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6話、タカシはピンチに陥った


 数日後、ロバートたちと一緒にタカシも廃虚都市に向かう。

 ギルドに雇われた勇者のパーティによって、かなりの数のコボルトを退治していたのだが、一向に減る気配がなかった。大陸の中央で行われている戦いから逃げ出してきたコボルトが次々とやってくるので、全体数はそんなに減っていなかったのだ。


 ロバートのパーティ一行を乗せた馬車は、遺跡の石畳を進む。

 コボルト退治に来るたび道路の障害物を片付けていたので、馬車はすんなりと廃虚の中央部に向かうことができる。

 このファンタジー世界にも日本のような季節がある。日差しが弱まり、風も薄い水色に変ってきた。

 石畳の隙間から雑草が伸びている荒れた広場で、タカシはロバートたちを送りだした。タカシは二頭の馬を近くの草むらにつなぐ。そして適当な路地を選んで、散乱している木の枝などを使ってバリケードを作った。それはコボルトが襲ってきたときの罠だ。

 木陰に布を敷いて、タカシとジョディ、パトリシアは一休みする。

「ねえ、ジョディ。勇者の宿の風呂の件なんだけど……」

 タカシはコップでお茶を飲んでいるジョディに話しかけた。

 はい? と返事をして小さな顔を向ける。

「順番をはっきりさせるために、入口に看板をかけるようにしたらどうかなあ。今は男が入っています、というように」

「そうですね」

 ジョディは首を少し傾けて大きな目でタカシを見た。

「でも、今まで問題はなかったのに、どうしてそんなことを言うんですか」

 和服のような服装のパトリシアが訊ねる。

「そ、それは……、その、ほら、万が一でも間違って入ってきたらまずいでしょ」

 タカシの脳裏に先日の風呂のシーンがプレイバックする。

「まあ、それは言えますね。またタカシさんに裸を見られたら困りますから」

 パトリシアはそう言ってくすりと笑う。ジョディはキッとタカシを睨む。

「いや、あれは事故ですから。わざとじゃないですよぉ」

 赤面して汗をふきだしているタカシを見て、パトリシアは笑った。

 大型犬のジローは地面に寝そべったまま首を上げてタカシを見た。


 やがてロバートたちが帰ってきたので、タカシはテーブルに昼食の準備を始めた。

 食事が終わり、ロバートは草の上に横になった。

「今日は収穫ゼロだな」

 いつもは革の防具にコボルトと戦ったときの返り血が付いているのだが、今日は全く汚れていない。

「もうコボルトはいなくなったかな」

 カリーナの言葉に大男のバロンがうなずく。

「私たちに恐れをなして遺跡から逃げていったのかもしれない」

 そうだろうか。タカシはロバート考えは違うような気がした。少数のロバートたちが暴れ回ってもコボルトにとっては、そんなに脅威じゃないと思う。一時的に隠れてやり過ごしているように感じた。

「こんな辺境でくすぶっているよりも中央の前線で魔王族と剣を交えたいものだ」

 魔王族とはモンスター軍の全体を統率している一族で、大陸の西側に魔王城という本拠地を構えて人間に戦いを挑んでいる。現在は大陸全体が魔王軍と人間との全面戦争になっていた。

「前線に行くときは君たちも付いてきてくれるかい」

 ロバートの問いかけにバロンは無言でゆっくりと頷いた。

「カリーナはどうだい」

「あたしはリーダーについていくさ……」

 そう言ってタカシの方を向く。

「タカシはどうするよ。あたしと一緒に戦いに行くか」

 ジョディとパトリシアがタカシの方を振り向く。

 どうすれば良いのだろう。今まではコボルトを退治することばかり考えて、その先のことを思っていなかった。タカシは迷う視線を空に向ける。青い空には薄い筋のような雲が流れていた。

「タカシ君には無理だろう。以前のようにスライムの仕事を続けた方がいいよ」

 ロバートはタカシの方を向かずに高いビルを眺めている。

 ああ、この人は僕のことを頼りない人間と評価しているなと思い、タカシは悔しいと感じたが、それも仕方がないのかとも思った。剣の素質はないし、戦いの経験も少ない。剣士にとって必要なのは一緒に戦闘してくれる頼もしい仲間なのだろう。そう思うと、これ以上の戦いはやめてパターソンの町でのんびりとスライムの商売をしていた方が僕に合っているのかなとタカシは諦めに似た感情を覚えた。


 しばらく休んでから廃虚の奥を目指した。馬車の後を犬のジローが荷車を引いて追いかけていく。

 午後からも全くコボルトと遭遇することはなかった。遺跡の中央部まで進み、夕方になって、

「ここでキャンプするか」

 ロバートが指さしたのは、崩れかけた家だった。金属のようなセラミックのような素材で出来た家は、千年以上の歳月を経ても強度を保っている。そのような場所でもテントよりはマシだった。

「でも、そこはちょっと……」

 タカシは異論をつぶやく。

「何かあるのかい」

 少しむっとした顔でロバートがきつい視線を送る。

「えっと、ここだとコボルトに襲われたときに逃げ道がない。襲ってきたときに分かるように見晴らしの良い場所がいいと思ったんだけど……」

 ロバートが周辺を見ると、狭い道に面した家だった。確かにコボルトが近づいてきても発見しにくい。

「今はコボルトもいないようだし、そんなに神経質になる必要はないだろう。それに襲ってきたら逃げる必要はない。すべて切り捨ててしまえばいい」

「でも、順調なときほど用心した方がいいと思うんだけど」

 ロバートに意見をしたくないのだが、タカシの心中には不安の黒い雲が湧きあがっていた。

「わたくしも何か不安な感じがします。ここで言い争っているよりも、さっさとその丘に登って夕食にした方がよろしいでしょう」

 パトリシアが坂道に伸びる石畳の道を指さす。それは丘の頂上に向かっていた。

「まあ、タカシ君がそれで気が済むのならな」

 ため息をついてから、ロバートは坂道に向かった。カリーナたちもそれについていく。


 小高い丘に登ると四方が見渡せる。廃虚となった都市は夕日に照らされて箱庭のようによそよそしく、さびしい姿で広がっていた。ところどころに驚くほどの高いビルが林立していて、その姿は古代の文明をしのばせる。

 南側に下る坂道は真っすぐ南に向かい、その先にはパターソンの町が小さく見える。北の坂道も直線的に伸びており、ここからは見えないが先には北の海があった。


 夕食が終わって、ロバートはテントを張ってから、さっさと寝てしまった。

 女性たちは馬車の中に寝床を作って休んでいる。

 タカシは見張りをしようと思ったが、またバロンが代わると言ってきた。

「本当にいいんですか」

 バロンさんは寝なくても平気なんだろうか。タカシは他人のことながら心配になる。

「構わん。俺は寝ていても敵の気配を感じれば目が覚めるのだ」

 ゾウのような太い声でぶっきらぼうに答えた。

「そうなんですか」

 では、お願いします、といってタカシはジローが引いてきた荷車で寝ることにした。男はテントで寝ることになっているが、ロバートの横にいるよりも荷車の荷物を適当に片付けて、その上に横になった方が気が楽だと思ったのだ。

 毛布をかけて夜空を見ると、痛いくらいの星の輝きが広がっている。

 もう日本に帰ることはないんだろうな。そう思うとタカシは少しのさびしさを感じた。

 クーンと鳴いてジローがタカシを覗きこんできた。

「お前も寝ろよ」

 そう言ってジローの頭を押しやった。


 *


「タカシさん、起きてください」

 体を揺さぶられてタカシは目が覚めた。

 パトリシアとジョディが側に立っていた。まだ夜更けで月が天上に輝いている。

「どうしたんですか……」

 ぼんやりとした頭であたりを見回すとジローが毛を逆立てて唸り声をあげている。坂の下の暗闇に向かって牙をむいていた。

「コボルトに囲まれてしまいました」

 ジョディが杖を握りしめて泣きそうな顔。

 タカシは荷車から降りた。見るとロバートやカリーナが防具を着て深刻そうな顔で話している。

「囲まれた……?」

 パトリシアを見ると、焚き火に照らされた美しい顔はこわばっていた。気丈な彼女のそんな顔を見たのは初めてだとタカシは思った。

「バロンさんに起こされて、ナイトアイで周りを見てみると、コボルトがこの丘を包囲していたんです」

 ナイトアイはパトリシアの固有魔法で、暗視と望遠の能力だ。暗視スコープのように暗闇の中で遠くの物を見ることができる。

「どれくらいの数なの?」

 タカシが聞くと、少しためらってから返事をした。

「200から300匹くらい……。完全に囲まれて逃げ道はありません」

 タカシは声を失った。絶望的な状況。いくら百戦錬磨のロバートたちでも、その数のコボルトに太刀打ちできるとは到底思えない。

「タカシ君、心配するな。君たちは私たちの命に代えて逃がしてみせる」

 しっかりした口調でロバートが言った。緊張しているようではあるが、動揺はしていない。

「タカシ、お前たちは必ず町に帰してやるからな。あたしたちはコボルトの群れに切りこんで大暴れしてやるぜ」

 カリーナはダガーナイフを両手に持って不敵に笑う。バロンも黙って深くうなずいた。

「……ただ、もう一度お前の作るオニギリを食べたかったな……」

 そうつぶやいたカリーナの笑い顔はゆがんでいる。

 これはどうしようもないのか。胃が冷たくなってしびれるのを感じた。タカシの体が震えているのは、冷たい夜風のせいではない。場違いな虫の鳴き声が響く。


 コボルトの知能は低い。コミュニケーション能力が低いので集団で行動することは少ないが、たまに知能が高いリーダー格のコボルトがいて、多くの手下を従えて人間を攻撃することがあるのだ。


 これで終わりなのか。タカシの心中に悲壮感が宿り、指を震えさせる。ロバートさんたちがコボルトの群れに突撃し、戦っている間に僕たちが逃げる。ロバートさんは死ぬまで戦うだろう。僕は逃走するしか能がない。

 他に方法はないのだろうか。皆が助かってパターソンの町に帰還する。そんなシナリオは存在しないのだろうか。タカシは考える。こちらが使えるリソースとしては、馬車と荷車、それにロバートさん、カリーナさん、バロン、自分、ジョディ、パトリシアさん、それに持ってきた武器。これらを使ってなんとか窮地を脱することはできないのか……。

「では、そろそろ行くか」

 敵が迫ってくるピリピリとした空気を感じてロバートが覚悟を決めた。

「よし、最後の大暴れだ。一匹でも多くのコボルトを道連れにしてやるぜ」

 カリーナが両手に持ったダガーナイフを振って空気を切る。バロンは見るからに重そうな斧を両手で握って持ち上げた。

「ちょっと待ってよ!」

 タカシが呼び止める。ロバートたちがタカシの方を振り返った。

「僕に考えがある。話を聞いてください」


 *


 ロバートはタカシの作戦を聞いて小さく首を縦に振った。

「うーん。なるほど、そういう方法があったか」

 腕組みをして作戦の流れを脳裏にシミュレーションしてみる。

「うまくいきそうだな。よし、それで行こう」

 タカシは皆に指図して準備を始めた。

 まず、いくつからのランタンを馬車に取り付けて、その照明で馬車が目立つようにする。それから、荷車の前方に5本の槍を放射状に設置した。その槍先には毒をたっぷりと塗った。そしてタカシは小型の矢に毒を付けて筒の中に入れ、すぐに取り出せるように紐で背中にくくりつけた。

「ロバートさんも使ってよ」

 タカシがスライムの毒が入った小さな革袋を差しだす。

「この際は仕方がないな」

 そう言ってロバートは自分の長剣に袋の中のペースト状の毒を塗った。カリーナとバロンも同様に自分の得物に毒を使う。

「そろそろ時間的に限界だな」

 コボルトが迫ってきていた。ロバートがバロンに合図をする。

「お前たち、すまんな」

 バロンは斧の柄で思い切り馬の尻を叩いた。

 馬は大きな悲鳴を上げて馬車を引っ張り、北側に向かって突進させていく。

 コボルトの鳴き声と馬のいななきが混じった喧騒が北の方から感じられる。

「大丈夫です。モンスターたちは囮の馬車に向かったようですよ」

 パトリシアがナイトアイで見た状況を報告した。

「よし、では逃げることにしよう」

 逃げるというセリフはロバートにとって屈辱的なものだったが、あえて口に出したのは自己欺瞞になるを防ぐため。

 全員、荷車に乗り込んだ。タカシは小型の弓に矢をつがえて臨戦態勢。

「では行くぞ」

 そう言ってバロンは南側の坂道に荷車を押す。それは加速していき、バロンは荷車に飛び乗った。後からジローが追いかける。

 北側に馬車を突撃させ、それにコボルトの注意を集中させて、手薄になった南側の坂道を下って逃げ切るという算段。

「バロン、右だ!」

 ロバートの指示で、後部に座っていたバロンが木の棒を地面に押し付けて右側にブレーキをかける。何度か方向を修正しつつ、石畳の坂道を突進する。

 前方に月明かりに照らされたコボルトに影が見える。タカシは続けざまに矢を放つ。

 荷車は、残っていたコボルトの群れに突撃した。

「グギャー!」

 荷車の前方に配置した槍が突き刺さって悲鳴を上げるコボルト。

 停止した車からロバートたちが飛び降りるとともに武器を構えた。薄闇に光る剣の軌跡。悲鳴をあげて数匹のコボルトが倒れた。

「タカシ君、早く君たちは逃げるんだ!」

 そう言い放つと、ロバートは大きなモンスターを切り倒す。

「分かったよ。ロバートさん。約束の場所で落ち合おう。絶対だよ」

 タカシは南側に走り、それをジョディとパトリシア、続いてジローが追いかける。

「コボルトが追いかけてきます!」

 パトリシアの声にタカシが振り返ると数匹のコボルトがタカシたちを追ってくる。

「ジョディ、スパークだ!」

 ジョディは立ち止り、杖を掲げる。呪文を唱えてパラライズ・スパークを落とした。叫び声をあげ、身もだえして崩れ倒れるコボルト。

「よし、逃げよう」

 タカシは廃虚都市の外に向かって走り出した。

 しばらく逃げていると、また後ろから野獣の吠える声が聞こえた。月明かりの下、3匹のコボルトの影がこちらに向かってくる。

「ジョディ、出来るかい?」

「はい、平気です」

 タカシに答えるジョディは肩で息をしていた。

「パラライズ・スパーク!」

 暗闇に火花が散り、モンスターがうめき声をあげて倒れる。

 ジョディは杖にすがって立っていた。

 2回スパークを使ったから、残りは2回か。タカシは不安になる。本当に脱出できるだろうか。

 タカシは女の子の体力を気遣って、しばらく歩いてから休憩することにした。

 道端に座り込むジョディとパトリシア。タカシも座ってあたりを警戒した。のどが渇いたが、武器以外は持ってきていない。

 タカシは空をあおいだ。白い円盤のような月が輝いていた。このファンタジー世界にも衛星は存在していた。ただし、地球のように表側だけ見えるのではなく、自転していて、その模様は回転とともに変化していた。

 地面に寝そべっていたジローが、はじけるように立ちあがった。毛を逆立てて唸り声を上げる。タカシがその方向を見ると3匹のコボルトが立っていた。

「ジョディ、パティ、屋根に登れ!」

 コボルトは叫びながら襲いかかってきた。

 タカシは弓を放つ。それは先頭のコボルトに命中したが、小型の弓なので威力が小さく、致命傷にはならない。スライムの毒がまわるまで待つしかない。

「ジロー! けん制だ」

 大型犬のジローはコボルトの周囲を回りながら吠えて足を止める。

 タカシは路地に駆け込んで、前に作ってあった柵の中に逃げ込んだ。そのわなを利用することを考えて、その場所で休んでいたのだ。

「ジロー! 逃げろ」

 犬は狭い路地に走り込む。

 コボルトはタカシに向かって襲いかかる。タカシは道に落ちていた枝を拾ってバリケードの穴を封鎖した。木の柵を壊さんとコボルトが両手で柵を揺さぶる。

「パラライズ・スパーク!」

 ジョディの電撃魔法がさく裂。コボルトたちは両手で宙をかきむしって倒れ込んだ。

「タカシさん。ジョディさんはもう限界です」

 見るとジョディが屋根の上で横になって荒い息をしていた。タカシはパトリシアと一緒に魔法少女を地面に降ろした。魔法を使うと体力が削られる。

「まだやれます……」

 ジョディの顔は汗で光っている。見ただけで体力が消耗していることが分かった。ジョディは1日に4回は電撃魔法を使うことができる。あと1回だけパラライズスパークを使うことができるが、それも体力が回復していないと発動させることはできない。

「よし、僕がジョディを背負っていこう」

「え、でも……」

 ジョディは少し抵抗したが、構わずにタカシは彼女を背に乗せた。細くて柔らかい体を背中に感じる。心臓の鼓動が伝わってきた。

 タカシは立って歩き出した。パトリシアは魔法の杖を持って後ろについていく。

 どれだけ歩いただろうか。タカシは疲労が溜まってくるのが分かった。もう廃虚の外側に到着してもよい頃だ。月が沈み東の空がうっすらと白んできていた。

 ようやく見覚えのある風景が見えた。都市の端に着いたのだ。タカシは鉛のように重くなった足が軽くなるのを感じた。

「助かったようだね……」

 そう言った途端にタカシの足が止まる。前方には2匹のコボルトが牙をむいていた。

 まだ来るのかよ。タカシは天を恨んだ。もう勘弁してくれよ。

 タカシは首を横に振るとジョディを下ろした。両手でパンと自分の頬を叩く。

「二人は逃げてくれ。ここは僕とジローでなんとかする」

 腰からダガーナイフを抜き、コボルトに向かって構えをとった。疲労の極限にある体から気力を絞り出す。

「そんな無理ですよ。スパークでやっつけます」

 タカシは首を振る。

「ダメだ。最後のスパークは君たちの身を守るために使うんだ。早く逃げろ!」

 強い口調で命令したが、ジョディは動かない。

「嫌です。私も戦います」

 泣きそうな声のジョディ。

 そのとき、ヒュンと風を切る音がしたかと思うと前のコボルトが横倒しに倒れた。頭に矢が刺さっている。

 続けて人影が飛び出してきて、もう一匹のコボルトを切り倒した。

「おお、タカシ。生きているか?」

 剣を振って血を払いながら言ったのはトーマスだった。

「タカシ君。ケガはないですか?」

 弓を持ってやってきたのはトーマスの弟のニコラス。

 助かった。気が抜けて、タカシたち3人は地面に座り込んでしまった。

 皆は廃虚の外に出た。近くに小川があったので、3人は何度も手で水をすくって飲んだ。

 落ち着いてからトーマスに状況を説明する。


「なんだって! ロバートさんが、まだ中にいるのかよ」

 無言でうなずくタカシ。

「よし、ロバートさんを助けに行くぞ」

 そう言ってトーマスが廃虚に向かって歩き出す。

「ちょっと待ちなよ兄さん。助けると言ってもロバートさんたちがどこにいるか分からないだろう」

 トーマスの足が止まる。

「ロバートさんがコボルト程度にやられるはずがない。ここはタカシ君たちを守りながら待っているのが得策だよ」

 トーマスはじっと立ち止まったまま動かずに廃虚の方を見る。

「チクショウ」

 そう言ってどっかりと座りこんだ。その視線は廃虚都市から離れない。


 しばらくすると、血まみれになったロバートたちが現れた。

「ロバートさん!」

 トーマスが駆け寄る。

「ロバートさんケガはありませんか。よくご無事で」

 そうって肩を貸そうとするがロバートは、

「平気だよ。これはコボルトの返り血で、私はそんなにケガはしていないよ」

 と言って笑った。

 パトリシアが治癒魔法でロバートたちのケガを治す。

 落ち着いてから、ロバートがタカシに寄ってきて肩に手を置く。

「ありがとう。君の作戦がなければ私たちは死んでいたよ」

 そう言って手を握った。

「いやあ、そんな、大したことはしていないですよ……」

 照れながら笑い顔を作る。

「いや、タカシは大したもんだぜ。あんなときでも冷静に判断できるんだからな」

 タオルで体を拭いていたカリーナが褒めた。バロンはトーマスからもらったパンを黙々と食べながら深くうなずく。

「お礼にあたしがいいことをしてやろうか」

 そう言ってカリーナがタカシの首に腕をまわした。

「変なことはしないでください!」

 ジョディがタカシの腕を引っ張って引きはがそうとする。

 それを見て、男たちの笑い声が野原に響いた。


*** 6話終了


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