第7話 出発
三毛猫亭から受けた、バスヴァーユ領までの護衛依頼。
この依頼こそが、時が熟したことを伝えるメッセージだ。
~神域にて~
俺たちは神域に作った小屋に集まっている。
準備ができたことを伝えると、誰もが眼に決意を宿らせた。
「ようやく、動けそうだ」
「ついに来たか」
オージアスとレオンハルトは、拳を強く握りしめている。
待ち望んだときが来たのだ。その想いは、俺が計れない程のものなのだろう。
「依頼は明日だが……準備はできているな」
「ああ、今すぐにでも出発できるほどにな」
レオンハルトの口調には熱がこもっている。
この様子なら、準備に関しては問題はないハズだ。
「依頼内容についてだが、バスヴァーユ領へは2手に分かれて行く予定だ」
「……俺とソフィアとが別れて行くんだな」
「そうだ」
バスヴァーユ領へは2手に分かれて行く。
これはヴァルカス家の血を引く、レオンハルトとソフィアのどちらかが、バスヴァーユ領に辿り着けば良いためだ。
どちらかが着けば、ヴァルカス家の名で手を貸してもらえる。
「グループ分けは、レオンハルトに任せたい」
「わかった」
*
~その日の夜~
寝付けなかった俺は、世界樹を眺めている。
世界樹は、広大な湖の中心にあるため、世界樹から離れているのだが遠近感が狂いそうなほどデカイ。
崖から落ちて、暗い森を歩き続けた。
神域に入り、ゾファルトを手にして、俺は借り物とはいえ力を手に入れた。
ガラクタ勇者なんて呼ばれていたころと比べると、悪くない状況だ。
復讐心があるのかと聞かれたら──分からないとしか言えない。
ニヤついていたアイツらの顔を思い出すと、悔しさはある。
当然、ゾファルトを手に入れ、ルミナやソフィアと出会えたことを感謝しろと言われても無理だ。
ヤツらを殺したいかと聞かれたらNOだ。
殺したら、それ以上は苦しめることが出来ないからな。
だが──。
「寝付けないのですか?」
想いにふけっていると、後ろから声をかけられた。
「寝付けなかったから、ココに来たんだけどな……世界樹を見ていたら、名残惜しくなったから見ていたんだ」
半分は本当、もう半分は嘘。
とっさに出たのは、そんな言葉だった。
「もう見られないのですね」
「そうだな」
ソフィアは、俺の隣に立ち世界樹を見上げた。
だが、バカのように高くそびえる世界樹のてっぺんは見えない。
「この樹の天辺は、どうなっているのでしょうね」
「……そうだな」
彼女が俺と同じことを考えていたことが嬉しい。
その想いで胸が詰まり、これ以上は何も言えなかった。
「………………」
「………………」
お互いに言葉を交わすことなく、ただ樹を見上げ続けた。
先ほどまでとは、違った景色のように思える。
「……2人で見ることはできないのですね」
「………………」
ソフィアの言葉は、なにを意味しているのだろうか。
考えてはいけない。彼女は──。
「もし、もっと早く出会えていたら……」
「昔話をしようか」
彼女の言葉を、これ以上聞いてはいけない。
だから俺は、ソフィアの言葉を遮った。
「……ガラクタ勇者って知っているんじゃないか?」
「……ええ」
目が合った。
だが目を合わせているのが気恥ずかしくなり、お互い、すぐに目を逸らしてしまう。
もう少し目を合わせていたかった。目を合わせ続けるのが辛かった。色々な想いが目を逸らした俺の胸中に広がった。
頭に残った、目を背ける瞬間に見た彼女の瞳。
それは言葉を遮られたことへの悲しみが見えた気がした。
彼女の悲しげな表情を忘れたかった。
だから俺は──
「蛍って見たことあるか?」
「いえ……」
「こんな光景だ」
「!」
俺は神界の力を使い、世界樹の周辺に昔見た風景を再現した。
「キレイ……」
世界樹の周辺で、淡く光るホタルが飛ぶ。
広大な湖のあちこちを飛ぶ、数千を超えるホタルの光は、眩しいということもなく儚く湖を彩っている。
俺が見たのは、これほど大掛かりな物ではなかったが──。
「………………」
横目で見た彼女は、笑みを浮かべている。
そのことに安心した俺は、昔話を始めた。
「俺はホタルが好きでさ……」
「はい」
それから俺とソフィアは、他愛ない話を続けた。
*
「いいの?」
「最後ぐらいはな」
離れた場所にある建物の影。
そこで、ケイとソフィアの様子を見る2人がいる。
「本当なら、自由にさせてやりたいが……」
「貴族の責任って言うんでしょ」
レオンハルトの言葉を、フリアは冗談交じりに遮る。
だが、その目にはわずかな憂いが揺らいでいた。
「今のままなら……」
「アイツが納得しないさ」
”アナタもね”、そう言おうとした。
だが、フリアは口に出さず胸に押しとどめる。
もう諦めた想い。それでも顔を覗かせかけた想いをごまかそうと、笑みを作りケイとソフィアを見た。
「兄妹よね」
「褒め言葉として受け取っておく」
瞳を見合わせ笑みを浮かべ会う2人。
2人にとっての幸せは、現状の先にある。
しかし、貴族としての責任が現状を許してくれない。
蛍の前で語り合うケイとソフィア。
その姿が儚げに思えるのは、2人の未来ゆえか。
それとも自分たちのことを、彼らに映したがゆえか。
ただ、レオンハルトとフリアは、2人を見つめ続けるだけだった。
*
ソフィアといい雰囲気になった翌日、プロセルドの街にある三毛猫亭に、俺たちは集まっていた。
出迎えてくれたのは、イライザなどの元百足のメンバーが7人。
その中に、百足の元N0.3であるベルホルト・ビュルガーがいた。
彼こそが、三毛猫亭の実質的なオーナーだ。
「準備はできているぜ」
「手間をかけさせたな」
「気にするな。手間賃はもらっているからな」
ベルホルトは、こげ茶色の髪に黒い瞳をした男で、左頬に火傷の痕がある。
座っているだけであるにもかかわらず、威圧感が半端ない。
「旦那達には2手に分かれて、バスヴァーユ領のアレツアルに入ってもらう」
これはレオンハルトかソフィアが、バスヴァーユ領の領主に会えれば問題は無いからだ。
できることなら、領主となる権利がもっとも強いレオンハルトが、領主に会えれば良いのだがな。
「3人ずつに分かれて、アレツアルの街に行く俺らの護衛という形になるが、もう振り分けは決まっているよな」
「問題はない」
「そうか。なら、1つのグループは店の裏口から出発し、もう1つのグループは、案内をつけるから店の倉庫から出発だ」
俺たちは、こうしてバスヴァーユ領へと向かうことになった。
レオンハルトの方は、フリアとオージアス。
ソフィアの方は、俺とルミナ。
このような編成となった。
さらに、俺らは護衛といいう名目であるため、三毛猫亭の従業員が各4名ずつ入る。
俺はこの仕事が終われば、船を使って国を出る。
バスヴァーユ領から船に乗るには、領主の許可が必要だが、レオンハルト達の口添えがあれば何とかなるだろう。
もし、許可が下りなければ、百足の手を借りて不法な方法で、国を出ることになる。
しかし後のことを考えれば、正当な方法で国を出たい所だ。
当然、ソフィアたちが領土を奪還できるのか、それを見届けることはできないのは心残りではある。
しかし、俺は国の権力に深く喰い込んでいる勇者達に殺されかけた。
そのことを考えると、俺が関わり続けると国を敵に回しかねない。
ここが、見の引き際なのかもしれない。
*
俺とルミナとソフィアは、三毛猫亭の倉庫から出発した。
店から少し離れた場所にある倉庫。
この場所から何名かが馬車に乗り、護衛という名目の俺らは歩いていく。
全員が馬車に乗らないのは、護衛のためというよりも、馬への負担の減らすためという意味合いが大きい。
馬を休ませる時間を減らして、早くバスヴァーユ領に入りたいからだ。
「ケイ様、休みたくなったら言って下さいね」
「そうさせてもらう」
俺に馬車の中から離しかけてきたのは、マリエール。
彼女の元気な声に疲れが飛ぶ。まだ街すら出ていないが、気分的な物だ。
「嬉しそうですね」
「そうか?」
顔を見ていないのに、なぜかルミナは俺の気持ちを言い当てた。
声が少し冷たい気もするが、ごまかしきれただろうか?
(これが、あと2週間続くのか)
俺は、ルミナに捨てられずに済むのだろうか?
少し心配になった。
バスヴァーユ領まで、これから2週間ほど歩き続けることになる。
途中でいくつかの街で休むのだが、それ以外は場所を囲んで野宿という予定だ。
そのことに文句は無いのだが、問題はソフィアのことがバレないかということだ。
見晴らしの良い場所を歩く予定ではいる。
だから野宿をしても、近付いてくるモンスターや盗賊を発見するのは難しくはない。
問題なのは、むしろ街の中だ。
プロセルドの街に間者がいた。
そのことを考えると、ヴァルカス領からバスヴァーユ領の間にある街にも、間者がいる可能性が高い。
街で見つかれば、野宿の最中に襲われる可能性もある。
盗賊という形でな。
だからこそ、安全の確保を考えるのなら、街での行動にこそ気をつけなければならない。
のだが──。
*
「完全に着け狙われているよな」
「ええ」
足元に転がる夜盗の死体を見下ろしながら、俺たちは呆れていた。
まさか3日連続で、盗賊の集団に襲われるとは。
しかも3日の間に現れた盗賊が持っていた剣は、どれも上質な物ばかりだ。
盗賊のフリをした兵士か、雇われたのか。
とりあえず彼らの装備品は、ありがたく頂いておこう。
「何をやっているのですか」
「…………」
死体を漁る俺に、ソフィアは冷たい声を投げかけてきた。
彼女の横には、なぜかニコニコしたルミナ。
「……国を出れば金が必要になるからな。コイツらには悪いが、金目の物を貰っていこうと思ってな」
俺は正直に答えた。
「その割には、口元が緩んでいますよ」
「気のせいだ」
金貨が入っていた革袋を懐に仕舞いながら、ルミナに俺は反論しておいた。
このような暗い場所で、微妙な表情の変化など分かるはずもない。
「元百足の目を甘く見ない方がいいっすよ」
マリエールが、とんでもないことを思い出させてくれた。
ルミナは、元百足だから暗殺のための訓練を行ってきたはずだ。当然、夜襲の訓練も──。
「お前らも休め。俺は周辺を警戒しておく」
「死体漁りを続けると?」
「……もう終わった」
一通りの目ぼしい物は手に入れた。
もう、今日の死体に価値などない。
「ケイ様……死体漁りの腕が上達し過ぎです」
今にも泣きだしそうな少女の声が夜の闇に響いた。
(本当にスマン)
今日手に入れた金で、今度うまい物を食わせてやるから、機嫌を直して欲しい。
*
アレツアルの街まで、あと2日程の場所にまで来た。
盗賊は、ソフィアを狙ったのか。それとも俺を狙っていたのか。
それは分からない。
盗賊は俺たちを皆殺しにしようと、動いているように見えた。
そのせいで、誰を狙っていたのかが分からなかったんだ。
楽観的な見方をするのなら、偶然盗賊に襲われたとも考えられるのだが──。
次は、呪いをかけてみるか。
「ケイ様」
「少しボーっとしていた」
今は食事中だった。
ただでさえ、夜襲が続いて神経がすり減っているんだ。食事の時ぐらいは、難しいことを考えないようにしないとな。
すでに夜を迎え、俺たちは草原の真ん中で野宿をしている。
ちなみに今日のメニューの一つであるシチューは、俺が工夫を凝らして作った逸品だ。
「美味しい」
「色々と工夫をしているからな」
神域で過ごしていた頃は、希少性が高すぎて、神具なんかのアイテムは売れなかった。
そのせいで、少ない食材で贅沢に慣れ親しんだ、日本人の舌を満足させなければいけなかったんだ。
創意工夫をしているうちに、料理スキルが上がりまくったな。
「アイテムBOXというのは便利ですね」
「まあな」
続いてはソフィアの感想。
アイテムBOXないの時間はゆっくりと進むため、食事の腐敗は滅多に起こらない。
しかし、5日程で料理の熱が完全になくなるから、温め直しは必須だ。
「出来上がった料理を入れておけば、いつでも美味しい物が食べられますね」
「そうなんだが……完成品は高いからな」
完成した料理は、手間がかかっている分だけ高い。
だから俺のアイテムBOXに入っている食べ物は、出汁をとったスープや食材がメインだ。
あとは、少しだけ煮込みの時間が必要なシチューが入っている程度だろう。
「ガメついですね……」
「金は大切だ」
やはり、そういう評価に行きつくか。
「ルミナ、森での生活を思い出してみろ。命がけの食糧集めなんて、人間らしい生活といえると思うか?」
「それは、そうですが」
「人間らしい生活には金が必要なんだよ」
「……なんで、こうなちゃったんだろう」
俺を見るルミナ。
だが、その目はどこか遠くに向けられていた。
このあと、やはり盗賊集団に襲われた。
1人を生け捕りにして呪いを使ったのだが、失敗することになる。
呪いをかけると、別の呪いが発動して死亡するようになっていたらしい。
この呪いは、囚人や奴隷を間者として使う時に使われるものだと、マリエールは言っていた。
すなわち、俺たちを襲っていたのは、雇われただけの人間ではないということだ。
翌日も盗賊の襲撃を受けた。
数人を生け捕りにしたのだが、呪いも効かず拷問を始めると、即座に呪いを発動させて、全員が自死を選んだ。
今の俺では、呪いを解くことが出来なかったのが痛い。
が、一応は無事にアレツアルの街へと辿り着く。
ここに、バスヴァーユ領の領主が住んでいる。
三毛猫亭の方で、領主との面会する話は取り付けてあると聞いている。
*
~ケイたちが、アレツアルの街へと辿り着いたころ、ある屋敷にて~
「失敗したか」
「申し訳ありません」
上等な鎧を着た少年に、1人の兵士が頭を下げている。
少年は17~18歳。黒髪に黒い瞳をしており背は高め。
左耳には、金色のリング状のピアスをつけている。
「チッ」
舌打ちをすると少年は、窓から外を眺めた。
外には手入れが行き届いた庭園が広がっており、この館が権力ある者の屋敷であることがうかがえる。
(領土に入る前なら、貸しを作らずに済んだものを)
少年は苛立っていた。
欲しい女が手に入らなかったことに。
盗賊に襲われたのなら、女が誘拐されるのもよくある話だ。
だからこそ、自分の間者に襲わせたのだが──。