風が吹く、その向こう側で
―――りん。
すずやかな鈴の音が鳴る。
暑さの苦手な貴方が少しでも涼やかな気持ちになれるならと、私は毎年梅雨が終わると縁側に風鈴をつり下げていた。
ガラスでできたそれには真っ赤な金魚がゆらゆらと泳いでいて私のお気に入りだった。
風鈴を揺らしたその風はゆるりと畳を這いながら、頬を撫で、髪を揺らし、ぽたり、と沙羅の花を落とした。
「あ…。」
小さく呟く声は、貴方のものであったか、それとも私だったのか。
今ではもう、思い出す事はできないけれど。
埃をかぶって納屋の奥に転がっていた一輪挿しの焼き物をひっぱりだし、貴方が来るからと飾った咲き始めの花だったのに、団扇でそっと扇いだ程度のその風にあっさりと身体をゆるしてしまった。
けれど、ぽとりと落ちた白い花がまだ青臭さの残る畳の緑によく映える。
無造作にさされただけの花瓶の中より、そっちがよっぽど綺麗だった。
風の香と色と相聞と。
葉の間を伝い、花の香りを乗せ、清浄なる夏風はふわり、とへいをこえる。
それなのに、きっとその風に私の想いが乗ることはない。
たとえ言葉を乗せたとて、流れていく場所すらなく部屋の隅に澱んで溜まるだけだろう。
緑緑たる夏は、巡るたびに私を陰鬱にさせる。
淡く切ない色をして、いとしく、煩わしくときに、もの悲しい。
あの時貴方が持ち帰ったあの椿は、貴方とともに赤く染まって帰らない。
椿の花は、落ちたら後は朽ちて行くだけなのだと、その夏の終わりにぼんやりと思った。
どこかの家から、りん、と音がした。
私は目を閉じて、ただその風のなすがまま身をゆだねることにした。