『大罪』 ~1~
この作品は視点が迷子です
俺の名前は瀬文七海。
異世界とやらに飛ばされ、そこで魔人とやらと戦う羽目になったはずだが………。
現在、見知らぬ樹海にいた。
さかのぼること、数時間前。
いつも通り、体育を欠席して、保健室でサボタージュ決め込んでいると、ふわりと身体を浮遊感が包み込み、よく分からん虹色の空間で色々とレクチャーを受けた。
レクチャーといっても、録音していた音声と動画を流すだけの物で、こちらからの質問は一切できなかったが。
異世界に行って、危機を救え、だとよ。
馬鹿げてる。
行く先は魔球。
異世界の全惑星中、最も魔素濃度が高い惑星で、そこに住む人間は現在、なんらかの危機に陥っているため、それを解決するために俺たちが異世界から呼び出されたらしい。
そして、この惑星には魔法がある、と。
―――本当に馬鹿げてる。
そもそも、なぜ学生なのか。
その危機とやらが何かは知らないが、学生にしか解決できないわけがないだろう。
技術的な、例えば、異世界の奇病を治せというなら学者を。
戦争ならば、紛争地帯から兵士を。
それぞれ呼べばよかったろうに。
頭、わいてんのか?
なにより馬鹿げてるのは、俺がそんな荒唐無稽な話を信じているということだ。
まるで、蛇口を捻れば、水が出ることを知っているように当然のことだとして、前提情報として受け取っている。
常識が上書きされている。
気持ちわりい。
「で、ここはどこなのかね」
目下、一番の問題はこれだ。
ここがどこなのか、分からない。
レクチャーによれば、召喚国に召喚されるはずだが、どう見ても樹海だ。
召喚術は人間にしか使えないらしいから、ヒトの統治する国に飛ばされるはずだが。
やはり、樹海だ。
召喚されてすぐはパニクっていたが、落ち着いてきたので、現状を整理しよう。
まず、この状況の原因は何だ。
樹海に召喚されたのは、完全にイレギュラーだろう。
召喚国の不手際か。
もしくは、人間の国に何かあったか。
魔人に攻め込まれている緊急時に召喚した、とか。
召喚術の知識によれば、そのどちらかだろう。
それ以外にも『実は召喚国は既に滅んでおり、この樹海こそが召喚国の跡地なのでは?』とか猿◯惑星的な考えもあったが、例外だろう。
例外を取り扱うのは下策。
故に却下だ。
では、どうするか、だが。
とりあえず、村か集落か。
人の住んでいるところに向かうことにする。
人の活動地域に入れば、召喚国の大まかな場所がわかる。
召喚術の知識というのは便利なもので、召喚国に関しても一定の知識が手に入っている。
召喚国の名前はバビロニア王国。
知識によれば、魔球最大国らしい。
そんな有名な国ならば、人に聞けば、大まかな場所ぐらいはわかるだろう、という算段だ。
というわけで、移動開始。
けっこう、冷静のように見えるが、これでも焦っている。
現在地が分からない樹海で遭難状態。
保健室で寝てただけだから、食料もなし。
そして、地球ではない異世界だという不安。
ここまでの危機は人生でも2回しか経験したことがない。
すなわち、命の危機。
まずは現在地だが。
幸い、スマホは持っていたので、ダウンロードしてあった方位磁針アプリを起動させる。
地球にいた頃は、地図ナビすらも満足に扱えず、方位磁針アプリと地図だけで目的地まで行くような方向音痴だったが、それが効を奏した。
いまからダウンロードすることは出来ない以上、既にあるものでなんとかしなくてはならない。
森を抜け出す方法として、すぐに思い付いたのは単純なものだった。
すなわち、同じ方角に進み続けること。
原理上は、この樹海にも限界があるはずで、いつかは抜けられるはずだ。
もちろん、坂、岩、崖、川、滝などの障害物があれば無意味だ。
しかし、これ以外に思い付かないし、ぐるぐると無意味に移動するよりはましだろう。
だが、そんな儚い期待はすぐになくなった。
方位磁針アプリは『エラー 本体を平行にして∞の字を描いて下さい』としか映し出さない。
何度も∞の字を描くようにスマホを動かすが、無意味だった。
そこで思い出す。
ここは魔球なのだ、と。
地球ではない。
地球には磁場がある。
高温の地球内部と月の引力により引っ張られる地球外部との自転速度差によって発生する摩擦が電流を生み出す。
その電流は地球外部と内部の間を流れ、地球は巨大な電磁石となり、南極から北極にかけて磁場を発生させるのだ。
(※要約・魔球で方位磁針は使えない)
ここは魔球。
魔力とか分けの分からないものによって構成された、未知の惑星。
科学を持ち込むこと自体がナンセンスだった。
仕方なく、スマホの電源を切って、仕舞う。
どうせ、電波もないのだ。
同じく召喚されたであろうクラスメイトたちとは、連絡はとれまい。
さて、どうしようか、と。
さっそく考えていた案が没になって、少し凹んでいると、近くの茂みがガサガサと動いた。
なんだ?
と思って茂みの方を見ると―――後ろから衝撃が襲ってきた。
次いで、酷い激痛が背中に走る。
「いっっつっ!!」
激痛に耐えかねて、のたうち回る。
背中が重い。何かが乗っている?
背中を地面に叩きつけると、背中に張り付いていた重みが、するりと今度は腹部に回り込んでくる。
今度は腹部に激痛が走る。
腹に手を当てると、何かの毛に触れる。
この感触は―――猿?
とっさに掴み、放り投げる。
それほど重くはなかった。
が、放り投げる時、致命的な何かを食い破られた気がした。
「がはっ」
血を吐く。
放り投げたが、力が入っていなかったようで、俺に攻撃を与えた奴は俺から、それほど離れていない場所にいた。
なんとか、その全容を確認する。
大きさは50cm程で、猿のような見た目だが、毛の色はどす黒く、紫色。
口には、恐らく俺のモノと思われる肉片があ―――。
そこで再び、俺の身体に重圧がかかる。
「キキッ」
もう一匹………いたのか。
いや、こいつは最初の茂みの―――。
くそっ、頭が回ってなかった。
そして、その代償は、死?
冗談きついって。
「が、がが」
笑いがもれる。
―――いやいや、それはねぇよ。
―――俺が死ぬわけがねぇ。
つーか、分かっててもどうしようもないじゃん、それ。
獣くらいは居るかと思ってたけど、こんなに容赦なく、呆気なく殺られるもんなのかよ。
もっと、こう、よう。
逃げたり、戦ったり。
そんなんもできねえのか。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
無力感に理性が麻痺。
思考が現実から乖離。
イキガリが出てくる。
こいつら、ぶっ殺す。
背中に手を回す。
が、空を切る。
重圧はなくなったが、また、重圧がかかる。
むちゃくちゃに暴れるが、所詮は地を転がっているだけだ。
俺はこいつらに何もできず、前後不覚。
こいつらは俺をいたぶっている。
今の俺は非常に無様だろう。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
それでも手を振り回す。
当たらない。
のたうち回っているせいで、俺の目にはグルグルと景色が回る。
状況が確認できない。
それが余計に冷静さを奪う。
ビジョンじゃあ、こいつらなんぞ10回は殺している。
殴って、蹴って、腕引きちぎって。
だが、現実は非情だ。
殺すどころか、俺は転がされ、肉を啄まれている。
俺は奴等の餌か。
俺に人間としての尊厳はあるのか。
『君は僕のペットだ』
古い罪の記憶が甦る。
俺の、揺るがしがたい過去2回の危機。
人間としての尊厳を『奪う』許しがたい大罪人。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
それを覆すには、どうすれば、いいか?
俺はそれをどうやって、覆した?
簡単だ。
殺せばいい。
手を振る。
しっちゃかめっちゃかに。
当たらない。
殺せない。
殺せなぃいいいいいいいいいいいいいっっっっ!!!
「キキキキキ」
「キキキキキ」
頭がおかしくなりそうだ。
俺はこいつらを殺したくて。
でも、殺せなくて。
いいように転がされて。
奪われて。
何もできなくて。
あああああああああああああああああ。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
奪いたい。
喰いたい。
犯したい。
殺したい。
こいつらに産まれてきたことを後悔させたい。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
こいつら同士で食らい合わせて、残った方を俺が喰らいたい。
手足を千切って、喰わせてやりたい。
目玉をくり貫いて、でも神経は残して、自分の身体が喰われる様を見せてやりたい。
いくらだって、思い付く、残虐な、しかし、無意味な暴性。
「キキキキキ」
「キキキキキ」
ああ、一周まわって、頭が冷静に―――。
俺はいったい、どこまで、喰われている、んだ?
「キキキキキ」
「キキキキキ」
「キキキキキキキキキキ」
「キキキキキキキキキキ」
「キキキキキキキキキキキキキキキ」
「キキキキキキキキキキキキキキキ」
「キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」
「キィキィ、うっせえなぁ」
呟くが、猿は意にかえさない。
それでいい。
俺は、どうしてこんなことを忘れていたんだろう。
ここは――――地球じゃない。
猿の頭を掴む。
それすらも奴等は意にかえさない。
もう力もほとんど入らない。
脅威はないと思っているのだろう。
でも、それでいい。
『喰らう』手間が省けた。
「『暴食大罪』」
たった、それだけで。
―――猿の頭が消失。
身体が倒れる。
もう一体はそれに気づかない。
バカなんだな。
最初の知性はどうした?
俺は『見下す』。
再び、もう一匹の猿の頭に手を乗せる。
そうして、初めて、猿がこちらに意識を向ける。
くりくりとした濁った目が非常に気味悪い。
こっちみんな。
「『暴食大罪』」
それだけで、猿の頭が消える。
さっきと同じ現象だ。
「…………っ」
能力のこと、忘れてた。
そう言って、笑おうとしたが、無理だった。
気付くのが遅すぎたらしい。
俺の身体は、あと何割残っている?
というか、俺は生きているのか?
夢みたいだ。
思考がふわふわとし、自分を俯瞰しているような気持ちになる。
前にも経験したことがある。
これは死にかけのサインだ。
殺したくて殺したくて仕方なかったが、猿どもはあっさりと死んだ。
現実味がない。
いきなり過ぎる。
もしかして、俺は既に死んでいて、これは夢なのではないのか、というくらい。
そうだ。これは夢なんじゃ?
確か、能力は、そう、一度、使おうとして、でも、無理で。
でも、なんで使え―――。
「げはげほっ」
身体が熱い。
さっきまで、寒いほどだったのに。
本能に突き動かされた。
俺は猿の死体を『暴食大罪』で喰らった。
多幸感が走る。
媚薬みたいだ。
もっと、喰いたい。
でも、喰ったら『堕ち』そうだ。
いや、でも死にたくないし………。
そうこう考えていたら、ハイエナがやって来る。
殺りにくる。
俺は当然のように死んだフリをした。
ハイエナが俺に牙を突き立てようとする。
それを喰らう。
俺は幸せな気持ちになった。
もっとたべたいと思った。
また、ハイエナがやって来た。
また、たべた。
また、やってきた。
おれは、しにたくなかったから。
しかたなく。
しあわせになった。
注)瀬文さんはかつて、動物園で猿の頭を撫でた経験があったため、すぐに猿だと分かったのである。