4 「僕を捨てるの……!?」
寒くなってまいりましたので、風邪などにはお気をつけ下さい。
しばらくの間、母のとてもじゃないが別れの手紙とは思えん手紙を握りしめ、呆然としていた俺だったが、ふっと息を吐くとベシッとその手紙をテーブルに投げつけ自分の部屋へと向かった。
母はお気軽に後は頼んだ、と義父へ俺のことを託していたが、無理がありすぎる。
義父の倫太郎と俺とは血の繋がりがないのだ。
結婚した相手に子供がいた。
言わば、俺は母の付属品なのである。
それでも長い年月を経た関係であれば、血よりも濃い絆が出来あがているはずだよね、と声を高くして言えるかもしれない。
しかし残念ながら俺と義父との関係はほんの数年の付き合いなのである。
婚姻関係のある母がいなくなったのに、これから多大な養育費と時間と手間がかかる赤の他人の子供を養っていく義理はないだろう。
倫太郎は穏やかで優しい人だとは思うが、そこまで世の中は甘くも容易くもないと思うのだ。
俺はそれを身を持って知っている。
主に、身勝手な父と母と母と母と母と母のおかげで。
世間は厳しい。
また、自分勝手な親もきつい。
これは、真理である。
この家にはもういられないだろうな、と思いつつ荷造りをしていく。
この家は倫太郎の持ち家で、倫太郎と母の結婚を機に移ってきたのである。
今後のことはわからないが、おそらく施設に行くことになるんじゃないだろうか、と予測する。
顔も名前も知らない父の実家などもっと知るはずがない。
母・文乃の実家には絶縁されている、といつか母が言っていた。
さもあらん。
義父・倫太郎の実家があっても頼れはしないが、倫太郎は家族縁が薄くすでに両親は鬼籍にあると聞いたことがある。
それなのに今回のこの母の仕打ち。
倫太郎、憐れすぎる。
人のことを憐れに思っている余裕など本来はないはずなのだが、何だか感覚はもう麻痺しているのかもしれない。
この世に生を受けて七年ほど。
母にかけられた迷惑災難恐怖にとばっちり……、数えるのも馬鹿らしいほどだ。
と、思わず遠い目になりかけた時、カタリと背後から音がした。
振り返ると、そこには母からの置手紙であろう紙を握りしめた義父・倫太郎が立っていた。
その顔色は紙のように真っ白である。
「……何、してるの?」
思わず倒れんじゃねーかと心配しかけた俺に、倫太郎はそう問いかけた。
「この家を、出て行く準備?」
一瞬言葉に詰まった俺に、倫太郎はその手にある手紙のようにくしゃりと顔を歪ませ、悲痛な呟きのような声を上げた。
「……隆君まで、僕を捨てるの……!?」
………………………………………………はい?
思いもかけないセリフを言われ、俺はその場で固まった。
母の置き手紙を読んだ時とはまた別の衝撃に呆然とする俺に、倫太郎はさめざめと泣いて訴えた。
「出ていかないで置いていかないでどこにもいかないでここにいて一人にしないで」と泣きじゃくる倫太郎に、「はいはい出ていきませんよー、置いてかないよー、どこにもいかないでここにいるからねー、一人になんかしませんよー」と慰めながらその背中をポンポンと叩く俺。
何かが違う。
激しく違う。
ただ、俺がそのまま倫太郎の義息子としてこの家に残ることだけは決定したようだった。
それは、母文乃が家を出て行った日の夜のことである。
隆文が母の文乃にかけられた迷惑等々は機会があればまた。
次回もお願い致します。