第7話 復讐と裏切り
街に入った俺たちは、三毛猫亭名義で借りた宿で、別行動をとっていたレオンハルトたちと合流した。
俺たちが宿に入り、最初に声を上げたのは、レオンハルト達でもなければ俺たちでもない。
「ソフィア!」
「アルフレッド」
最初に声を上げたのは、やけにソフィアと親しそうな茶髪の青年。
少し苛立ちを覚えながら、俺は青年を見ていた。
「ケイ。ちょっといいかい」
今にも睨みつけそうな俺に気付いたのか、イライザが声をかけてくる。
閉めたドアの出入口に立つ俺に、イライザが耳打ちした。
『彼は、アルフレッド・バスヴァーユ。バスヴァーユ領主の息子で……ソフィアの婚約者さ』
『……そうか』
言いにくそうに、青年の身元を伝えたイライザに、動揺をしながらも俺は言葉を返した。
予め話は聞いていた。
ヴァルカス領の件は、バスヴァーユ領の手を借りて解決する計画だ。
なぜ、バスヴァーユ領の手を借りられると期待出来たのか?
それはヴァルカス領主の血を持つソフィアと、バスヴァーユ領の第一子が婚約者だからだ。
もし、バスヴァーユ領主が、跡継ぎの婚約者であるソフィアを助けなければ、計算好きなヤツらに取り入る隙を与えることになる。それに、アルフレッド・バスヴァーユがソフィアに惚れているのは有名らしい。
だからこそ、バスヴァーユ領はソフィアたちを助けると踏んでいた。
『彼が今回の計画の肝だからねぇ。彼が非協力的なら、危ない所だったさ』
バスヴァーユ領としては、跡継ぎの婚約者の家とは言え、ゴタゴタした話に首を突っ込みたくはないだろう。
その点を考慮して、イザベラは踏み絵をアルフレッドにさせた。アルフレッドが自分たちに協力するのならバスヴァーユ領を頼り、もし協力を拒むようなら──と。
『船に乗る許可が下りたら、俺に知らせてくれ』
『わかったよ』
少しでも早くこの場を去りたかった俺は、船の件をイザベラに任せることにした。
「俺の仕事はココまでだ。帰らせてもらうよ」
この場にいるヤツらに、そう伝えてドアノブを回そうとしたとき──
「ケイ」
ソフィアは、俺を呼びとめるとアルフレッドの手を解いて歩いてくる。
そして俺の前に立つと、別れの言葉を口死にた。
「……お元気で」
「うまくいくことを祈っているよ」
俺は、国の権力に深く喰い込む勇者たちに殺されかけた身。
彼女たち一緒にいても邪魔にしかならない。
だから、これでお別れだ。
「じゃあな」
「ええ」
ルミナを連れて部屋から出る俺は、背中に視線を感じていた。
ソフィアたちの視線ではなく、アルフレッドの視線を。
今のやり取りで、感じる物があったかもしれない。
だが、これ以上の何かがあるハズもない。
別れの挨拶ぐらいは見逃してもらおう。
*
「また2人になりましたね」
「そうだな」
やることの無くなった俺とルミナは、アレツアルの街をぶらついていた。
あとは、船に乗れる許可が下りるのを待つだけだ。
もし、船に乗れないのなら、三毛猫亭に頼んで、他国に密入国することになる。
「船に乗れなかった時のことを考えて、食料でも買い込んでおくか」
「では、三毛猫亭に頼んでみますか?」
三毛猫亭に頼み、彼らの買い物と一緒に、俺らの分も買えば安くて済むだろう。
「いや、暇潰しがてらに、自分たちで買うことにしよう」
「えっ!」
「なんだ?」
信じられない物を見たという感じで、目を見開き俺を見るルミナ。
こういう表情をするのは珍しい。笑ったりもするのだが、普段は冷静というか表情の変化は多くないのに。
「ケイ様が、普通の値段で物を買おうとするなんて……」
「そういう気分なんだよ」
俺とて、いつも安く買うことだけを考えているわけではない。
気分を変えたいときには、多少の散財はする。それに──
「要らない物を売っておきたいからな」
死体漁りをして手に入れた剣とかな。
「ケイ様……」
余計なことを言ってしまったようだ。
俺の言葉の意図を理解したルミナは、悲しげな瞳で俺を見上げていた。
それから、俺たちはいくつも店を回った。
大半が冷やかしになってしまったが、気分転換にはなっただろう。
買ったのは、食料よりも調味料の方が多い。
アイテムBOXに入れても、時間の流れが遅くなるだけだ。
このため生ものを大量に買っても腐らせることになる。
それ以前に、購入して1ヶ月とか経った生肉などを、食べる気にはならないからな。
船がダメな場合は、現地調達しながらの移動になるだろう。
こうして、獣人ロリ少女と街を歩いた俺は、大通りに出た。
が、人混みが激しい。
「何があったんだ?」
大通りには多くの人が集まっていた。
だが、一向に動く様子の無いその人混みには違和感がある。
気になった俺は、背伸びをしながら人垣の隙間から、大通りを眺めた。
中々見えない。
場所を変えながら見ても、やはり人混みが邪魔して何も見えない。
ここに集まった人々が視線を向ける先を見ようと、しばらく悪戦苦闘したところで、ようやく彼らが何を見ていたか分かった。
「宿に帰るぞ」
「なにがあったんです?」
「歩きながら話す」
この場に集まった人々が何を見ていたのか?
それを知った俺は、すぐさま宿に戻ることにした。
俺はココにいるわけにはいかない。
人々が見ていたのは、パレードに参加する勇者の一人だったからだ。
ヤツの名は、有賀 俊治(あるが しゅんじ)。
俺を殺そうとした勇者の一人だ。
今の俺なら、ゾファルトの力を借りられるとは言っても、今の俺では確実に殺される。
それに、俺の生存が知られれば、ソフィアたちにも迷惑をかけることになるだろう。
*
宿へと戻った俺は、ベッドを椅子がわりにして考えている。
(さて、どうするか?)
勇者が来ているとなれば、気軽に出歩くわけにはいかない。
俺が見つかれば、今度こそ殺されるからだ。少なくとも、お尋ね者にされて、再び隠れて生活しなければならなくなる。
もうじき国を出られそうな現状で、そのようなヘマをしたくはない。
まあ、ルミナを買い物に行かせるのも手だが──。
「なにか?」
「何でもない」
俺の視線を気にしたルミナは、首を傾げながら答えた。
シュンジのヤツは、かなりの女好きだ。地球にいた頃も悪い噂は多かった。しかし、この世界に来て勇者という強い立場を得て、それが目立つようになった
立場使ってムリヤリって言うのも、何度かあったらしい。
(ルミナを買い物に行かせるのは、マズイかもしれない)
獣人美少女を見かけたら、シュンジが手を出すかもしれない。
国外に出る直前まで、大人しくしていよう。
そう決めると俺は──
「ルミナ。国を出る直前まで、この部屋からなるべく出ないようにしよう」
「街に来ている勇者なんだけどな、女と見たら見境なく変態行為をする人間の屑なんだ」
「気を付けます」
分かってくれたようだ。
強い意思を感じられる答えに満足した俺は、イザベラへの連絡を行うことにした。
情報は掴んでいるかもしれないが、あの屑が変態であることを多くの人に知ってもらいたい。その想いを胸に、魔製石から連絡用のハトを作って、イザベラの下へ飛ばした。
(復讐か……)
復讐という言葉が、シュンジを見たときによぎった。
それと同時に、ゾファルトが持つスキルを思い浮かべた。
ゾファルトが持つスキルの一つに、【復讐者】というものが存在する。
こいつは、効果が不明という謎スキルだ。
名前からして、ヤツらに仕返しをするのに役立つんだろうとは思うが。
悔しさなんかはあるが、復讐鬼になってまで何とかしようとまでは思えない。
アイツらに殺されかけはしたが、それだけだ。
怪我をしたわけでもなければ、何かを失ったわけでもない。
むしろ、得た物の方が大きい。
ガラクタと呼ばれていた俺が、ゾファルトからの借り物とはいえ、チートじみたスキルを使えるようになった。
神域での生活も不便と言えない程度のものだった。
むしろ、この世界の住人と比べれば良い生活だったとも言えるだろう。
なによりも俺を慕ってくれる、獣人美少女とも会えた。
ロリに欲情する趣味はないが、かわいい女の子に好かれるのは、素直に嬉しい。
もし、自分の感情をぶちまけるだけなら、手に入れた物を全て失うことになりかねない。
そのことが分からないほど、バカではないつもりだ。
(でもな──何かが違うんだよ)
復讐者という言葉から感じる違和感の正体。
さきほど飛ばしたハトが、姿を消すまで考え続けたが、その正体が分かることはなかった。
*
ケイが飛ばしたハトを、イザベラが受け取った。
女として勇者シュンジの腐り具合に怒りを感じながらも、領主館へと向かった。
「三毛猫亭より参りましたイザベラと言います。領主さまと15:00から面会させて頂く予定でしたので、ご確認をお願いできますか?」
領主館の前で、門番を務める兵士たちに面会の予定があることを伝えるイザベラ。
彼女と共にいるのは、ローブ姿のレオンハルトたち4人。
「確かに。申し訳ないが、武器があればこちらで預からせてもらう」
門番の指示に従って、武器を渡していった。
「面会をするための部屋へは、コチラの者がご案内します」
予定の確認を終えると、1人のメイドが案内をすると伝えられる。
彼女は静かにお辞儀をし──
「コチラになります」
メイドの案内に着いていく5人。
長い間待ち続けた時が目の前まで迫っている。
いやがおうにも気持ちは高ぶるが、ここでミスをしてはいけないと、レオンハルトたちは、必死に自分の気持ちを押さえこみながら歩いていた。
足音は、赤い絨毯に吸い込まれて周囲に響くことはない。
ひたすら、メイドの後ろを歩き続ける5人は、ようやく目的の部屋にたどり着いたようだ。
メイドが部屋の扉をノックすると、男性の声が返ってきた。
声を確認したメイドがドアを開ける。
「よく来てくれた」
扉の先では、唇の両端まで伸びた髭が特徴の男性が、笑顔で迎えてくれた。
彼こそがバスヴァーユ領の領主である、ローラント・バスヴァーユ。
レオンハルト達が助力を得ようとする人物だ。
「君は仕事に戻っていいぞ」
ローラントがメイドに指示を出すと、彼女は部屋を出ていった。
これで関係者以外は、この場にいないということになる。
「息子から話は聞いている。まずはローブをとったらどうかな?」
メイドが部屋から出て、少しの時間が経った頃、ローラントは提言した。
その言葉と共に、ローブを脱ぐレオンハルト達。
「まずは話を聞こう。本来なら飲む物を用意するべきだろうが、関係のない者に話を聞かせるわけにはいかない。そうだろ?」
「お心遣いありがとうございます」
笑顔で語りかけるローラント。
古くから付き合いのあるレオンハルトたちは、昔から変わらない彼の笑顔や声に、緊張感を徐々に緩めていった。
真剣な話の中で、ときには談笑を交えながら進められる会話。
話は続き、レオンハルト達が置かれた状況など、も少しずつではあるが伝えていった。
レオンハルト達の話に相槌を打ち続けるローラント。
話がある程度進んだ所で、彼は切り出した。
「キシスという男から、手紙が届いていたな」
「どのような?」
「もう、話もあらかた終わったしな。持ってこさせよう」
そう言うとローラントは、手のひらを2回打ち合わせて、部屋の外にいる部下に合図を送った。
「!」
反射的にイザベラは、飛び上がってソファーから移動する。
領主は人払いをした。本来であればドアの向こうに人がいるハズなどない。
それに領主は、レオンハルト達の話を聞いている最中、ずっと相槌を打つだけで、何一つ賛同してはいなかった。
「これは一体!」
ソファーから立ちあがったソフィアは、ローラントに対して抗議の声を上げた。
その反応もうなづける。なぜなら、扉の先から数十人の騎士が、部屋に走り込んできたのだから。
「キシス殿の手紙には、こう書かれていたよ。レオンハルト殿とソフィア嬢の名を語る偽物が、我が領土に向かっていると」
「そんな! ローラント様なら分かるハズです。私たちが本物だということが!」
「手紙には続きがありましてね。レオンハルト殿もソフィア嬢も、賊の手にかかって立ち上がれないとか」
「ローラント様!」
ソフィアの必死の訴えを聞くそぶりもないローラント。
彼の姿を見て、レオンハルトは確信した。
「最初から、これが目的だったということですか」
「息子の婚約者とその兄の名を偽者に語られるのは、我慢ならなかったものでね」
「あなたと言う人は!」
怒りを込めて叫ぶも、ローラントの心には届かない。
彼は貴族であり、家のために生きている。だから、家のためにならない物は、切り捨てる。例え実の子が愛する女性であっても。
「捕まえろ」
騎士が一斉にレオンハルト達の捕縛にかかった。
重い鎧を着た騎士たちの足音が部屋に響き渡る。
「チッ」
騎士の足音にかき消されるような舌打ちをすると、イザベラは窓ガラスに体ごと飛び込み、外へと逃げ出した。
「追えーーー!!」
リーダー格らしき騎士が指示を出すと、一斉に部屋以外も騒がしくなる。
イザベラを追うために、バスヴァーユ領に仕える他の兵たちも動き出したのだ。
「………………」
すでに拘束されているソフィアたちは、ローラントを睨みつけている。
自分たちを陥れたというだけではない、貴族としても誇りを捨てた行動をした彼が、許せなかったのだ。
「早く連れて行け」
「はっ」
自分を睨みつけるソフィアたちに冷めた視線を返すと、ローランとは牢へと連れて行くように命じた。