第5話 裏への依頼
ソフィアたちが、神域に来てから2ヶ月が経ったが、未だにソフィアたちを探しているであろう兵士達は減らない。
そのことを街で確認した俺は、とりあえず神域に戻ることにした。
「お疲れさまでした」
「ありがとう」
神域に帰ると、最初に俺とルミナを迎えてくれたのは、ソフィアだった。
「街はどうでした?」
「残念だが、ヴァルカス領の兵を見かけることが多かったな。それに……」
「?」
「ヴァルカス領は賊に入られて、領主一家は大ケガをしたことになっている」
「好き放題やってくれているようですね」
ソフィアの声は一段低くなっており、顔にも苛立ちが滲みでている。
「あと、レオンハルトとソフィアの偽物が何人か処刑されたそうだ」
「それって……」
「偽物が出ているから、レオンハルトとソフィアを語るヤツが何を言っても信じるな! ということだろう」
この時点で俺は、ソフィアと目を合わせるのをやめた。
美少女は本気で怒っており、目を合わせる覚悟など俺にはない。
「…………」
「どうした?」
ソフィアから発せられる殺気によって、悪くなった空気をなんとかしようと話を彼女に振ってみたのだが──ルミナも不機嫌そうにしていた。
「仲がいいですね」
「しばらく一緒に過ごさないといけないんだ。仲が悪いよりもずっといいと思うぞ」
「……そうですか」
正論を言ったつもりだったが、ルミナの不機嫌さは変わらない。
しかも棒読みで言葉を返してきたので、不機嫌さが一層際立っている。
まあ、俺とてバカではない。
ごまかしはしたが、ルミナがソフィアとの仲を疑っていることぐらい分かっている
これは、あれだ。お父さんが女の人と仲良くするのが悲しいというヤツだろう。
*
~その日の夜~
俺たちは食事をしている。
調味料や食材を街で仕入れたばかりであるため、いつも以上に奮発をした。
もちろん、この代金も含めて領土を奪取した暁には支払ってもらうつもりだ。
「街の様子を聞く限り、当分は外に出ない方が良さそうだな」
プロセルドの街で、ヴァルカス領の兵士を何人も見かけた。
間違いなくレオンハルト達を探しているのだろう。
それにバスヴァーユ領に、レオンハルト達が助けを求めようとすることも、予想されていると、十分に考えられる。バスヴァーユ領の方にも何かしらの手が回されている可能性が高い。
「お前のところの兵士が、もう少し不真面目なら良かったんだが……」
「うちの兵は優秀だからな。腐った上司の下でも、仕事を真面目にしているのさ」
そう言うと、悪い笑顔を見せるレオンハルト。
このような笑顔であっても、冗談を言えるということは、気持ちを整理できたということだろう。
「だが、キシスのことだ。今も俺らが動けないように、裏で手を回していることだろうな」
「でしょうね。あいつは、蛇みたいな顔をしているから、しつこうだし」
オージアスはキシスというヤツのことを、それなりに知っているようだ。
フリアの方は、100%偏見だが。
「アイツの顔が蛇に似ているのは同意するが……蛇に似たしつこさは厄介だ」
「確かに、アイツのしつこさは敵に回すと面倒だ」
レオンハルトの言葉に、オージアスは静かに頷いて答える。
その言葉は、能力は高いが性根は腐りきっているという意味のものであり、能力だけは認めているようだ。
聞く限りキシスという男は、優秀でありながら人格は腐った人間のようだ。そんなヤツを相手にすれば、こちらは後手に回り一方的な展開になりかねない。
やはり、念には念を入れておいた方が良いかもしれない。
「……バスヴァーユ領への移動で、協力者を雇う気はないか」
「俺らの状況を考えると、手を貸してくれるヤツなんていないだろう。裏の人間であれば金で動くだろうが、後のことを考えるとな……」
オージアスの言う通り、裏の人間に移動の手伝いをさせれば、後で何を請求されるか分からない。下手をすれば、キシスの所へと騙されて連行などというパターンも考えられる。
「協力してくれそうな相手に、心当たりがあるのか?」
「少し前に知り合った連中なんだが、呪いをかけて逆らえばいつでも殺せるようにしてある」
「……ケイ」
レオンハルトの質問に答えせいで、ソフィアの好感度が下がったようだ。
ルミナは、このことを知っているから好感度は下がっていないと思う──まあ、複雑そうな目で、コチラを見ているが気のせいだろう。
「お前が何をしたかは聞かなかったことにするが、そいつらの腕は確かなのか」
「どうだろうな。職業がら侵入することは得意だと思う」
「移動ではなく侵入か。盗賊か何かか?」
「…………」
盗賊よりも遥かに質が悪いため、何も答えられなかった。
アンケートを摂れば、10人中10人が俺の知り合いの方が、質が悪いと答えるだろう。
「手を借りる気があるのなら渡りをつけるが」
「……その前に、直接会って信用のできる相手か確認させてほしい」
「それが正常な反応だろうな。明日にでも、直接会えないか連絡を入れておく」
「頼む」
こうして俺の知り合いの品定めが決まった。
*
~プロセルドの街~
翌日、レオンハルトと協力者を引き合わせるために、プロセルドの街で宿をとった。しかし連絡が来る夕方まで時間があったため、日中は軽く冒険者の仕事を行うことになる。
仕事を終えて宿に戻ると、すでに空は朱く染まっており、あとは部屋の窓から外を眺めながら連絡を待つだけだ。
「来たか」
朱い陽光を背にして飛んでくる一羽のハト。それが俺と彼らの連絡手段。
俺は窓まで飛んできたハトを手に停めると、室内へと入れた。
「返答を聞かせてくれ」
俺の言葉と共にハトの体が透けていき、黒曜石のようなツヤのある色合いの石を残して消える。
先程のハトは、魔法生物。いわばゴーレムの一種。
ハトが残した黒い石は、魔製石と呼ばれる物で、魔力を与えるとハトの姿になる。
さらに魔製石には、わずかであるがメッセージを込める事が出来るため、連絡手段としてかなり有用だ。
「意外と早いな」
魔力を魔製石に込めると、浮かびあがった文字。
それは”会うのは2人、明日の朝にいつもの場所で会う”という意味を持つものだった。
(面倒だし、説明は全て彼らに任せよう)
正直、彼らの説明をするのは面倒だ。
だからレオンハルトたちには、最低限の情報のみを与えて、明日会う彼らに説明を丸投げするつもりでいる。その旨を魔製石に入力して、再びハトを作り出した。
「行け」
俺の命を受けたハトは、薄暗くなった空を飛んでいく。
「ルミナ。彼らに、明日は朝食を摂ったらすぐに出ると伝えてきてくれ」
「はい」
隣の部屋にいるレオンハルトに、明日のことを伝えるためにルミナは部屋を出ていった。
パタンと閉まるドア。
その音を背で聞くと、先程まで押し込めていた不安が顔をのぞかせた。
「本当に大丈夫なのか……」
レオンハルト達には伝えていないが、俺の知り合いというのは貴族の天敵みたいなヤツらだ。
ヤツらの名前は百足。
貴族などの権力者を殺害しまくっていた暗殺集団。
50人の精鋭だけが百足を名乗る集団だ。
百足の刺青が体に入っていることと、全員が両手で刃物を扱う。
この2点が彼らの特徴だ。
『主よ。心配することはない。あヤツらが主に逆らうことなどないからな』
確かに呪いで、彼らの命をいつでも奪えるようにはしている。
そのことを覗いても、彼らの職業はアレだが信用に足る人格と言えるだろう。
だが、問題は領土の件が終わった後だ。
レオンハルト達が、百足である彼らを放っておくのだろうか?
『いざとなれば、主の手で双方を片づければ良かろう』
それって、俺が両方を相手に無双しろということだろうか?
ゾファルトは、なぜか俺を評価してくれているのだが現実を見て欲しい。
俺を調子づかせても、ガラクタ具合に磨きがかかるだけだぞ。
*
翌朝、三毛猫亭に向かったのは、俺とルミナ、レオンハルト、オージアスの4人。
三毛猫亭は、朝と昼は食堂で、夜は酒場をやっている店で人気が高い。
このため人目を気にする立場にある俺たちは、朝食の時間帯は避ける必要があり、朝食をすましてからの行動となった。
「行くぞ」
3人が頷いたのを確認し、店へと俺は入る。
ドアを開くとともに、カランコロンと鳴り、俺たちをドアーベルが歓迎してくれた。
「いらっしゃいませ」
ドアーベルの次に歓迎してくれたのは、赤毛のウェイトレスだった。
「今日は、イライザに用事があってきた」
「そうですか。イライザはカウンターにおります」
「ありがとう」
ウェイトレスに確認をとり、俺はカウンターに向かった。
朝食の時間を過ぎたこともあり、席はまばらに空いている。
それでも、この時間になっても半分以上の席が埋まっていることを考えると、飲食店としては盛況といえるだろう。
「どうも」
「いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」
「頼まれていた酒が手に入ったから、届けに来たんだ」
深い青髪の美女が、カウンターの向こう側にいる。
彼女は、この酒場を切り盛りするイライザ。大人の魅力を持った女性で、毎日のように男が口説こうとして玉砕している。
「依頼の酒が手に入ったんだ」
「ようやく手に入ったのかい」
「悪いな3ヶ月もかかってしまった」
俺とイライザは会話を続けていく。
「本物かい?」
「ちゃんと代金を払ってくれるんなら、味見してもいいぞ」
「安心しな。払ってやるさ。本物ならね」
「なんだったら、5,6杯飲んでもいいぞ」
「そんなに飲んだら酔っちまうよ」
軽妙に笑い飛ばしながら、グラスへと酒を注いでいき、グラスは深い小麦色に染まった。それを一気に飲むと──
「本物だけど……少し品質が落ちているね~」
「それを手に入れるのは、かなり大変だったんだぞ」
「この品質なら買取るけど、少し安くなるよ」
「まさか銀貨1枚なんていうことはないよな」
再び酒を口に運ぶと、値段を口にする。
「そうさね~。銀貨50枚でどうだい」
「安すぎるだろ。金貨2枚程度の価値はあるハズだ」
「金貨2枚なんて、いくらなんでも高すぎじゃないかい。せいぜい銀貨40枚といった所だね」
「安くなっているじゃねえか。金貨1枚はもらわないと、こっちは赤字なんだぞ」
イライザは思わず姉御と言いたくなるような、不敵な笑みを浮かべている。彼女なら、そっちの業界でも十分にやっていけるだろう。もちろんヤが頭につく業界の姉御として。
「ここじゃあ、商売の邪魔になるな」
「じゃあ、奥で商人の真似事をしようか」
「コイツらも一緒でいいか?」
「好きにしな」
こうして俺とイライザの合言葉の応酬は終わった。
”依頼の酒”が合言葉照合号開始の合図。
そして、途中で出てきた数字が合言葉だ。
会話に数字を一定の順で混ぜることで、合言葉として認められる。
この合言葉であれば、わりと自然な流れで店の奥に入れるから、不自然な印象を周囲に抱かせずに済む。合言葉を覚えるのが、大変ではあるが──。
*
合言葉を伝えた俺は、レオンハルトとオージアスと共に、店の奥にある部屋の前に案内された。
「悪いけど、武器はアタシが預からせてもらうよ」
イライザに武器を預けようとする2人。
剣と槍を普通に渡したが、女性にそんなに重い物を持たせることに戸惑いはないのだろうか?
「アタシではなくて、ケイに渡してくれ。さすがにアタシの細腕じゃあ持てないからね」
やっぱり俺が持つことになるのか。
店の従業員は、忙しいんだろうな。
不当な労働に納得はいかなかったが、渋々2人の武器を預かることになった。
「じゃあ、ケイとルミナはいつもの部屋で、話が終わるのを待っていな」
「ああ」
「注文があれば聞くけど、どうする?」
「俺はアルコールの入っていない飲み物を」
「私も同じものを」
「あいよ」
俺たちは、レオンハルトとオージアスを、別の部屋で待つことになった。
それにしても、剣と槍が重い。
次の回で、バスヴァーユ領へ移動。
その次の回で、バスヴァーユ領内での話を書く予定です。
主人公は、この店の情報網を使ってバスヴァーユ領などの様子も調べています。
ただ、必要以上に話が長くなりそうなので、この辺りのことは書くことはないと思いますが……。