『大罪』~2~
「ああ、くっそ。きもちわりぃ」
ようやくトリップ状態から抜け出せた。
夢現な状態で何時間いただろうか。
ハイエナや猿は何匹も寄ってきたが、俺に牙をかけることは、一匹も出来なかった。
逆にハエトリソウのように、俺が喰ってやった。
まあ、俺を喰おうとしたんだから仕方ないよな。
現在の俺は言葉とは裏腹に気分爽快だ。
身体がどの程度、欠損していたのかは知らないが、今は五体満足だ。
生きているって、素晴らしい。
アルプスの陽気な歌を口ずさむ。
能力を自覚してからの俺はとにかく身軽だった。
心も、身体も。
全能感に溢れている。
なんでも出来そうだ。
事実、たまに襲ってくる魔物も『暴食大罪』によって、喰われていく。
もはや、俺にとって、ここの魔物は食料と変わりない。
不安だった食料問題が解決されたのも、俺が身軽な理由の一つだ。
こいつらを喰う度に俺の空腹は満たされ、全能感はより一層強化される。
どうやら、喰えば喰うほど力が手に入るようだ。
食が満たされたせいか、視界が広い。
さっきまでも、けっこう冷静だと思っていたが、とんでもない。
かなり追い詰められていたようで、魔物の存在すら忘れていた。
魔物。
魔素過密地域に生息する害獣。
つまるところ、突然変異した動物といったところだ。
魔球には所々、そういう魔素の溜まりやすい所があるらしく、俺の飛ばされた樹海もその一つのようだ。
よくよく観察してみると、周りの木々がどす黒い紫色をしている。
こんなのにも気付かないほどに、俺は動転していたらしい。
だが、今は極めてクリーンだ。
現在、俺は木の上にいる。
別に馬鹿になったからじゃない。
魔物を喰らった俺の身体能力は、非常に高くなっており、出来ることの幅が広がっている。
木の上に立つことに恐怖心さえ覚えない。
木の上に登り、周りを見下ろす。
それほど樹高差がないため、遥か遠くまで見えるわけではないが、ものは試しだ。
予想通り、木の高さが足りず、木以外は見つからない。
だが、離れた所に少しばかり高い木を見つける。
あそこに向かうことにしよう。
足に力を込め、木を蹴る。
手近な木へと飛び移る。
「はは、はは」
難なく成功。
着地先の木が軋みをあげ、しなる。
掴んだ枝が折れる前に、さらに遠くの木へと飛び移る。
「ははははは」
本当は木の上に着地する感じだったんだがな。
木の先端に掴めそうな枝も、着地出来そうなポイントもないので、ある程度低い位置の枝を掴むことになる。
イメージとしてはオランウータンのようだ。
うっきうっきってな。
「はははははははははははは」
枝ってのは、ただの棒じゃない。
当然、枝分かれしている。
子供の頃、落ちてるデカイ枝を振り回したら、手のひらを怪我した。
枝から突き出た小枝が刺さったのだ。
だが、今の俺にそんなのは関係ない。
枝を握れば、むしろ枝の方が負ける。
手形さえ付けられる。
調子にのって、飛び移る際、空中で一回転した。
「ひゃはははははははははははははははははははっっっっ!!!」
やべえ、きもちいい。
なんでも出来そうだ。
俺の能力は『暴食大罪』。
だけじゃない。
他にも6つもの能力を有している。
『大罪』
それが俺の能力の全容。
七大罪に沿った、七つの能力。
それがまた、俺の全能感を助長する。
一つで、こんだけ出来るんだ。
それも、これは『喰う』ことの副次効果に過ぎない。
他のやつ、それも『そういうこと』に特化したのを使えばどうなるんだ?
この世界では、自分の能力を確認できるらしい。
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《瀬文 七海》
能力 『大罪』
称号 『異世界の遊行者』『大罪人』
▲▲▲▲▲
他にも色々と〈筋力〉やら〈魔力〉やらの項目はあったが、興味はない。
それよりも能力だ。
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能力 『大罪』
大罪を司る魔王の権能を使用できる。
現在、許可されているアイテムは以下の通りです。
『傲慢』
『色欲』
『憤怒』
『怠惰』
『暴食』
『強欲』
『嫉妬』
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俺はゲームなんかには疎いが、これはステータスとかいうヤツだろう。
数少ない俺のゲーム経験も役に立ったようで、項目を選択してみる。
まずは、『暴食』だ。
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『暴食』
大罪の一つ。
現在、許可されているアイテムは以下の通りです。
『喰うに貴賤なし』
『喰成活』
『喰手』
『飢餓』
『モリモリ食べる君』
『孤独飯』
『飯マズ耐性』
『無機物食い』
『無差別喰らい』
『グルメ』
『見た目変化』
『食事って云うのはね、こう自由でなきゃ……』
『働かないで喰う飯ウマすぎwwww』
『ぼっち飯』
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まだまだ有ったが、下に行くほど業の深い内容になっていくような気がしたので、止めた。
おそらく、重要なのは前半部だけだろう。
さらに項目を選択する。
『喰うに貴賤なし』
何でも食べられる。
『喰成活』
食べるほどに成長する。
『喰手』
食べるための第三器官の発達。及び、経口以外の食事を可能にする。
と、さらに解説がついている。
至れり尽くせり、というヤツか。
これが俺が、魔物を喰らい、成長した理由のようだ。
他の能力も開き、内容を見てみる。
他の大罪は、暴食に比べて数が少ない。
それどころか、項目が全くないのもあった。
『怠惰』だ。
『怠惰』だけは項目がない。
まあ、こんな樹海で、怠惰っても仕方ないので、いいんだが。
しかし、面白いな。
常識が、幅が広がる。
1人の人間に出来ることなんざ限られていると達観することがバカみたいだ。
この能力があれば、まさしく、何でもできる。
口が凶相に歪む。
―――これさえあれば、俺はこの世界で………
そこで俺は止まった。
見覚えのある、いや、覚えのある光景が目に留まったからだ。
魔物が集まり、何かを一心不乱に喰っている。
俺の時もそうだったが、魔物ってのは狩りの時は狡猾でも、喰ってる最中は隙だらけらしい。
実際、俺が木を降り、近づいても、なお喰うのを止めない。
それを見て、俺の『食欲』が刺激される。
―――俺も喰いたい。
魔物のうち、数体は俺に気づいたようだが、そんなのは関係ない。
手を振るう。
それだけで、手に触れた魔物の身体が削り取られる。
抵抗は無意味だ。
強化された身体はやつらの攻撃を許さず、一方的に殺戮する。
俺はこの能力を手足のように、もはや当然のものとしていた。
だから、魔物どもを喰うのに、大して時間はかからなかった。
ご馳走さまでした。
ゲフッ。
「さて………」
少しの間、余韻に浸ってしまっていたようだ。
なんというか、食欲が強くなった気がする。
見た目完璧野生動物な魔物を喰うことに関しては、手から喰ってるからか、別にそれほど忌避感はない。
それどころか、最初に比べれば、むしろ喰いたいとすら思えるようになっている。
これも『暴食』の恩恵か。
はたまた、副作用か。
どっちにしろ、喰うのは止められないから一緒か。
「おーい、生きてるか?」
死んでるのは確実だが、声をかける。
魔物に、じゃない。
魔物に喰われていたやつ。
――――すなわち、クラスメイトの黒田理知に。
「…………」
黒田の死体は酷い有り様だった。
俺は地球時代から、死体とは残念なことに縁があったので、黒田のを見ても吐いたりはしなかった。
部位欠損とかは気持ち悪かったが。
元々、穏やかな、悪く言えばトロそうなやつだったが、今の黒田は凄い形相だ。
生きながら喰われるってのは、そのくらいの痛みだってことだ。
俺も分かるぜ、その気持ち。
地球では特に接点もなかったが、まさか異世界でこんな共感を覚えるとは。
黒田の身体には、四肢も満足に残っていない。
俺もこうだったのかもしれない。
だとしたら今、よく五体満足でいられるものだ。
これも能力のおかげか。
あまり、こういう言葉は好きじゃないが………。
俺も少し違えば、黒田のようになっていたのだろう。
分かってはいる。
そんなのはただの結果論で、生者の優越感だ。
この感傷的な感情に、何のドラマもない。
俺は能力に目覚めた。
黒田は無理だった。
それだけだ。
黒田の死は俺に冷や水をかけたように生々しく。
しかし、生という優越を感じさせた。
………さて、と。
死者を悼む時間は終わりだ。
俺は生きている。
前に進まねばならない。
さらばだ、黒田。
ところで、この世界では常識が地球とは異なる。
なんと、魔素の多い地域での死体はアンデッドになるらしい。
バイオハザ○ドだ。
それ故、この世界では万が一にでも死体がアンデッド化しないように、と火葬が主流だ。
遺体を持ち帰れない場合は、その場で焼くらしい。
今の状況は後者に当たる。
残念ながら、俺にはクラスメイトとはいえ、面識も殆どなかったヤツを担ぐ気はさらさらない。
さりとて、燃やすつもりもない。
俺には、クラスメイトを火葬するなんて業を背負う義務はない。
どうせ、俺に燃やす手段は―――あるにはあるが、まあ、ないということにしておこう。
それに、ゾンビの足では俺に追い付けまい。
万が一、ゾンビになっても俺には関係あるまい。
ならば、燃やそうが燃やすまいが一緒だろう。
俺は色々と言い訳をつけて、黒田の元を去った。
ヘタレともいう。
今度こそ、さらばだ、黒田。
ゾンビになっても達者でな。
黒田の元を去ってから数時間後。
黒田の死体がなくなっていた。
ハイエナに喰われたのか、それともゾンビになったのか。
あるいは―――。
少し歩いてから、「あれ、黒田を喰ってたヤツを喰ったってことは、もしかして俺、間接………」と考えて、死体を見ても吐かなかったが、流石にゲロゲロと吐いた俺は、そんなことを妄想した。
気持ちわりい。
うぷっ。
黒田理知
彼には妹がいた。
親に内緒な関係にあった妹との初めての体験を控えた彼は前日から眠れなかった。
そして、とうとう初体験当日になり、学校から帰れば、妹が勝負着を着て待っているという状況だった。
彼自身も、この日のために準備を進めており、既にあっちのアップは万端。
栄養材も用意していた。
何セットだっていける。
―――そんな矢先に召喚された彼は絶望の真っ只中にいた。
そして、抑えきれない青春のリビドーを1人、樹海で発散させていた。
カバディ、カバディ、と。
彼は生粋のカバディストであった。
そんな彼はとうとうカバディストとして、1度の日の目も見ることもなく、背後からの魔物の不意打ちで17年の人生の幕を閉じた。
最期に彼はこう思った。
―――舞歌との約束………守れなかったな………。
彼の最期は、その無念のためか、鬼の形相をしていたという。
※この話はフィクションであり、作中の人物とは一切関係のない可能性があります。