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新米勇者のマネジメント講座(ドラッカー理論)  作者: 佐藤コウキ
第1章 ドラッカーって何? それおいしいの?
11/27

11話、勇者タカシは仕事を真似されてしまった

 朝の日差しは影の輪郭をくっきりとなぞり、昼には暑くなるだろうということを予想させた。

 タカシは今日も荷車を引いて、スライムの森を目指す。日増しに太陽の光線は強くなり夏の到来を感じる。

 スライムを捕獲して売る商売は順調で、ジョディと利益を折半してもタカシには10万リラ以上のお金が溜まっていた。衣類や生活用品などは買いそろえてあり、多少の贅沢もできる。

「ねえ、ジョディは今どこに住んでいるの?」

 車を引きながら後ろの魔法使い少女に尋ねた。森の方からは甲殻蝉の鳴き声が聞こえる。

「あ、はい。私ですか、私は町の宿屋に泊っていますけど」

 左手に大きな杖を持ち、右手で太陽をさえぎりながら答えた。ウェーブのかかった茶色の髪が朝日に輝く。

「じゃあ、宿賃なんか大変じゃないの」

 車を引いていても息切れがしない。タカシも仕事をしているうちに体力がついてきていた。転生した当時よりもたくましくなっている。

「ええ、そうですけど、今は大丈夫です」

 そうなの、と呟いてうなずく。

「ふーん。良ければ俺の宿屋に移ったら?」

 えっ、と言ってジョディが立ち止まる。

 タカシは、しまったと感じて赤面する。足を止めて振り返り弁解する。

「あ、いや、違うんだ。変な意味じゃなくて、俺が住んでいるところは家賃がタダだし部屋もたくさん空いているから……その、そういった意味なんだ」

「はあ、そうですよね……」

 ジョディはため息をついて歩きだす。

「勇者の宿は風呂とか共同でしょ。だから、私みたいな女の子には、ちょっと……」

 白いワンピースに薄い水色のブリーツスカート。それが微妙に日差しを通過させて少女の輪郭を浮き上がらせる。タカシは目をそらした。

「そうだよね、そうだよね。うん、うん、ごめん、変なことを言った……」

 タカシは雰囲気を変えるように力を込めて荷車を引く。

 それからは無言で歩き続け、しばらくしてスライムの森が見えてきた。


 タカシは立ち止り、いぶかしげに眼を細めて向こうに見える荷車を見る。

 それはタカシの荷車と似ており、その近くには男と女が立っていた。近づくと、相手の男が挨拶してきた。

「よお、タカシ。おはようさん」

 半袖のシャツと短パン姿の若い男が片手を上げてニヤついていた。背は高く、細身の体で軽薄そうな印象を与える。

「ケントさん……おはようございます」

 それは町に住んでいるケントだった。一応、冒険者の登録をしているが、そんなに真剣にモンスター退治をしているようではない。

「俺もスライム退治をすることにしたんだよ。かなり儲かってるという話だからなあ。よろしくな先輩」

「はあ……」

 気のない返事を返す。

「よろしくね、タカシさん。私たちは森の奥でやるから心配しないで」

 そう言ったのはケントの隣のデリラだった。スリットが深くて淡い紫色のロングドレス風のファッション。美人の部類に入るが、化粧が少しきつい感じ。背の高さを越える杖を持っている。彼女は魔法使いだった。

「はあ……よろしく」

 タカシの後ろの隠れるように立っていたジョディも軽く頭を下げる。

「じゃあな、タカシ。よーし、今日は稼ぐぞー!」

 ケントたちは元気よく車を引いて森の奥に消えていった。

 しばらく沈黙していたが、ジョディがぽつりとつぶやく。

「いいんですか、タカシさん」

 釈然としないが、談判してスライム退治の既得権を主張できるようなタカシではない。

「うーん、ダメと言うこともできないだろう……特許を取っている訳でもないし」

「特許?」

「いや、とにかく、スライムはたくさんいるんだから、特に問題はないだろう……」

 タカシはスライムを捕獲する準備を始める。

 スライム退治の商売は恥ずかしい事と考えられていたんだけどなあ。利益性が高くなれば、その商売に人が群がってくるものなんだ。タカシは荷車に積んだ袋から道具を取り出す。

 タカシは『マネジメント』の言葉を思い出した。全ての事業は陳腐化する。スライム退治という仕事もこうやって陳腐化していくのか。この安定した仕事を捨てる日が来るのだろうか。タカシの心中に黒い雲が湧きあがっていた。


  *


 ジョディのパラライズ・スパークによって気絶したスライムをタカシは荷車の箱に放り込んだ。

 1度の魔法で百匹以上のスライムを捕獲できる。もう一度、別の場所で魔法を使い、午前中だけで一日のノルマを達成するのが普通だった。経験を積んでジョディの魔法力は高まり、一日に二回は確実にパラライズ・スパークを発動できるようになった。

 気絶しているスライムを次々と箱に放り込んでいるとき、デリラが引きつった顔で走ってきた。

「たすけて! タカシさん。ケントが大変なの!」

 肩で息をするデリラ。

「どうしたんですか」

 デリラの表情からただ事ではないことは分かる。

「とにかく、すぐに来て。ケントがスライムに噛まれちゃって……」

 タカシたちはデリラに付いて森の奥に急いだ。


 現場に到着して息を飲んだ。向こうではケントがうつ伏せに倒れていて十匹ほどのスライムが噛みついていた。さらに他のスライムも飛び跳ねながら集まってきている。

「ちょっと油断したら……助けてちょうだい。お願い!」

 年上の女性に懇願されるのは初めてだった。タカシは対応策を考える。そのまま行ってもスライムにやられてしまうだろう。ミイラ取りがミイラになる法則だ。

「仕方がない。パラライズ・スパークを使おう」

 タカシは振り返ってデリラを見る。

「でも、弱っているケントがどうなるか……」

 デリラは魔法の杖を握りしめる。古くて年季の入った杖。

「他に方法はないでしょう」

 タカシの言葉に彼女は視線を空に泳がせる。

「デリラさん。スパークを使ってください」

 デリラの視線を捕えるようにタカシは目を据えて見た。

「あの……私は……デス・スパークしか使えないの……」

「デス・スパークだと強力すぎてケントさんも黒焦げになってしまいますよ」

 ジョディが忠告する。

「うーん。じゃあ、ジョディ。頼むよ、やってくれ」

 少女に頼んだが、口をつぐんでジョディは目を伏せる。ケントを殺してしまう危険があるので、強いためらいがあるのだ。

「ジョディがやるしかないよ! このままだと確実にケントさんが死んでしまう」

 すがるような目でデリラがジョディを見る。

「……分かりました……」

 キッと顔を上げるとジョディは杖を高く掲げた。

「契約の名はジョディ。この世にしろしめす聖霊よ。契約に従い我の願いをかなえよ……」

 静電気が起きたように周りの空気がひりつく。

「パラライズ・スパーク!」

 パンという破裂音とともにケントの上空で小さな稲光が発生し、体に噛みついていたスライムたちが飛び散った。

 タカシは走り寄ると、ケントに乗っているスライムを払いのけ、腕をつかんで地面を引きずった。

「ケント! しっかりして」

 デリラが体を揺するが返事はない。目を見開いたまま息をしていないよう。

 タカシは横からケントの胸を見て十秒数えた。そして、呼吸が止まっていることを確認すると胸に耳を当てて心音をチェックする。

「ダメだ。心臓が止まっている」

 デリラは両手で口を押さえた。

「ジョディ。ヒールを使ってくれ」

 タカシはジョディを見た。しかし、少女は首を横に振る。

「ダメよ。死んだ人間にヒールは効かないわ」

 ヒール魔法は傷や病気を癒すことはできるが、死人を生き返らせることはできない。

 そうか、と言ってタカシはケントの横に座る。シャツのボタンを外して胸をはだけ、両方の掌を胸に当てて強く押した。一分に80回くらいのペースで、肋骨が折れるのではないかとデリラが心配するほどに力強く押し続けた。

「AEDがあればなあ……」

 荒い呼吸とともにタカシがつぶやく。心臓マッサージには体力が必要だった。

「AED?」

 ジョディの問いに答える余裕もなく、顔面から汗を滴らせながらマッサージを続ける。

 静寂な森の奥。タカシのせわしない呼吸音だけが響く。

 突然、ケントの体がけいれんした。タカシは手を放して横になった。

 ヒューヒューという呼吸が始まり、ケントの顔に赤みがさす。

「ケント……」

 デリラが顔を覗き込んだ。ケントの眼球が泳ぐように左右に振れる。

「……デリラ……」

「良かった! ケント。生きているのね!」

 手をしっかりと握りしめる。涙がケントの胸に落ちた。


 ケントの意識がはっきりしてから、タカシは持っていたポーション(万能治療薬)を飲ませた。すると、さっきまで心臓が止まっていたことが嘘のように、立ち上がって話すことができるようになった。

「ありがとうな。タカシ、命拾いをしたぜ」

 普段のにやけた表情に戻っている。

「タカシさんのおかげで助かったわ」

 涙で少し化粧が流れているデリラ。

「もう、スライムはこりごりだ。もう少しで町の笑いものになるところだったぜ」

 そう言ってケントは森の外に歩きだした。デリラは再度、礼を言ってからケントと一緒に去って行った。

「ポーションの代金は払ってくれなかったですね」

 うん、とタカシがうなずく。

 利益だけを求めて、商売をするとうまくいかないんだろうなあ。タカシは『マネジメント』の内容を思い出す。利潤だけを念頭に置くと危機管理やモラルが希薄になる。最後には、その仕事はダメになってしまうのだろう。

「どうも、あのケントさんという人は好きになれないなあ」

 ジョディが杖で地面をトンと突いた。

「ちょっと苦手だよね」

 相槌を打つ。

 事業を始めるには、そのマネージャーは真摯でなければならない。まじめで誠実な心を持ち、社会に対して真っすぐな視線を持たなければならないのだ。

「どうしますか、これ」

 ジョディが散らばっているスライムを杖で指した。

「放っておいても逃げて行くから、これは貰っておこう」

 近くにあったケントの荷車を引いてきた。革手袋をはめ、タカシは散乱しているスライムを箱の中に放り込んだ。

「でも、タカシさんはすごいですね。魔法を使わずにケントさんを生き返らせるなんて」

 ジョディもトングを使ってスライムを片付けている。

「学校の防災訓練で見たことがあるんだ。実際にやったのは初めてだけど」

 ふーんと言って、少女はスライムを箱の中に入れた。



 それからケントたちは挨拶もせずに他の町に引っ越して行った。

 タカシの方は、荷車が2台になったのでスライム退治の利益も格段に増えた。それに、ジョディの魔法力も高まり、1日に4回はスパーク魔法を使える。タカシのHPは15になり、コボルトと対等に戦えるようになった。

 順調だな。タカシは満足していたが、その一方では、これで良いのかなという疑問がわき上がっていた。


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