルほどのゆがんだ半円形をしていて、その中は50センチほど掘り下げられて窪地となっている。
砦の兵は槍を構えて柵の手前側に応戦の体勢をとった。
リザードマンたちは盾を構えて、半円の中に捕らわれるように窪地に突入。
しかし、突撃は容易ではなかった。ワラによって隠されていた多数の落とし穴に次々と足を取られて倒れたからだ。穴には水が満たされていて落ちたモンスターの動きを鈍くする。そこに人間軍から放たれた矢が容赦なく突き刺さった。
悲鳴と咆吼と怒声、それに血しぶきと流血の激戦。少なからぬ犠牲を無視し、魔王軍は味方の死骸を踏み越えて柵の手前まで前進してきた。
砦の兵は柵の隙間から槍を突き刺す。リザードマンは悲鳴を上げ、傷口を押さえて倒れ込む。後は冷酷な槍の餌食になるしかない。
柵を挟んで激戦が繰り広げられているとき、門の向こう側に待機していた魔王軍の中から6騎が飛び出してきた。
その騎兵たちは尋常ではないスピードで窪地に走り込み、モンスターの死骸を踏みつけて柵に迫る。そして、馬は未完成部分の低い柵を飛び越えて侵入してきた。
「しまった。中に入られてしまった。このままでは防衛線が破られてしまう」
ベイカー司令官は顔をゆがめる。
「敵は6騎だけだ。何としても始末しろ!」
司令官が下の兵に向かって命令した。
近くの兵が剣を抜いて6騎を包囲する。しかし、敵は強く、馬上から長剣を振り回して砦の兵をなぎ倒していった。
「ロバート! ロバートはいるか! 出てこい。そして、俺と勝負しろ!」
馬を巧みに操っている魔族の将軍は強引に果たし合いを求める。
「やれやれ、またモラクス将軍か。やつは司令官のくせにスタンドプレーが好きで好きでしょうがないらしい……」
サマーズ隊長は愚痴とともにため息を漏らす。
「今度こそは行かなければならないだろう」
ロバートが後ろを向き、ハシゴを下りようとする。
「いや、ダメだ。モラクスは強いし、周りを固めているのは近衛兵だろう。いくら君が強くても6人がかりで攻めてこられたら殺されてしまう」
ベイカー司令官が語気強くロバートを引き留めた。
「では、どうしたら良いのですか。このままでは柵が破られて砦が落とされてしまう」
ロバートが司令官に詰め寄った。だが、ベイカーは何も答えることができなかった。
やぐらの上、途方に暮れて皆が黙り込んでいる中、タカシは作戦を考える。
まず、マーケティング。現状把握をしなければ。
現在の目的は、南門の罠を発動させて敵を撃退すること。
戦術的な要素としては、門の罠と窪地に集中しているモンスター。それに砦の守備兵と、中に侵入したモラクス将軍、近衛兵。後は、優秀な剣士であるロバートさん。
次にイノベーション。作戦立案だ。
今のポイントは、中に入り込んだ将軍たち。放置すれば味方は敗北する。対応としては殺すか無力化するか、それとも除去するか。
考え込んでいるとき、タカシはロバートが自分を見ていることに気がついた。ロバートだけではない、サマーズ隊長とベイカー司令官も何かを求めるようにタカシを注視していたのだ。
頼られることに慣れていないタカシは下を向いた……。
*** 6話、終了
話の最後の方に、タカシはマーケティングとイノベーションによって窮地を脱する作戦を考えています。
実際の経営では、考え方が少し違うと思いますが、このストーリーに合うように多少強引に当てはめています。それによってドラッカー理論の大まかな内容を理解してくれれば良いと思って適用しました。




